同棲することになりました


シャッと開けられたカーテンに目を差され、黄瀬はごろりと寝返りを打った。だが容赦なく照りつける太陽に背中を焼かれて仕方なく起き上がる。まだ半分夢の中にいる頭で、カーテンを開けた張本人を見た。

「おはよー、黒子っち」
「おはようございます。早く起きてください」
「んー……あと五分……」

もう一度横になり、枕に顔を埋める。毎朝のことながら溜め息を吐いた黒子が黄瀬の肩に手を掛ける。そのまま揺らせば起きるだろうと思ったのに、にゅっと伸びた腕に腰を引き寄せられた。バランスを崩してベッドに膝をつくと、にんまりと嬉しそうに笑った顔がある。

「……黄瀬君」
「へへー。驚いた?」
「驚いたので放してください」
「嫌っスよー」

ぎゅうと黒子の体を抱き締めてふにゃりと表情を緩ませる。きちんとしていればかっこいいのに、とどこか残念な気持ちになりながら黄瀬の髪の毛を掻き回した。暫くそうしていると携帯のアラームがもう一度鳴り、渋々と言った様子でベッドから起き上がる。黒子の額に一つキスを落として、箪笥にしまわれているワイシャツを取り出した。

「今日は遅いんですか?」
「そうでもないと思うんスけど」

着替えを済ませていく黄瀬にネクタイを渡し、カーテンを留める。黒子に渡されたネクタイをじっと見て、黄瀬がまた表情を崩した。背中から腕を回してごろごろと黒子に甘える。

「ね、黒子っち。ネクタイ締めて」
「……自分でやってください」
「いいじゃないっスかー」

はぁ、と溜め息を吐いて黄瀬のネクタイに手を伸ばす。さらりとした生地は深い青色が綺麗で、入社式の前に二人で選んだのを覚えている。最後に綺麗に形を整えて上を見ると、それはまただらしない表情の黄瀬がいた。

「遅刻しますよ」
「え、あっ! やっば!」

黒子の冷静な一言にやっと時計を見た黄瀬は、ばたばたと洗面所に駆け込んでいった。それを見送ってから黒子も乱れたベッドを直し、自分の準備を始める。こんな賑やかな生活にも随分慣れたものだな、と真っ青な青空を見上げてぼんやりと考えていた。



黄瀬と一緒に暮らし始めたのは、大学三年の秋からだった。ちょうど周囲が就職に向けてバタバタしだし、黒子自身も自分の将来を考えていた頃に黄瀬から連絡があった。

『オレ、一人暮らしすることになったっス』

大学内に併設されたカフェで、机を挟んで向かい合う。元々同じ大学だったが、学科が違う関係上、黄瀬と校内で会うことはほとんどなかった。神妙な面持ちでテーブルに置かれたコーヒーを見つめ、つるりとした水面にクリームを落とす。白い筋を残しながら沈んだクリームは、形を崩してコーヒーに溶けていった。

『……はぁ』
『それだけっスか!?』

それだけも何も、それ以上に何を言えばいいのか。黒子は何故かショックを受けている黄瀬を眺めて、口元に手を添える。頻繁に校内で会うことはなかったとはいえ、それ以外では&p繁どころではなく一緒の時間を過ごしていた。
付き合う経緯はこの際省略するが、黄瀬と黒子は―――つまり恋人同士の関係だった。
お互いのことは大体知っているとはいえ、今の黄瀬が何をもってショックを受けているのか分からない。自分の前に置かれたミルクティーのストローを掻き混ぜ、黒子は頭に浮かんだ疑問をそのまま言葉にした。

『だって遠くに引っ越すわけじゃないでしょう。何か変わりますか?』
『そーっスけど! いやそうじゃなくて!』
『……はぁ』

ちゅーっとミルクティーを飲み、黄瀬の顔を眺める。さらさらの金髪に、切れ長の目。恵まれた体躯と整った顔立ちに目を惹かれる女性は多い。現に今もモデルを続けている黄瀬は、校内でも目立つ存在だった。その黄瀬が自分の恋人になって数年経つ。それなりにそれなりの関係を築いているとは思うが、やはり分からない部分が多い。

『一人暮らししたら堂々と浮気でもする気なんですか?』
『オレは黒子っち一筋っスよ!』
『こういう場では控えてください』
『ああもう! オレと一緒に暮らさないっスか!』

ガタンと椅子から立ち上がって黒子の手を握る。黄瀬からの突然の提案にぽかんと目を瞬いてしまった。幸いにも授業中だったためか周囲の視線は少ないが、そんなことよりも黄瀬の言葉が頭を回る。

『……は?』

たっぷり数十秒待って発した言葉がこれだった。黒子の返事にがっくりと肩を落とした黄瀬は、そのままテーブルに突っ伏した。だらだらと漏れる文句は、『せっかく勇気出していったのに』とか『黒子っちのけち』などと言っているらしい。
けちというのは心外だ。生来の負けず嫌いが顔を出して、黒子は黄瀬の金髪を軽く引っ張った。それによって顔を上げた黄瀬に、一言言い放つ。

『いいですよ、一緒に暮らしましょう』
『へ?』
『何ですか、黄瀬君が先に言ったんじゃないですか』

それとも、もう気が変わったんですか?
少しだけ不安になって上目遣いでそう問いかけると、耳まで真っ赤にした黄瀬に抱き締められた。人の目があるからと一発殴るとまた大人しく机に突っ伏したが、その顔がだらしなく緩んでいることに居心地が悪くなる。

『へへ、黒子っち』
『……何ですか』
『毎日オレの味噌汁作ってね』
『ゆで卵入りならいいですよ』

それから黄瀬がバイトで貯めていた貯金を崩して家を借り、二人で暮らし始めた。2LDKの新築マンションで、広さは二人で暮らすには十分なくらいだ。家賃に関してはすべて黄瀬に出させるのは気が引けて、せめてとお願いして折半にしてもらった。
そのときに二人で揃えた家具をそっと撫で、黒子は黄瀬のコーヒーをテーブルに置いた。

「ごめん、ありがと」
「どうぞ」

黒子の渡したコーヒーを一気に飲み、黄瀬はテーブルの上のパンをひとつ取った。行儀悪くも食べながらばたばたと準備を済まし、玄関に向かう。黄瀬のカバンを持ってその後を追いかけた黒子の頬にキスをして、カバンを受け取った。

「んじゃ、先に行くっス」
「……いってらっしゃい」

黄瀬にキスされた頬を手の甲で押さえ、小さく手を振る。毎朝のことながらこの一連の流れはいまだに恥ずかしくて慣れない。そんな黒子の様子にまた表情を緩ませながら、黄瀬は玄関を出て行った。



これはそんな二人の、のんびりとした日常の話。



続くか続かないか分からない。
20120721
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