とあるココアさんが失敗した話


 すっと目の前に差し出されたコーラを受け取り、プルトップを引く。プシュッと空気の抜ける音を立てた缶を傾け、中身を喉に流し込んだ。びりびりと痺れる感触が心地よくて、きゅっと目を瞑る。ぷはぁ、なんて若者らしからぬ息を吐いて、目の前の黒子を見上げた。
「ありがとー。うまいっス」
「……味が変わるとは思えませんが」
 眉を寄せて首を傾げている黒子の手には、いつものココアが握られている。黄瀬に一言答えてから缶に口をつけた黒子は、温かなココアにほっと息を吐く。吐いた息は白く染まり、すぐに空気に溶けていった。
「この間のお礼をさせてください」
「お礼?」
「キミの家で迷惑をかけてしまいました」
「そんなのいいって、これ奢ってもらったし」
 そう言って顔の横で奢られた缶を軽く振る。しかし黒子は首を横に振ると、ぐっと拳を握り締めた。
「駄目です。それじゃ割りに合いません。それにコーラ君」
 ぴっと目の前で指を立てられ、思わずまじまじと見つめてしまう。腰をかがめた黒子の顔がその向こうに見え、黄瀬はそちらに視線を移した。
「ボクだって社会人なんですよ」
 どこか得意そうに言って、黒子は持っていた缶を一気に飲み干した。腰に手を当てて飲む様はまるで銭湯で牛乳瓶を飲んでいるかのようだ。空になった缶を捨て、ホームに滑り込んできた電車をちらりと見る。
「えっと、それじゃあ」
「はい」
「こ、今度一緒にご飯行ってほしいっス!」
 黄瀬の言葉に一度瞬きをして、黒子はふわりと笑みを浮かべた。ベンチに置いていたカバンを取り上げて、黄瀬とは反対方向のホームに足を向ける。
「はい、期待していてくださいね。おいしいところ探しておきます」
 黄瀬が言葉を継ぐ前に、開いたドアから乗り換え客がホームに押し寄せてくる。人の波に紛れてしまった黒子を探そうとしたが、自分の乗る電車がホームに入ってくるのを見て唇を引き結んだ。ぐっと奥歯に力を入れていないとにやけてしまいそうで危ない。だが、電車に乗って先ほどの黒子の言葉を思い出した瞬間、ぶわりと顔が赤くなった。緩んだ口元をマフラーで隠そうとしたところで、まだ手に缶ジュースを握っていることに気がついた。もうあまり中身は入っていないが、黄瀬が電車から降りる頃にはすっかり温くなっていることだろう。つるりとしたスチールの感触が指先で滑り、ぎゅっと缶を握り締める。
 一緒に食事。
 思わず口をついてしまった言葉は、次に会う約束を確定させるものだった。
 再び緩んだ口元をマフラーで隠し、黄瀬は電車の揺れに身を任せていた。
「気持ち悪い」
「気持ち悪いのだよ」
 綺麗に重なったユニゾンに、黄瀬は缶をつついていた指をぴしりと固まらせた。朝登校してきた黄瀬は、いそいそと持ってきた缶をすすいで机の上に置いた。既に中身が空になっているのに、ちょこんと鎮座しているそれに先に気付いたのは高尾だ。手に持って振ってみてもやはり空っぽで、何故空き缶がこんなところにあるのか意味がわからない。
「これ捨てていい?」
「だ、駄目っス!」
「後生大事に持っておくものでもないだろう。今日の双子座のラッキーアイテムは物干し竿だったはずだが」
 ちなみに蟹座はハンガーだ、と言ってちらりとカバンから覗かせたそれに溜め息を吐く。
「何で洗濯物シリーズなんスか」
「そういえば蠍座は洗濯籠だったな」
「いらねーから。つかおは朝もネタ切れなんじゃね?」
 ぎしりと椅子を鳴らして背を逸らした高尾に緑間の鋭い視線が突き刺さる。もはや人生の半分をおは朝に費やした身からすれば許せない台詞なのだろう。高尾もそれを察してすぐに謝ったが、一度曲がった緑間の臍を戻すのはなかなか困難だ。諦めて黄瀬の前に置かれた缶を指先でつついた。
「で、黄瀬は何でこんなもん持ってんの?」
「い、いいじゃないっスか」
「だってモデル様が空き缶大事に持ってたらそりゃ気になるって。何? こん中にお金入れてってこと?」
「違うっス! あーもー相談しようと思ったのに!」
「相談と言うか報告だろう」
 中指で眼鏡を押し上げる緑間の言葉にぎくりと肩を揺らす。
「あ、例のココアっちと進展あった?」
「進展っつーか何つーか……」
「煮え切らないな。さっさと話すのだよ」
「……この前うちに泊まってった」
 ぽつりと、黄瀬の口から漏らされた言葉に時が止まる。たっぷり五秒黙ったあとに聞こえたのは、二人分の重い溜め息だった。
「黄瀬……お前のことは手が早いと思っていたが、そこまでとは思っていなかったのだよ……」
「やーマジすげぇわー。手順すっ飛ばして……へー」
 やたらと重い声で告げられた緑間の言葉と、正反対に感情の乗っていない高尾の声に机を強く叩いて立ち上がる。泊まったのは事実だが、この二人ときたらやはり変な方向に誤解している。
「違うから! ちょっとあの、不慮の事故っていうか」
「貴様は不慮の事故の一言で片付けるのか、見損なったぞ」
「ちょ、緑間っちオレの話聞いて!」
「真ちゃんからかうのもいい加減にしなさいよ。で、何があったの?」
 前の席から肘を乗せ、視線をあわせてくる高尾に先日のことをぽつりぽつりと話し出した。やっとお互いに名乗りあったところまで話し終え、黄瀬はきゅっと手の中に缶を握り締める。その缶と同じように赤くなっている耳に小さく笑い、高尾は肩を竦めた。
「これでやーっとお友達ってやつじゃん。はぁー長かったね真ちゃん」
「……まったくだな」
「とか言って、真ちゃんも黄瀬のこと心配してたくせに〜」
 ぐりぐりと脇腹に肘をねじ込んでくる高尾の頭を叩き、緑間は黄瀬を見た。
「それで、その缶は?」
「今日ココアっちに奢ってもらったんス」
「……なるほど」
 難しい顔で自分の眉間を揉み解す緑間の服を軽く引く。何だ、と視線を落としてきた彼に、顔の横に手を立てて小声で告げた。
「それで、今度一緒にご飯行くことになったっス」
「……順調なようで何よりじゃないか」
 緑間の言葉にへへっと相好を崩し、黄瀬はカバンと空き缶を持って立ち上がった。別の授業を受ける二人を残し、教室の入り口で手を大きく振る。
「緑間っちと高尾っち心配してくれてありがとー!」
「なっ……! 心配などしていないのだよ!」
「うーわ、真ちゃんテンプレ通りのツンデレ……」
 肩を怒らせ真っ赤な顔をしている緑間とその隣で手を振っている高尾に見送られ、黄瀬は次の教室へと足を向けた。

     ◆

「あの、本当にいいんですか?」
「うん。全然構わないっスよ」
 じゅうじゅうといい音をさせて焼けているお好み焼きを挟み、眉尻を下げる黒子にそう答える。目の前に座った彼は仕事帰りで、スーツの上着は椅子の下に収納していた。実際そうやっても匂いはついてしまうものなのだけど。
 黒子は自分の腕時計に視線を落とし、小さく溜め息を吐いた。時間は21時をとっくに回っていて、本来の約束から既に二時間以上経過している。原因は自分の残業のせいだが、それを黄瀬に連絡する手段もなかった。
(こんなことなら事前に携帯番号を聞いておけばよかったです……)
「ココアっちー? ひっくり返すよ」
「ぼ、ボクがやります!」
「え? うん」
 あまりの剣幕に持っていた小手を黒子に渡す。ぐっと腕まくりした彼は真剣な表情で小手をお好み焼きの下に差し入れた。
「……あ」
「………」
「や、でも焼ければ同じもんだし! 平気平気!」
 黒子の手から小手を取り、ばらばらになったお好み焼きを真ん中に寄せる。見た目だけは丸くなったそれに、追加の溜め息を吐き出した。
「さっきからどうしたんスか。疲れてる?」
「いえ……情けないなあって思って」
「何が?」
 横からソースや鰹節を取り出している黄瀬は、黒子の言葉に首を傾げる。全く気にしていないことが余計に申し訳ない。黒子は膝の上で拳を握り締め、テーブルに置かれた水をじっと見つめた。
「こんな時間までお待たせして……本当は予約を取っていたんですけど」
「仕事だったんだから仕方ないって。オレも少し撮影長引いてたから助かったし」
「結果としていつも来てる場所しか思いつかなくて……すみません」
 今日何度目になるか分からない謝罪と黒子のつむじ。それを見ながら、黄瀬は軽く肩を竦めた。
「くーろこっち、顔上げて」
「………」
 黄瀬の声に顔を上げると、ふわりとソースのいい匂いがした。同時にじゅうじゅうと鉄板に撥ねるソースの音が耳に心地いい。刷毛でソースを塗り、次は鰹節をたっぷりと載せる。ふわふわと踊る鰹節は何だか間抜けで、見ているだけで笑えてくる。
「高いディナーとかじゃなくていいんスよ。ここ黒子っちがよく来るところなんでしょ? オレとしたらそういうの知れるほうが嬉しいし」
 言いながら焼けたお好み焼きを黒子の皿に乗せ、もう一つ自分の皿にも乗せる。大きさのばらばらなお好み焼きに黄瀬が手を合わせた。
「それに謝られるより楽しく食事したいっス」
 ね? と言われ、黒子は戸惑いながら小さく頷いた。それを見て黄瀬の表情も明るくなる。テーブルに置かれたコーラのジョッキを手に取り、黒子のウーロン茶に軽く当てた。
「分かりました。ありがとうございます、黄瀬君」
「いい? そんじゃ、かんぱーい!」
 ジョッキの分厚いガラスがぶつかる音が、熱気のこもる店内で涼やかに響いた。
「………」
「………」
 それで、何故こんなことになっているんだろう。黄瀬は電気の消えた駅を見つめて呆然と立ち尽くしていた。確かに今日の食事はとても楽しくて羽目を外してしまった自覚はある。少しだけと言いながら酒を飲んだ黒子をはらはらと見守っていたのも記憶に新しい。しかし、まさか終電を逃すなんて。試しにシャッターをノックしてみたが、ガシャガシャと耳障りな音を立てただけだった。がくりと膝を折った黄瀬に、おずおずと黒子が話しかける。
「あ、あの……どうしますか」
「どうするもこうするも……っくしゅ」
 吹いた風に肩を震わせ、黄瀬はダウンジャケットの襟を掻き合わせた。見ると今回もコートを着ていない黒子は小さく唇を震わせている。
「黒子っち、前も思ったけど何でコート着てないの」
「……朝は走ってるから暑いんです。満員電車ですし」
「震えてるじゃないっスか」
「今は満員電車じゃないですから」
 ぷいと顔を逸らした黒子に溜め息を吐く。背後からぎゅっと抱きしめる形でダウンジャケットの中に閉じ込め、お好み焼きの匂いがする髪に顎を乗せた。
「な、何するんですか!」
「だってこのままじゃ風邪引くし。今日は寒いしオレも貸せないっスー」
「だからって……!」
「はいはい。そんなことよりどうする? ファミレスとかで時間潰す?」
 やんわりと黒子の文句をいなし、ポケットから携帯を取り出す。この近くで24時間やっているような場所があればいいのだけど。そう考えながら弄っていると、不意に腕の中の黒子が黄瀬を見上げてきた。
「でも、シャワーくらい浴びたいですよね」
「あー、うん。黒子っちおいしそうな匂いするし」
「黄瀬君も同じです」
 香ばしいソースの香りがするダウンジャケットを引っ張り、黒子は自分の携帯画面を見つめた。そうとなればシャワーが浴びれるようなところだが、インターネットカフェでは人目もあるだろう。黄瀬のことを考えるとそういった場所は除外され、最後に残ったのはホテルの部屋を取ると言う選択肢だった。
 ぽちぽちと携帯を操作し、開いた画面を進めていく。連休の前日と言うこともあり、駅前のビジネスホテルは軒並み満室の表示だった。肩を落として次のホテルへと進んでいく中、ようやく空室の文字を見つけた。急いで予約し、自分の名前を打ち込む。
「黄瀬君、ホテルが取れました」
「は? え? ホテル?」
「はい、行きましょう」
「え、ちょ、黒子っち!? ホテルって!?」
「キミは有名人なんですから、人目のあるところは駄目です」
 ぐいぐいと黄瀬の腕を引っ張る黒子に半ば引きずられる形で繁華街を進んでいく。両脇で輝く明かりがチラチラと瞬いて目に痛い。中央通りを五分ほど進んだところで、黒子が再び携帯に視線を落とした。
「ええと、こちらですね」
「………」
 これは非常に嫌な予感しかしない。すでに駅前にあるビジネスホテルは通り過ぎた。だんだんと人気のなくなる路地は、しかし人の気配に満ちている。建物の影や入り口に人が隠れているようなそんな感覚だ。
(……これは、もしかして)
 黄瀬がそんな思いに頭をめぐらせている頃、先を歩く黒子はじわじわと広がる不安感がはっきりと形になってくるのを感じていた。そもそも、最初にホテルの部屋を取ったときから様子がおかしいとは思った。黒の背景に灰色の文字。無意味にページを縁取る紫の薔薇の装飾。ご宿泊の文字の横に『別メニュー』と書かれたリンクがある時点で気付くべきだったのだ。
 『ご休憩』と書かれた別メニューがあることに。
「……あ、あの黄瀬君」
 否定して欲しくて黄瀬の顔を見上げると、黄瀬は顔を真っ赤にして目を逸らしていた。その態度に、やはり自分が間違えたのだと気付いて爆発しそうな恥ずかしさに襲われる。思わず黄瀬の腕をぎゅうっと抱きしめた瞬間、黒子が部屋を取ったホテルが姿を現した。
「………」
「……黄瀬君」
 小さく名前を呼ばれて見上げた先には、やはりと言うべきかラブホテルがあった。外壁を照らすブルーライトと、分かりにくいが料金が書かれた看板。そして自分の腕をぎゅっと抱きしめているのは都市伝説に近い男だった。
「どう、しましょうか……」
「どうって……」
「あの……こういうところ入ったことなくて……」
 あ、一応気付いてたんスね、ここがラブホだってこと。
 少しだけほっとするが、現状は何も変わっていない。むしろ男二人でラブホテルの入り口に立っているほうが、漫画喫茶やネットカフェで姿を見られるよりも問題のように感じる。
「き、黄瀬君……?」
 腕を掴む黒子の手に力が入り、細い指の感触が伝わる。
(あーもー! どうにでもなれ!)
「え、黄瀬君!?」
 黄瀬は強く目を瞑り、黒子の手を掴んでホテルの中に足を踏み入れた。顔が隠れるように作られた窓口に人の姿はない。その隣の壁には番号と小さなボタンがついていて、ライトがぼんやりと点灯している箇所がいくつかあるだけだ。鍵を取って部屋に向かう間、黒子はちらりと黄瀬を見上げてみた。
 耳まで赤くした黄瀬は怒っているのか、唇を引き結んでずんずんと部屋に進んでいく。どういうシステムになっているのか分からないが、ここは黄瀬に従ったほうが得策だ。黒子も赤い顔を伏せ、靴先が沈む絨毯を見つめながら彼の後に続いた。
「……ここっスね」
「し、失礼します」
 入り口でぺこりと頭を下げて中に入る。照明は暗く、絨毯の臙脂は更に沈んだ色に見える。部屋の真ん中に存在するベッドから顔を背け、黒子は冷蔵庫を開けた。
「き、黄瀬君、飲み物があります。何か飲みますか? あ、でも有料でしょうか……」
「サービスドリンクだから無料っス……」
「そうなんですか?」
 黄瀬と自分の分と、二本取り出したドリンクの一つを彼に渡す。力なく受け取った黄瀬は、キャップを捻って中身を喉に流し込んだ。その間も、黒子は二人分の上着をハンガーに掛けたりと忙しい。そうでもしていないとこの場所を意識してしまうから仕方がないことなのかもしれないが。
 黄瀬はふるりと頭を振り、座っていたソファーから立ち上がった。シャワールームに続くドアを開け、黒子の名前を呼ぶ。
「ここ、バスルームだから。黒子っち先に入っていいよ」
「え、ですが……」
「そりゃまぁ、場所は場所だけど。シャワーもあるし使えるもんは使っとこ?」
 黒子の背中を押してバスルームに入らせると、背中をドアにつけてずるずると座り込んだ。ふわりと漂うお好み焼きの匂いが不似合いでおかしくなる。ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻いてから、黄瀬は財布を手に取った。
 一方の黒子はくるりとバスルーム内を見回して溜め息を吐いた。こんな予定ではなかったのに、今日は計画が狂ってばかりだ。仕方なく服を脱いで中に入る。ガラス張りのシャワーブースは若干入りにくいが、黄瀬の性格を考えると心配しているほうが失礼に感じた。
「早く入ってしまいますか……」
 そう、そもそもの目的はシャワーを浴びて寝る場所を確保すること。そのために友達同士でホテルに泊まるだけだ。普通に考えれば何らおかしいことなんてない。黒子は乱暴にタオルを泡立てながら、一人うんうんと頷いていた。



「黄瀬君、慣れてるんですか?」
「そんなことはないっスけど」
 ベッドに寝転んでちびちびとドリンクを飲む黒子は、じとりと黄瀬を横目で見た。その声に肩を竦めた黄瀬もシャワーを浴び、二人で置いてあったバスローブを身にまとっている。必然的にどちらかが女性用を身につけねばならず、不本意ながら黒子がその役を買って出た。少し短いくらいで特に不便がないのも何だか悔しい。今穿いている真新しい下着も、先ほど黄瀬が廊下の自動販売機で買ってきたものだ。
「……慣れてますよね」
「そりゃ、初めてじゃないからっつーか……」
 もごもごと言っている黄瀬を無視してリモコンを手に取る。気分転換に映画でもとスイッチを押した瞬間、大画面に映し出された女性の裸体に思わず目が点になった。
「ちょ、あーもう黒子っち何してんの!」
「え、あ、あの」
「こういうところはテレビつけたらああいうの出るって常識っしょ!?」
「そ、そんな常識知りません」
「いいから! 消して!」
 言われるままに電源ボタンを押し、部屋がしんと静まり返る。数秒しか聞いていないが、女性の嬌声が耳にこびりついて離れない。じわじわと顔を赤くする黒子の隣で、黄瀬はがっくりと項垂れていた。
(何してくれてんの、マジで)
 ただでさえ気になっている人と一緒の部屋でシャワーを浴びて、これが今までだったら完全にお誘いと受け取っていたのに。据え膳食わぬは男の恥なんて言葉まであるくらいだというのに、黒子に対してはそんな常識は通用しない。顔を真っ赤にしてうろうろと視線を彷徨わせている黒子をちらりと見て、もう一度溜め息を吐き出した。
「もう寝よ、黒子っち」
「え、あの」
「このベッド広いから二人寝れるでしょ。嫌ならオレソファーで寝るし」
「だ、大丈夫です!」
 ベッドから降りようとした黄瀬の背中をきゅっと握り、黒子は俯いたままぽそぽそと呟いた。
「い、一緒に寝ましょう……」
「……黒子っちさぁ……」
「はい?」
 こてんと首を傾げてこちらを見上げてくる黒子は、まだ先ほどの恥ずかしさが残っているのか頬に赤みが差している。緩いバスローブの隙間から見える肌とか、しっとりと濡れた髪とか、全てが黄瀬を攻撃しているように見えてならない。
「何でもないっス……」
「そうですか?」
「うん、おやすみ」
 ぼすんと黒子に背を向けてベッドに潜り込む。ぽんぽんと布団の上から撫でられ、耳元で優しい声が聞こえた。
「おやすみなさい、黄瀬君」
「……ん」
 もぞもぞと感じる温もりに気をとられつつも、黄瀬は真っ赤な顔を隠す代わりに頭までシーツを被っていた。

20130510
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