耳をつんざくような悲鳴が響いた。飛び起きて辺りを見回すと寝る前と何か変わっているどころか誰も起きてなんかいなかったことに更に驚く。雷門イレブンの面々はそれぞれぐっすり夢の世界へと旅立っているのだ。じゃあ今の悲鳴は一体何だったのだろう。

ごそ、とすぐ傍で身動ぐ音が聞こえた。そこは狩屋が眠っているはずの場所である。先程とは打って変わって静まり返っている中耳を澄ますと啜り泣くような圧し殺しているような声が聞き取れた。狩屋からだ。

「狩屋」

返事はない。ただ頭まで布団を被った身体がなんとなく小刻みに震えているのが分かった。躊躇はしたものの、勢いよく布団を剥ぐと膝を丸めて頭を埋めた狩屋がぶつぶつと呟きながら泣いていた。

「狩屋」

肩を揺さぶって遠いであろう狩屋の意識を覚まそうとするがとりつかれたように呟き続ける狩屋。困った剣城は狩屋を抱き起こし自分の胸の前に座らせ、肩を両手で掴み顔を覗き込みながらもう一度声をかける。

「狩屋」
「……い」
「狩屋?」
「…め……さい」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

高くも低くもない奇妙な音程で狂ったように連呼された、ごめんなさい。焦点の合わない瞳には光がなかった。

これはまずい。剣城は動かない狩屋を抱き上げて部屋から飛び出した。どこへ向かえばいいんだ。混乱したままとにかく走った。どこか、どこか人目を気にせずに狩屋と向き合える場所は。ひたすら走った結果着いたのは宿舎の屋上へ繋がる階段だった。雷門が宿泊しているのは3階。ここは10階だ。エレベーターなんか思いつかず気がついたら階段を駆け上っていた。ぜえはあと息が荒くなる。狩屋は未だにうわ言のように謝罪の言葉を述べていた。誰に?

階段の一番上に狩屋をそっと下ろし、その隣に腰かけた。夜はやはり寒く、ジャージを取る暇もなかったため剣城は狩屋を抱きしめた。風邪、引かなければいいが。

「狩屋」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「狩屋」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「狩屋!」

パンと空を切る音がやけに反響した。赤く腫れた頬とは裏腹に狩屋の焦点が合っていく。狩屋の両目が剣城を捉えた途端に涙やらなんやらでぐちゃぐちゃになった顔がぼんやり歪んだ。

「…つ…る、ぎ……く…」
「狩屋」

掠れた声。ぎゅう、とありったけの力で抱きしめた。事情は分からない。どうして狩屋が錯乱したのかも何もかも。そんな中でも剣城は出来る限りの優しい声色で狩屋の耳元に「大丈夫、大丈夫だから」と繰り返した。

「…っ…ぅ、…ぐ…」
「大丈夫」
「……はぁっ……う…」
「大丈夫」

背中をぽんぽんと撫でながら「大丈夫大丈夫」。何が大丈夫なのだろうか。自分で自分が分からない。それでも狩屋は自身の背中に震える腕を回してくれた。

「ごめ、ご…め、…っ…」
「もう謝るな」
「…ご…め、なさ……」
「狩屋」

鎖骨の下あたりがじんわりと温かく湿る。ぐりぐりと頭を押し付けるようにして抱きしめる。

おれが、おれがもっとしっかりしてれば、おれがもっとおとなだったら、おれがもっとつよかったら、おれにもっとちからがあれば、とうさんとかあさんは、

「狩屋」
「ごめんなさいごめんなさい……俺もっとがんばるから…もっと強くなるから、だから、だから、手放さないで、捨てないで、ごめんなさい、いかないで、いらない子にならないから、」
「狩屋はいらない子なんかじゃない」
「つ、つるぎく、ん…俺…」
「狩屋マサキは、俺たちの大切な仲間だ」

そうだ、思い出した、狩屋の過去を。当時11歳だった狩屋にとってはトラウマそのものなのだろう。だからこうして悪夢として思い出して錯乱するんだ。どうしようもなくこの腕の中の背中が自分より一回りも二回りも小さく見えた。普段はああして何ともないような顔をしているが、こういう狩屋を見るとあれは全部うわべなのではないかと思える。
仮に狩屋が素で今の生活を楽しんでいたとしても、心の傷というのはそう簡単に消えはしない。かと言って俺たちが何かをしてやれるというわけでもない。これはどうしようもないことで仕方のないこと。

だから、狩屋が本当につらくなったとき真っ先に胸を貸してやれる存在になりたいと思うのだ。

「いつまでも一人で背負うんじゃねえよ。周り見てみろ。お前はもう一人じゃないんだ」



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テーマ「人外ファンタジー」
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