練習終了後のロッカールーム、つり上がった目をさらにつり上げて狩屋が俺の元へとやってきた。まあ大方いつもの愚痴だと思「ねえちょっと聞いてよ剣城くん喜多さんがさ」ほらな。ふうと短く息をついて周りを見渡す。この場にいるのは主に1年だった。そういえば2年3年の先輩たちは少し前に部室を後にしていたような。
狩屋の手を引いて部屋の外へ出る。中でも良かったのだが誰に聞かれるか分からない。口が軽そう、と言えば失礼なのだろうが何かの拍子でポロッと言ってしまいそうな面子がちらほら見えるため基本中でこの話はしない。まあ実際には喜多さんと狩屋の関係なんて既にサッカー部内ではバレバレなのだが。

 外はひんやりとしていて派手に動かした後の体には丁度良かった。

「で、今度は何だ」
「あっそうそう、えーっと、あれ、なんだったっけ」
「はあ?」
「いや何か言いたいことあったんだよ。なんだったっけ」
「喜多さんのことだろ。物忘れ酷いなお前」
「うん喜多さんのことなんだけどさあ…いいや、もう。忘れちゃった」

 てへぺろ、なんて効果音がつきそうな顔で狩屋は笑った。こいつもこいつだ。前はどんなくだらない愚痴でも俺にぶつぶつこぼしていたのに最近ではめっきりそのような話題をしなくなった。愚痴かと思いきやとてつもないのろけ話だった、なんてエピソードはもう数え切れない。別にそれは悪いことではなくむしろ良いことだ。松風も「狩屋が心開いてきてくれてて嬉しい」みたいなこと言っていたし、まあ、はい。
 それもこれも、俺には関係のないことである。


「どうせ喜多さんが構ってくれないとかそんなところじゃないのか」
「…剣城くんってさ、最近喜多さんの話しかしないよね」

 は。表情筋が固まってヒクリと動いた。今こいつなんつった。「もしかして喜多さんのこと気になってんの〜?」ニヤニヤとうざったらしいこの顔を殴りたい。人の恋人横取るほど落ちぶれてねえよ腹が立つ。
 人の気も知らないでおいてその余裕な態度に心底腹が立つ。

「お前が喜多さんの話しかしないからだ」
「そんなことねーよ」
「ある」
「ない」
「ある」

 事実、喜多さんの話をする狩屋はすごく幸せそうなのだ。あの人すっげー奥手なんだぜとかいまだに手を繋いですらいないんだよとか1から10まで出てくる言葉はどれも喜多さん喜多さん喜多さん喜多さん愚痴でも喜多さんのろけでも喜多さんさらにサッカーの話でも喜多さんお前は喜多さんしか言葉を知らないのかむかつく。

「そうかなあ。仮にそうだとしても、俺は剣城くんの話も聞きたいんだよ」

剣城くんののろけ話ってどんなのなんだろーね



 今この場で狩屋に「好きだ」なんて言ったらこの顔はどう変わるんだろうな。





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