とあるココアさんが酔っ払う話


先日入った後輩は、とにかく腰が低いというのが第一印象だった。腰が低いというのとは違うかもしれない。ぺこぺこと頭を下げて、ずっと謝罪を口にしているのだ。教育係として青峰がついたからかと思ったが、その同期である自分にもそうだから彼の性格なのだろう。
もはや恒例となった『すみません』の声に小さく笑い、からかっている青峰の頭をべしりと叩く。

「いってーな、何すんだよテツ」
「桜井君をからかうのはやめなさい」
「んだよ、大人の社会ってやつだろ?」
「君のは小学生のいじめです」
「く、黒子さんありがとうございます、すみません!」

お礼と謝罪を並べる桜井に向き直り、青峰を叩いた手をひらりと振る。

「いえ。それより今日は桜井君の歓迎会です。まぁ普通の飲み会ですが、楽しんでくださいね」

黒子の言葉に顔を綻ばせた彼を残し、自動販売機へ向かう。ずらりと並んだ商品の中からミネラルウォーターを選び、出てきたペットボトルのキャップを捻る。
上段に並んだディスプレイの中に赤い缶を見つけ、黄瀬のことを思い出していた。

     ◆

「最近いいことあったの?」
「え」
「だってずっとニヤニヤしてるから」
「し、してないっスよ!」
「いーやしてるね。さては愛しのココアさんと何かあった?」

頬杖をついた高尾の言葉にへにゃりと相好を崩し、机の上に腕を組んだ。そこに顎を乗せ、モデルには程遠い表情を浮かべる。

「実は友達になったんスよー」
「……あっそ」
「反応薄い! 緑間っちと同じ!」
「はいはい。メール交換したりしてんの?」
「してないっスよ?」
「は?」
「え、だからメールとか。してないっス」

それが何か?と言わんばかりの黄瀬に高尾はガシガシと頭を掻いた。あー……と声を漏らし、黄瀬をちらりと見る。

「携帯番号」
「交換してないっス」
「ライン」
「ううん。ガラケーっぽかった」
「ツイッター?」
「やってるか知らないっス」
「じゃあどこで繋がってんだよ!」
「え? 自販機?」

はぁ?と素っ頓狂な声を上げ、高尾は呆れた顔で同級生を見つめた。背もたれに寄りかかり、へにゃへにゃと幸せそうな黄瀬を眺める。

「それ、何か変わったの?」
「全然違う! オレが認識されてるんスよ!? 天と地ほどの差だから!」
「……黄瀬、虚しくない?」

哀れみと呆れを含んだ視線を向けても、黄瀬は全く気にした様子もない。それどころか何かを思い出してまた笑うものだから、見ているこちらとしては不気味極まりなかった。

「……病気なのだよ」
「あ、真ちゃん」
「黄瀬、一つ言っておく」

緑間のいつになく真剣な表情に、自然黄瀬も真面目な顔になる。姿勢を正した黄瀬に一つ咳払いをして、緑間は人差し指を突きつけた。

「それはストーカーから何も変わっていない」
「ちょ、ストーカーじゃないし友達だし! 失礼っスよ二人して!」

うがーっと腕を振り回した哀れな同級生に溜め息を吐き、三人は午後の授業へ向かった。

(友達っスよ、ココアっちは)

自分の中のざわざわした気持ちを落ち着かせるために胸に手を置き、深呼吸を一つ。きゅっと手を握り、黄瀬はずり落ちてきたカバンを掛けなおした。

     ◆

『あ』

二人で声を重ねてから小さく噴出す。

「この時間に帰りなの珍しいっスね」
「そっちこそ」

ふにゃりと笑った顔にどきんと胸が鳴った。
え? 何今の。どきって何だよ。
どきどきと鳴り続ける胸に手を置いていると、こてんと首を傾げた黒子が黄瀬を見上げていた。

「コーラ君? どうしました?」
「えっ!? い、いや何でも……つーかココアっち、酔ってる?」
「酔ってません」
「そう? 顔赤いけど」
「新人君のお祝いをしただけです」
「やっぱり飲んでんじゃん、平気?」
「だいじょーぶです。大人ですから」
「あーはいはい。そーっスね」

ピッと自動販売機のボタンを押して二人分のコーラを買う。一つを黒子に渡してやり、自分もその隣に腰掛ける。先に缶を開けて口をつけるが、プルトップをなかなか引けない黒子に手を差し出した。

「開けるから、貸して」
「お願いします」
「ん、ちょっと持ってて」

黒子の手に自分のコーラを渡し、プルトップに指を掛ける。小気味いい音をさせて開いた缶を差し出そうとしたところで、見た先の光景に変な声が出た。

「へぁ!? ちょ、ココアっちそれオレの!」
「中身同じだからいいじゃないですか」
「そ、そうだけどそうじゃないっていうか!」

黄瀬が慌てている間にもぐーっとコーラを飲んでしまった黒子は一つ息を吐いた。べ、と舌を出して空気に触れさせる。

「舌がびりびりします……」
「あれ、炭酸苦手っスか?」
「苦手じゃないです。あまり飲まないだけで」

緩く頭を左右に振り、自分の腕に手を添える。一気に冷たいジュースを飲んだから身体が冷えたらしい。ふるりと小さく肩を震わせていると黄瀬のダウンが目に入った。自分はコートも着ていないというのに、隣の彼は大変温かそうな格好をしている。む、と眉間に皺を寄せた黒子に今度は黄瀬が首を傾げる。

「どうしたんスか、ココアっち」
「寒いです」
「え? ああ、酔いが醒めて冷えてきたんスかね。そろそろ帰ったほうがいいっスよ」

ベンチの下に置いていた黒子のカバンを取ろうとした瞬間、ぽすりと彼が寄りかかってきた。眠くて倒れたとかそんな風ではなく、寄りかかったあとももぞもぞと動いている。黄瀬の胸に額をこすりつけ、ダウンジャケットをぐいぐいと引っ張った。

「ちょ、え、ま、待って待って」
「はぁ、暖かいです」
「こここココアっち酔ってるでしょ!? それも相当!」
「あ、コーラ君動いちゃ駄目です。寒いです」

そんなことを言われても!
黄瀬の身体にぴったりとくっつき、ぬくぬくと温まっている彼が年上だなんてどうすれば思えるだろう。寒いと駄々をこねる彼に従って、背中までをダウンジャケットで覆ってやった。ふにゃふにゃと柔らかい表情を浮かべ、黒子は黄瀬の背中に手を回した。

「こ、ココアっちぃ……オレ帰れないっスよー……」
「んー……はい……」
「はいじゃなくてぇ……」

きゅーっと抱きついた黒子は全く離れる様子もない。だんだんと暗くなる駅構内に、黄瀬は腕の中の黒子を見下ろした。しかし今の黄瀬に見えるのは黒子のつむじだけだ。くるりと円を描いているそれを見つめ、ぽんぽんと背中を撫でる。
それがいけなかったのか。黒子はふっと力を抜いたあとに黄瀬に寄りかかってきた。

「おやすみなさい……」
「おやすみでもなくてー! こ、ココアっち起きて! オレココアっちの家知らないから!」

自分に引っ付いてすうすうと眠っている黒子の肩を揺らす。しかし彼はむぅと眉を顰めたが、それきり起きる気配がなかった。駅員の声に急かされる形で、仕方なく彼をおんぶする。脱いだジャケットを黒子に着せ、荷物も抱えて立ち上がった。改札を出たところで背中の黒子に話しかけたが全くの無反応だ。半ば泣きそうになりながら、黄瀬は自宅のある出口へと足を向けた。

「ココアっちー……とりあえずオレんち帰るよ? ココアっちの家知らないし」

返事がないことなど分かっている。それでもそう言っておかないと、何かやましいことをしている気になってしまった。ダウンを脱いだから寒いが、背中から伝わってくる温度はほかほかとしていて心地いい。

(おっきなホッカイロみたいっスね)

ちらりと背後を窺うと、気持ち良さそうに眠っているブルーグレイが見える。はぁっと白い息を吐き出し、黄瀬は自宅の鍵をジーパンのポケットの上からなぞった。
ずり落ちてきた黒子を抱えなおすと、小さな声が聞こえた。

「ココアっち? 起きたんスか?」
「ん、んぅ……きせ、くん」
「へ、へ!?」
「……きいろい、です。ひよこさん……」

何が楽しいのか、それだけを言って小さく笑う。夢の中の寝言のようだが、言われた黄瀬はぶわっと赤くなる顔を抑えることも出来ず一人あわあわとしていた。
終電でよかった。誰もいなくて良かった。
こんな真っ赤な顔を見られたら笑い者どころの騒ぎじゃない。

何なんスか! 何なんスかひよこって!
確かにオレの頭黄色いっスけど人間だし! ひよこじゃないし! コーラからひよこってどんな進化なんスか!? むしろ退化!?
ってか今オレの名前呼んだよね!?

ぐるぐるとめまぐるしく回る黄瀬の思考などいざ知らず、黒子はすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
その夢の中で大量のひよこに囲まれていたことなど、黄瀬は知らない。

20130128
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