最後に見たのは馬鹿みたいな青空でした。


あれから僕は元気な身体を手に入れました。ずっとずっとずっと待ち望んでいた、どれだけ好きなことをしても壊れない身体。憧れていた丈夫な身体になったのです。
僕には一番最初に報告したい人がいました。その人は猫みたいに気まぐれで動いてるような人です。口が悪くて一見取っ付きにくい。でも本当は可愛げのある奴で、本人は気づいていないだろうけどみんなから愛されています。大事にされています。僕もその一人です。僕はその人がとても好きです。

でも困ったことがありました。名前が思い出せないのです。顔も後ろ姿もはっきりとは思い出せないのです。睫毛の長い相手の心の内を透かし見るような大きな目が、八重歯が見え隠れするかわいい笑顔が、僕の名前を呼ぶ声すらちゃんとは思い出せないのです。
考えれば考えるほど僕は泣きたくなりました。あんなに大好きなのにあんなに会いたいのにあんなにあの人のことだけを想っているのに曖昧な記憶の引き出しをどれだけ漁ってもあの人が現れることは絶対にないのです。

じゃあ僕の大好きな彼とは一体誰?

一つ、思い当たることがありました。サッカーです。僕はきっとサッカーが好きです。たぶん、好き、だった…んだと思います。正直よく分かりません。でもベッドの脇に置いてある使い古されたサッカーボールに触れながら彼のことを思うと幸せな気持ちになれるのです。不思議だなあと思います。僕はこないだまでサッカーなんて出来ない身体だったというのに。


久しぶりに家に帰ってきました。部屋は僕が出た後も綺麗なままで残っていました。お母さんにありがとうって言わなきゃなと思います。荷物をベッドに置いて部屋を見回すと机の上に貼ってあるメモ用紙に気がつきました。そこには誰かの名前が書いてありました。僕はその名前を見た途端呼吸が止まったように感じました。

狩屋マサキ

知らない名前のはずなのに、心臓がバクバクと加速していくのが分かりました。やけにやかましく鐘がカンカンと鳴り響きます。頭が痛い。気持ちが悪くなって耐えきれずその場に蹲りました。胃の中のものが出てきそうになるのを抑えるのに必死でどうしていいか分かりませんでした。涙が出てきました。走馬灯みたいに一度に大量の何かの思い出たちが舞い込んできて記憶の引き出しに無理やり体を捩じ込みます。パンク寸前です。痛い、気持ち悪い、痛い、気持ち悪い、痛い、痛い、痛い「太陽は」

突然聞こえた知らない声に顔を上げ辺りを見回しました。でもここは僕の部屋で僕以外に人がいるはずもなくちょっと遅れて幻聴だったんだと気づきました。それでも一度溢れた涙は止まりません。

「太陽は笑ってたほうがいいよ」

僕と同じくらいの年の男の子が二人とくまのぬいぐるみが一瞬だけ、僕の目の前に現れこう言いました。君たちは誰?なんて聞く間もなく彼らはすぐに消えてしまいました。消える瞬間に笑顔が見えました。彼らは僕に笑いかけたのでしょうか。
太陽は笑ってたほうがいいよ、だって。笑えるわけないじゃないか。ああ。思い出した。

僕の大切な人の名前は狩屋マサキ。

甘いものが好きで好物は苺。天馬の家で食べた秋さん手作りの苺のショートケーキがおいしくて好きだと何度も僕に熱弁した狩屋マサキだ。耳が弱くて僕がいきなり息を吹き込むと真っ赤な顔で飛び上がって変な声を出す狩屋マサキだ。どうして今まで思い出せなかったんだろう。ほら、狩屋との思い出は数え切れないほどたくさんあるじゃないか。

「かりや」

かりや、かりや、かりやかりやかりやかりやかりやかりや

声に出せば安心さえする。神様、僕はあなたを恨むよ。今までもこれからも。でもありがとう。あの3人は神様だったのかもしれない。僕に記憶を返してくれてありがとう。
心にぽっかり空いていた穴がじわじわと埋まっていくのが分かる。僕は居ても立ってもいられずに家を飛び出して走った。どこへ向かえばいいのかなんて漠然としたままだったけど足は勝手に前へ進んで僕をある場所へと導くんだ。



「狩屋、」

見覚えのある背中が振り向く。揺れた淡い青緑色の髪が太陽の光に反射して綺麗だった。
そして目が合うと少し驚いたように見開いてからあの笑顔を見せるんだ。

「どうしたんだよ太陽くん、また病院抜け出してきたのかー?」
「かりや、狩屋、僕、僕ね、身体、治ったんだ、」

サッカーボールが手のひらから滑り落ち芝生に軽く弾んで転がる。


最初に見たのは馬鹿みたいに綺麗な青空だった。

(おかえり、ただいま、僕の狩屋)





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世界観は二期です
好きな人は分かるけど狩屋が分からないサッカーから心が離れようとしている雨宮
天馬たちが歴史を戻してる間に関わってきた人たちの中で記憶の波が荒れたりあるはずのないものやないはずのあるものが生まれてしまったらどうなるんだろうって思いました



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