上手ではなくても料理ができるあたしは、疲れていたりやる気がなかったり面倒くさがって、ご飯をインスタントで済ますことが少なくない。あたしの食生活のせいで翡翠はインスタントを目の敵にするようになった。這い寄る混沌のせいで台所が封鎖されたとこひなちゃんが狸のおっさんに伝えると、おっさんはアレの名前を口にした。


「ああ、ゴキブ「その名を口にするなあああ!」


おっさんの顔を殴るコックリをよそに、あたしは出来上がったカップ麺を食べ始める。隣でぶつぶつと「インスタントなんて、インスタントなんて…」と呟く翡翠の声を聞こえないフリをして、目の前でおっさんとコックリが騒ぐ音を聞きながら翡翠とは真逆にきらきらとしたこひなちゃんを見る。
こひなちゃんが自分の分のカップ麺を食べながら、黒狗を見た。……いや、正確には黒狗が食べているカップ麺を、見た。


「狗神さんの一口、市松にくれませんか?」

「!?」


ずるずると麺を食べていると、こひなちゃんの言葉に何を妄想したのか…あらかた間接キスだとかそういうことを考えたんだろう、馬鹿狗は鼻血を垂らした。あたしはアホらしいと思いながら、本人は気付いていないのかカップ麺の中に鼻血を落とす。


「…アンタ、カップ麺に鼻血入ってるわよ」

「どうぞ我が君」

「それを差し出すな」

「いりません」


こひなちゃんは鼻血で食べられなくなったカップ麺を見て箸を畳に投げつけた。


「何が!お気に障ったのですか、我が君!」

「鼻血でしょ、カップ麺に入った」

「鼻血が入った時点で汚物だからな」

「そもそも間接キスくらいで鼻血出さないでよ、アンタは小学生か。小学生でも鼻血は出さないと思うけど」

「そうだな、ピュアか」

「何をおっしゃいますか!間接キスOKということはこういうことです!」


拳を握りしめて妄想を力説する馬鹿狗に、あたしもコックリも思わず冷めた視線を送る。


「つまり!ゆくゆくはロマンスへ!」

「お前ほんとキモいな」
「アンタほんとキモいわね」




夕食を終え物の怪のクセして夜道は危ないから泊まっていけばいいとまで言い出したコックリに、あたしは首を横に振って屋敷を後にした。
「おやすみ」「おやすみなさい」と言ったコックリとこひなちゃんに見送られ、屋敷の明かりから遠ざかる。横を歩く翡翠が黙って歩いていたあたしにこう言った。


「御厚意に甘えて、泊まらせていただけば良かったのではないですか?」

「…なんで?泊まる理由があたしにはないわ」

「ならば何故そのような顔をするのです」

「……」

「わざわざ「翡翠、あたしが決めたことよ」


翡翠が、何を言いたいのかわかっていた。けどそんなこと言われたくなかった。


「…出過ぎたことをしました。失言をお許しください、我が主」

「別に、気にしてないから大丈夫よ」


それ以降、翡翠は口を閉じてしまい、あたしもそのまま黙って帰路を歩いた。
ああいう騒がしいところは苦手だ。今夜のように夕食までいて見送られ、明かりから離れていくと騒がしかったところの明かりはあたしをよりいっそう、ひとりにするから。だからわざわざ、夕飯の時間を今まで避けていたのに。わざわざ、離れてひとりになっていたのに。


(家の明かりなんて、きらい)





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