狩屋はよく泣く。ただしそれは俺の前でだけであって普段は“いい子の狩屋マサキ”“ひねくれ者の狩屋マサキ”なのだ。俺だけが知っている秘密と言えばそれまでだし別に悪い気はしないが、何故狩屋がそんなに人によってコロコロ自分を変えるのかが解せなかった。疲れたりしないのだろうか。そういえば前に一回聞いてみたことがあった。

「それが“俺”なんだよ」

いたずらっぽい笑みを浮かべながら狩屋は言った。ますます分からない。

 初めて狩屋が泣いてみせたのはあいつが入部してからすぐだったように思う。練習の終わった後、誰もいない部室で狩屋は何も言わずにただ俺の隣で泣いた。何故泣いているのかも何故俺を頼ったのかも俺には知る由もなくて狩屋が落ち着くまで一緒にいた。しばらくすると狩屋はスッキリした顔で「ごめん」と言った。ごめん、ありがと剣城くん。笑っていたけど目はそうでなかったのを覚えている。
 それからそういうことが何回かあった。時々空気を読みながらどうして泣くのか聞いてみたけど結局狩屋は答えず、別れるときに「ごめん」と言うだけ。いい加減モヤモヤしてきたある日俺は円堂監督に呼び出された。理由は狩屋のこと。あいつの過去、そしてあいつが今どういう生活を送っているのかということを監督から聞いた。はっきり言ってぞっとした。俺と同じ、まだ中学1年生がそんな壮絶な現実を背負っているなんて。もしあいつが俺なら、なんて考えたくもない。俺が狩屋に同情したり憐れんだりするのは筋違いだって分かってる。俺だって今まで最低なことを腐るほどやってきたんだ誰かを慈しむ器なんかないことくらい分かってる。それでも俺は狩屋のことが少し分かった気がしてもっとあいつのことを知りたいと思った。円堂監督はきっと俺と狩屋のことに気がついていたんだと思う。でなければこんな話はしないだろう。「狩屋のことを頼む」自意識過剰かもしれないがなんだかそう言われた気がした。
 結局狩屋は寂しかったんだ。

最近狩屋は笑うことが増えてきた。松風や西園といると楽しそうに見えるし霧野先輩ともなんだかんだで上手くやっているようだ。狩屋の裏を知っているからこそ出来る安心だがなんだか腑に落ちない。
 未だに狩屋は泣く。少し変わったことと言えば、狩屋はだんだんと泣き言を呟くようになった。ぽつりぽつり、途切れ途切れだけれど。ある時狩屋に「おまえの過去を聞いた」と打ち明けた。狩屋は少し驚いた顔をしたがすぐに「そうなんだ」って笑った。

「剣城くん」帰りの支度をしていると聞き慣れた小さな声とともに指が俺の服の裾を引っ張った。

「この後、いいかな」
「…分かった」

少しだけパッと顔が明るくなった。俺に泣き言ぶつけるだけなのになんで嬉しそうにするんだろう。まあいいか。考えるだけ無駄だ。狩屋はこういう奴だから。
ミーティングが終わり部員のみんながぞろぞろ帰っていくのを遠く見ていた。ふと狩屋のほうに視線を向けると目が合ってにっと笑われた。

 基本的に電気は点けない。下校時刻を過ぎているのもあって部室のソファーの隅っこに二人して小さく寄り添う。最初の頃はそれなりに距離もあったものの今ではすっかりいわゆるゼロ距離だ。狩屋の頭がこてんと肩にもたれてくる。いつもならこの辺で糸が切れたように泣き出すのに今日はどうしたのか泣く気配が無い。

「…狩屋」
「なに」
「泣かないのか」
「ばかだね剣城くん」

ばか、と言われムッとして狩屋のほうに体を向ける。バランスを崩し狩屋の頭は肩を滑り落ち、普通なら元あった定位置に戻るはずがそのまま俺の太股の上にすとんと着地した。

「俺もう泣かないんだよ」
つい最近までぐすぐす泣いてただろうが。何を今更強がって。

「あのね、本当はね、剣城くんと二人っきりでこうしたかったからなんだ。分かる?あれ、ウソ泣き」

意味が分からない。瞳子さんが厳しいとかヒロトさんが意地悪するとかぐちぐち言っていたじゃないか。父さんと母さんが憎い。父さんと母さんが恋しいってべそべそ泣いてたじゃないか。それをウソ泣きって。

「最初は試してたんだよ。剣城くんはこんな俺にどう接してくれるんだろうって。泣き虫って突き放されるかな、ウザがられるかな、それとも俺の泣いてる理由聞いてかわいそうにって同情してくれるのかな、とかね」
「それなのにあんた何も言わないからさあ。黙ってえんえん泣く俺に付き合ってくれんの。剣城くんお人好しなの?」
「みーんなそう。両親がいない理由やたら聞いてくるんだよね。それで教えてあげたらかわいそうかわいそうって。それで仲間に入れてくれるんだけどいつか飽きられちゃうんだよ」
「俺ひねくれてるからさ、家でもひとりぼっちなんだ。まあそれは別にいいんだけど。雷門に転校してきてせっかくだから楽しもうって思った。天馬くんと信助くんって超がつくほど純粋でさ、笑っちゃうよね。霧野先輩に至っては最初のほうは手応えあるかもって思ってたらなんか上手く丸め込まれちゃったし。なんか雷門にいたら調子狂っちゃうんだよなあ」
「剣城くんだってこうしてペラペラ俺が喋ってるの黙って聞いてくれるし監督もあんなんだし雷門ってお人好しの集まりみたい」

そこで狩屋は言葉を切った。…詰まらせたのかもしれない。よく見たら肩が震えている。ああ、

「泣いてるのか」

ふるふると太股の上で力なく首が振られる。それって肯定してるようなもんなんだが。余計なことは言う気になれず狩屋の頭に手を乗せた。

 無造作にそのまま撫でると狩屋が嗚咽を漏らした。なんだよ。さっきは泣かないって言ってたくせに、大泣きしてるじゃないかよ。

「別に我慢しなくていい」
「泣いて、な、」
「俺しかいないから」

俺じゃない方へ向いている肩を引いて狩屋を仰向けにすると両手で顔を覆っていよいよ泣き出した。

「…んな、あったかいの、久しぶりで、」
「ああ」
「な…か、自分が、…なじんで、くのが、…っこわくて、」
「ああ」
「…ばっ…ばかなの、おれ、だよな、…はなれれば、い…いの、に、どんどん、ちかづい、て、」
「ばかじゃない」

ばかじゃない。そう繰り返しながら頭を撫で続ける。狩屋はゆっくりと起き上がると俺の首に抱きついた。服が濡れるとかそういうのはこの際どうでも良かった。
 小さい頃、泣きじゃくる俺に兄さんがやってくれたように狩屋の背中をさすった。

「…雷門に入って良かったかも」

しばらく経って落ち着いた狩屋がぽつりと呟いた。言った後で「今の内緒な!誰にも言うなよ!」と慌てふためく狩屋はなんだかばかみたいだった。



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