侵食C


彼はよくボクの頭に触っていた。撫でるなんて生易しいものではなかったけど。



「あ、う……っ」

黒子の肌は白い。それこそ女性と並んでいても遜色ないくらいだ。暗闇でぼんやりと浮かび上がる白い肌は、爪を滑らせただけで赤い筋を残す。肌の表面は汗ばんでいて、手のひらを乗せるとぺたりと吸い付いた。大きく肩で息をしている黒子は、ぎゅっとシーツを握り締めて目を閉じていた。背中に乗せていた手を前に回し、黒子の目が見開くのを見て満足する。焦ったようにこちらを見る視線が心地いい。。
そうだ、もっとオレを見ろ。

「まだ終わりじゃねぇよ」

ぐっと黒子の腰を掴んで止めていた行為を再開する。いつもいつも同じことしかしていないのによくも厭きないものだ。
でもまぁ、思春期の男子学生なんてこんなもんだろ。
灰崎は小さく息を吐いて、また新しい欲望を散らしていた。

     ◆

黄瀬が黒子のことを特別意識しているのは見ていて分かった。本人が気付いているかどうかはともかくとして、周囲から見ればバレバレだったに違いない。
最初に持った感想は『物好きなやつ』だった。そもそもモデルをしていて女子に告白されている姿もよく見かける。それなのにわざわざバスケ部に入ってきて汗まみれになって、青峰には勝負を挑んでは負けて。黒子に対しての態度も尻尾を振って喜んでいる犬と同じだ。

「面白くねぇ」

実際、黄瀬の才能は目を瞠るものがあった。入部して二週間で一軍に昇格、いまやレギュラー入りも囁かれているのは灰崎も知っている。だからこそ面白くないのだ。スコアボードを片付けている黄瀬と、彼の教育係である黒子を見ながらボールをゴールに叩き込む。跳ね返ったボールを無視してそのまま体育館を後にした。

「灰崎、退部しろ」
「あ?」
「退部しろと言ったんだ」

昼休みに呼び出された部室で赤司に告げられたのは、強制退部の命令だった。組んだ手の上に顎を乗せている赤司の顔は逆光になっていてよく見えない。それでも反論は許さないという空気がぴりぴりと肌を撫でていた。

「オレの代わりにリョータがレギュラーに入るってことか?」
「まぁそうなるだろうな」
「ふざっけんなよ」
「お前を退部させる理由はそれだけじゃない。分かっているだろう? 不穏分子は早めに取り除くに限る」

こちらを見た視線が真っ直ぐに灰崎を射抜く。口を開きかけたところでちょうど鳴った予鈴に追い出される形で廊下に出ると、灰崎は屋上に向かった。午後の授業が始まったからか、ぱらぱらと校庭に出てくる生徒の姿がある。その中に黄瀬を見つけ、灰崎の眉間に皺が寄った。しかし強くフェンスを握り締めたところでひとつのアイディアが浮かび、にやりと口元をゆがめる。ああそうだ、されっぱなしなんてオレの性分じゃねぇ。どろりと黒いものを孕み、灰崎はくつくつと嗤っていた。

―――どうして、ボクなんですか。

さぁな、そんなの知るかよ。ただお前が一番弱くて、それなのにあいつらから好かれてて面白くなかったからだよ。

隣で横たわっている黒子の髪をぐしゃりと握りこむと、微かな痛みに彼が眉を顰める。だが繰り返された行為のせいでもう文句を言う気力もないらしい。ぐったりとシーツに身体を預けたままの黒子の頭に手を乗せ、指先で髪を弄った。さらさらの髪はすぐにはらりと落ちて、黒子の肌に影を作る。白い肌を指先で軽く撫でてから、灰崎は自分の部屋に戻るために放り出していた服に手を伸ばした。

「……、くん」

背後から聞こえた声に一瞬動きを止める。小さな声で聞こえた名前は自分のものではない。それに気付いたのは、黒子を犯したその日だった。呼び出して無理矢理犯したあの日、黒子は小さな声で彼の名前を呼んでいた。そのときくらいしか黒子の涙を見た記憶はない。

「黄瀬、く……」
「は、馬鹿なやつ」

ばたんと乱暴にドアを閉めて部屋を後にする。自分の部屋に真っ直ぐに戻らず、灰崎は寮の外へ出て行った。半袖では少し肌寒いくらいの陽気だが、火照った身体にはちょうどいい。

「……オレらしくねーよ」

はぁ、と一つ深呼吸を漏らして灰崎は首の後ろを乱暴に掻いた。自覚すると厄介な代物だ、本当に。しかもそれが最初から手に入らないと分かっているからこそ余計に煩わしい。ポケットに入っていた小銭でジュースを買い、誰もいないベンチに腰掛ける。プルトップを引くと、炭酸特有の小気味いい音が響いた。
灰崎は一気にジュースを飲み干して空き缶をゴミ箱に放る。すんなりと入った缶を見て皮肉な笑みを浮かべた。

「ホント、らしくねーわ」

いつの間に、こんなことを考えるようになってしまったんだろう。
それとも最初からだろうか。空を見上げるように首を逸らして瞬いた星を眺める。明滅する光はどことない安心感を与えてくれるが、そんなものを自分が求めているのかと考えてまた笑った。
触れる手に、いつしか感情が入ってしまっていた。まだ黒子には気付かれていないだろうし、今後も気付かれるつもりはない。それでも無意識の自分は抑えることができず、寝静まった後に触れる指先は撫でるだけに留まっている。
中学時代、入部したバスケ部で念願のレギュラーになって暫くしてから黒子が一軍にあがってきた。赤司が見つけてきた才能ということだが、すぐにメンバーと打ち解けた黒子に嫉妬したのも確かだ。しかしレギュラーとして同じ時間を過ごす内、自分の中に黒子に対して違う感情が生まれてしまっていた。
それを恋愛感情だと位置づけるに至ったのは、やはり退部のことが大きなきっかけだった。

―――どうして、なんて決まってんだろ。

灰崎は顔を伏せ、小さく自嘲の笑みを浮かべる。
もっと器用にできたらよかったのに。そう考えたところで不器用な自分にはあれ以外の感情表現の仕方なんてできなかった。最初から歪んでいたからこんな結末を迎えることになってしまったんだ。
分かっている、こんな関係が長く続かないってことくらい。それならいっそ、最後までこのスタンスを貫いたほうが利口だろう。
あと二ヶ月もすればウィンターカップが始まる。そうなれば黒子が自分のところから去っていくのは分かっている。
(簡単に逃がすつもりもねぇし、譲る気もねぇけど)





おいテツヤ、分かってんのか?
そんなの、お前のことが好きだったからだよ。

20120819
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