冗談じゃない!


人事を尽くして天命を待つ。
と言うのは自分の座右の銘であり信念ともいえるものだが、目の前に座っているクラスメイトを天命だとは到底思わなかった。否、思いたくなかった。
秀徳高校に進学したのは、東の王者と呼ばれていたからだ。その噂に違わぬ強豪校で、勿論自分はすぐにレギュラーになった。これも人事を尽くしたから故。緑間はそう信じていた。
目の前に座っているクラスメイト、高尾と出会うまでは。

「ねー真ちゃん、次の授業の教科書見せてよー。俺予習してないんだよー」
「見苦しいのだよ高尾。それに俺はお前にノートを見せる気はない」
「ケーチー」

行儀悪く背中を逸らして緑間の机に頭を乗せているのは、同じバスケ部でもある高尾和成だ。彼もまた、一年で秀徳のレギュラー入りという実力の持ち主だが、すんなりと認めることが出来ないのはこのだらしなさが原因だろう。……緑間の性格も多少は理由に含まれていたかもしれないが。
高尾は緑間にあしらわれながらもだらだらとまだ頭を緑間の机に転がしている。いっそ椅子でも蹴ってやれば、バランスを崩して落ちてしまうのに。そう考えて足を動かしたが、どうせ高尾には通用しないことも分かっていた。
鷹の目。それが彼の武器だった。緑間とはまったく違う種の武器だが、やはりそれもチームの勝利には欠かせない。そう素直に認めるのも癪で、ふんと鼻を鳴らして席を立つ。背後からはぐだぐだと高尾の文句が追いかけていた。

「……最悪なのだよ」
「真ちゃんがケチなのがいけないんだよ」
「大体俺は関係ないだろう」
「一蓮托生ってやつじゃん?」
「だから高尾は手を動かすのだよ!」

えーめんどいーと言いながらも掃除を再開する高尾に深い溜め息が漏れる。今日のおは朝の占いの順位は確かにあまりよくなった。だからこそラッキーアイテム(紫水晶のペンダント)で運命を補正していたと言うのに。
(朝高尾に見られて散々笑われたことはこの際横に置いておこう)

「やはりお前とは相性がよくないようだな」
「真ちゃんそれ言いがかりー。日によって違う相性って何なのよ」
「試合の時に高尾の分の運勢を補正するこちらの身にもなってもらいたいのだよ」
「いやそれ俺関係なくね?」
「関係大ありなのだよ!」
「はいはーい。とりあえずちゃっちゃと掃除終わらせようねー。キャプテンに怒られんのやだし」

高尾の言葉に、緑間もチームの大黒柱である大坪の存在を思い出して口を噤む。手に持った箒で掃除を再開し、ちりとりを手に取る。

「待て、だから何故俺がお前の分の掃除までしなくてはならないのだ」
「あれ? やだなぁ気付いちゃった?」
「気付いちゃった?ではないのだよ! これだからお前は……!」
「じゃあ次からノート見せてね? し・ん・ちゃ・ん」
「………」

こうして二人で掃除をしている原因は勿論高尾だ。
先ほどの授業で、高尾が教師に当てられた問題を答えられなかったのが原因だが、何故か緑間も巻き込まれてしまった。そのときのことを思い出してこめかみが痛くなるが、思い出したくないことほど簡単に脳裏に蘇る。

『高尾、次答えなさい』
『え、俺分かんねーっス』
『予習してこなかったのか』
『真ちゃんが俺の邪魔するんでー。ノート取り上げられたんでーす』
『……俺はそんなことをしていないのだよ』
『またバスケ部か……ふざけたことを言ってないで二人まとめて放課後に準備室の掃除だ。いいな』

「やはり完全に言いがかりなのだよ」
「俺に優しくしないと後が大変って分かったっしょ?」
「大変にしているのはお前だろう!」
「はいはい、ごめんねー? うっし、掃除おーわりっと」
「何を言っている、まだ残っているだろう」

部屋の隅に置かれたゴミ箱をずらし、そこに溜まっていた埃をちりとりに取っていく。それ以外にも見落としがちな場所を掃除していく緑間を見て、高尾がポツリと呟いた。

「真ちゃん、主婦みてぇ」
「高尾が杜撰すぎるのだよ」
「杜撰って……普通そこまで見ないって。んな綺麗にしたら先生調子乗ってまた頼んでくるかもよ?」
「俺が先生に呼び出しを食らうことなんでないのだよ。したがってこの掃除も今回限りだ」

最後にちりとりの中身をゴミ箱に空け、掃除用具入れに片付ける。既に片付けを終えて椅子に座っていた高尾をじろりと睨み、緑間も自分の鞄を手に取った。ここからなら、直接部室に向かうほうが早い。
20分ほど遅れたが、まぁ高尾のせいにすれば問題はない。

「おい高尾、部活に行くぞ」
「へいへーい。真ちゃんホント真面目だよねぇ」
「お前が不真面目すぎるのだよ。時間は限られている、その中で最大の―――」
「人事を尽くさなければ、だろ? 分かってるって」
「……人の言葉尻を取るのはあまり褒められた行為ではないのだよ」

不機嫌そうに体育館へ向かう緑間の背中を見て、ひょいと肩を竦める。
験担ぎだの何だの、よくもまぁあんなにたくさんのルールに縛られていて苦しくないものだ。
自分と正反対のタイプだからか、高尾の緑間に対する興味は尽きない。

「人事を尽くして天命を待つ、ねぇ……?」

自分は人事を尽くしてきたつもりは毛頭ないが、その結果がこれなら神様ってやつもいるのかもしれない。
そう思って、高尾もまた体育館に向かうためにスポーツバッグを肩に掛けた。

「あ、そーだ」

悪戯を思いついたような顔で、にんまりと口角を上げる。
さっきの掃除をしている緑間の姿を見て、ふと思った感想を思い出す。
今度言ってみようかな、真ちゃんに。

「俺の奥さんになってよ」

うん、なかなかいけるかもしれない。
丁寧に掃除する姿とか、結構クるもんあるしね。

ふんふんと鼻歌を歌いながら廊下を進んでいたが、体育館に近付く内にふと重要なことに気づく。
そしてそれに気付いた瞬間、さっきまで飄々とした表情を浮かべていた高尾の顔が真っ赤に染まった。

「え、うっそ」

冗談だろ。まさか、まさかまさかまさか。

ぶんぶんと頭を振って浮かんだ考えを振り払おうとしたが、そうすればそうするほどこびりついて増長していく。ぶわりと膨らんだその考えに頭が支配され、顔の熱が下がらない。

「はは……冗談キッツイわ……」

今更、自分が本気なことに気付くなんて。
本当に冗談じゃない!



20120625
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