愛妻弁当は最高っス!


カーテンを開けて、まだ寝ている恋人の頬にキスを落とす。眠気まなこをこすっている隙にもう一つキスをした。むう、と頬を膨らませたところにもキスをしてベッドに押し倒す。いよいよ本格的な拒絶に従って身体を起こすと、ぺしりと額を叩かれた。

「黄瀬君、毎朝疲れます」
「黒子っちが体力ないのが原因っしょー?」
「そんなこというとお弁当作りませんよ」
「ごめんなさい」

すぐにちょこんと正座した彼にうんうんと頷き、黒子はベッドから降りた。椅子にかけていたエプロンを手に取り、キッチンの前に立つ。昨日の夕飯の余りを温めて、ご飯をつめて。卵焼きだけは毎朝作るようにしているため、最近ではとても綺麗に作れるようになっていた。
薄く油を引いたフライパンに卵を広げ、端からくるくると巻いていく。残りの卵を流し込んで、均一な太さに満足した。まだ熱い卵焼きに包丁を入れると、ふわふわとした湯気と甘い香りが立ち上る。

「いー匂いするー」
「黄瀬君、準備できましたか?」
「できたー」
「それじゃあこっち来てください。コーヒー淹れましたよ」

温めたパンとコーヒーをテーブルに置く。朝食を準備するのは、大体の場合黄瀬よりも出勤時間の遅い黒子だった。時々黄瀬が早く起きれば朝食の準備をしてくれるが、お弁当を作るのは毎回黒子の役目だ。
黄瀬曰く、『愛妻弁当なんスよ!』なのだそうだ。
昨夜アイロンをかけたランチクロスにお弁当箱を包み、きゅっと天辺で結び目を作る。ちょいちょいと形を整えてから、いつも入れているトートバッグに入れた。

「はい、どうぞ」
「ありがと! それじゃ行ってくるね」

ちゅっと黒子の唇にキスを落とし、玄関に向かう。赤くなった顔を持て余してわざとゆっくり追いかけたが、ひょいと覗き込んだ瞬間に閉まったドアに少し寂しくなる。そう思うならさっさと見送りにいけばいいものの、そこまで素直になりきれていない黒子はそっと溜め息を吐いた。

「おっはよーございまーっす!」
「……朝からうっせぇな、おめーは」
「うわ、青峰っちが先に来てる」

遅刻じゃないっスよね? と時計を確認する頭をべしりと叩いた。大仰に痛がる黄瀬を無視して席に着く。

「んだよ、オレが先に来てちゃ不満だって言うのかよ」
「不満じゃなくて不安っつーか」
「ああ?」

じろりと睨んできた視線に両手を挙げる。今日は機嫌が悪い。しかも早くに出てきたということは家にいづらかったということだ。後ほど自分の携帯を震わすであろう愚痴のメールを想像して、黄瀬はひょいと肩を竦めた。

「また桃っちと喧嘩したんスか?」
「してねぇよ」
「あーもーアンタがそう言うならそれでいいっスよ。で? 原因は?」

パソコンの電源を押しながらコーヒーサーバーをちらりと見る。そろそろ湯が沸いた頃だろうかとマグカップを手に取った。

「知らねぇよ。アイツが勝手に怒ってるだけだって」
「お気に入りのドラマ上書きで消したとか、新しい写真集買ったとか」
「………」

図星だ。どちらかは分からないし、むしろどちらもかもしれないが、図星だ。静かになった青峰に嘆息し、黄瀬はメール画面を立ち上げる。何通か届いているメールに目を通し、返信を打ち始めた。

「大体青峰っちは桃っちに甘えすぎなんスよー」
「るっせぇな。おめーだって似たようなもんじゃねぇか」
「オレんところは問題ないっスよ、黒子っちマジ理想の嫁」

げぇ、と声を上げた青峰も時計に目を遣って静かになる。机の上に大量に積んでいた資料に手を伸ばし、今日のプレゼンの内容を頭に叩き込んだ。
青峰も桃井も、学生時代からの友人だ。黒子と黄瀬が一緒に暮らし始めるころには既に付き合っていて、喧嘩ップルと称するにふさわしい喧嘩を何度も見てきた。
中学から高校にかけて黒子に憧れていた同士、桃井は何かあるとすぐ黄瀬にメールを出してくる。予想通り昼前に震えた携帯を手に取り、メールを表示させた。

「あー……ダブルじゃないっスか」

そこに並んでいたのは、女の子らしくカラフルなメールと青峰への文句だ。ずらずらと並んだ言葉から、黄瀬の予想した通りの仕打ちをしたらしい。挙句、桃井のお気に入りの俳優に文句を言ったことまで書いてあった。

(最後のはまぁ、男の矜持っつーかプライドっつーか)

とんとん、と画面を叩いて短い返信を打つ。

『オレから言っとくっスよ。でも青峰っち凹んでたみたい。今日は早く帰らせるよ』

送信完了の文字を見れば任務は完了だ。ふう、と溜め息を吐いた瞬間フロアに設置された時計がチャイムを鳴らした。途端にぱっと顔を輝かせていそいそとお弁当を取り出す。青峰に何度小学生かと罵られようとも、この時間が楽しみなのは仕方がない。綺麗に結ばれているランチクロスを解き、そっと蓋を開ける。

「……あいっかわらずうちの奥さんのお弁当ってば……!」
「あーはいはい。そりゃよかったですねー」
「ちょ、青峰っちうるさいっスよ!」
「そりゃこっちの台詞だ、ばーか」

ずずーっと野菜ジュースとコンビニのおにぎりを手に抱えた青峰は、じろりと黄瀬の手元を覗き込む。取られると思ってさっと腕で隠すが、彼はあまり興味がないのか、すぐに視線を外した。

「……煮物一個くらいならあげないこともないっスよ」
「それお前が作ったおかずだろ」
「当たり前っス。黒子っちのはあげねぇよ」

自分の口に卵焼きを放り込み、へにゃりと表情を崩す。むかむかした気分でそんな黄瀬を見ていた青峰は、一瞬の隙をついて他のおかずを根こそぎ奪った。
あー!という黄瀬の絶叫がフロア内に響き、休憩中の先輩方に殴られているかつてのチームメイトを横目に咀嚼する。

(卵焼き取んなかっただけ、オレも成長したよな)

口の中で混ざった和洋折衷の味を嚥下し、おにぎりのビニールを破く。帰りにケーキの一つでも買ってやるかとぼんやり考え、仕事を早く終わらせるために昼休みを切り上げた。

     ◆

「黒子っちーただいまー」
「お帰りなさい。お風呂入りますか?」
「んー。ご飯先! 聞いてよ今日さ、青峰っちがさぁ」

昼時の文句を聞いてもらおうとしたところで、ポケットの携帯電話が震えた。取り出してみると友人の名前が表示されている。黒子に見えるように画面を掲げたあと、開封ボタンを押した。

「……いつものですか」
「いつものです」

二人で顔を寄せ合って小さく笑う。画面に映されたケーキの画像と青峰の仏頂面に、明日の仕返しのネタができたと考えていた。

20130104
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