これはもしも黒子が灰崎と同じ福田総合高校に進学していたらというif話です。
灰崎君が結構酷いです。黒子っちが灰崎君にいいようにされてる話です。
それでも大丈夫という方は以上のことを踏まえてどうぞ。
黒子っちがどこの学校に行ったのか、結局分からないままだった。
でもまさか、こんな形で見つけるなんて思わなかった。
―――思いたく、なかった。
ウィンターカップ開会式で、隣に並んでいたのは福田総合高校という学校だった。正直今まで聞いたこともなかったし、強豪という話もない。だから興味が薄かったのは事実だ。
だが、隣に並んでいる男には見覚えがあった。耳元で囁かれた声が、嫌でも中学時代の苦い思い出を掘り起こす。
「久しぶりだねぇ、リョータ?」
「ショウゴ君……っ」
「オレさぁ、またリョータの大事なものとってっちゃったんだよな」
「大事な、もの……?」
「ほら、懐いてただろ? あれ」
つい、と示された指の先を見たくないと思うのに、視線は意に反してその指の先を追ってしまう。列の後ろを指し示した先には、ずっと探していた人物の姿があった。
「く、黒子っち……」
「悪ぃな、あいつももう」
―――聞きたくない。
聞きたくないって言ってんだろ。言うんじゃねぇよ。
「オレのもんだ」
気づいたらもう全てが手遅れだった。チーム全体が不協和音に包まれていて、今更どうにかできる状態じゃなかった。それでもどうにかしようとして、もがいていた結果がこれだ。黒子は自分の手を見下ろしてぎゅっと握り締めた。
彼の言う交換条件を飲むだけだ、それだけでいい。そうは分かっていてもまだ頷く勇気が出ず、体育館の外から中の様子を伺うしかできない。もう一度ぎゅっと手を握り締めて顔を上げようとした瞬間、目元を後ろから覆われた。
「全く何してくれちゃってんの」
「……っ」
「バレたらどうなるかくらい分かってるだろ?」
目元を覆う手はそのままに、もう片方の手が身体を這い回る。首筋に吹きかけられた生温かい息がぞわりと鳥肌を立たせた。
「なぁテツヤぁ、お前のそんな顔見たらあの辺の番犬がオレに噛み付いちゃうだろ?」
痛いだろ? なぁ。
生温かな粘膜が首筋を這い、思わず声を上げそうになる。喉元まででかかった悲鳴をかろうじて飲み込み、黒子はぐっと奥歯を噛み締めた。耳元で笑った声が遠ざかり、ようやく息を一つ吐く。だがすぐに後ろから伸びた腕に身体ごと抱えられ、体育館から離された。必死に手を伸ばしても届かず、足をばたつかせてもびくともしない。得体の知れない恐怖感に侵され、黒子は真っ暗な闇に落ちていく気がした。
今声を張り上げれば、中にいる誰かが気付いてくれるかもしれない。しかし黒子はそうしなかった。そうすることで、灰崎がどういう手段に出るか手に取るように分かる。
彼は、ぞっとするほどに昏い部分を持っていた。
赤司に強制退部させられてからの灰崎は、校内でも有名なほどに荒れていた。停学処分になったのも一度や二度ではない。退学になるのも時間の問題だと誰もが思っていたとき、灰崎は黒子の前に現れた。
「なぁ、ちょっと話があんだけどよ」
「ボクに、ですか?」
「そ、テツヤに」
どう考えてもいい話じゃないのは分かっていたし、赤司や他のメンバーからも灰崎には注意しろといわれていた。断ろうと思い顔を上げると、唇を開くより一瞬早く灰崎が言葉を継ぐ。
「聞いてくれないとオレ何するか分かんねぇし」
「……っ! ……分かりました、聞きます」
「さーんきゅ、だからテツヤ君好きだぜ」
ねっとりと絡みつくように首に触れた手。それを振り払えないまま、黒子は灰崎に連れられていった。
思えば、あの時に道を間違えてしまったのかも知れない。誰かに相談すればまた違う結末があったのかも。
だが何度考えてもあのときの黒子に、ああ応える以外の選択肢は存在しなかった。きっとこの選択をしたと知られれば、他のチームメンバーは助けてくれるに違いない。灰崎を殴って止めてくれたかもしれない。
(それだけは駄目です)
いくら帝光中キセキの世代といわれていても、暴力沙汰を起こせば試合に出場できなくなる。目前に迫った全中三連覇に向けてどれほど彼らが練習しているかを知っているからこそ、黒子は恐怖を飲み込むしかできなかった。
「ほーら、声出せって」
「……っ、う……」
埃くさい空気が辺りに充満している。土の匂いと埃が混ざった匂いは元々好きなものだったのに、この数週間で嫌いになってしまった。
「ったく、しょうがねぇなぁ」
「う、ぁ……やっ……」
「最初からそーやってればいいってのに」
ぐちゃりと体内を掻き回され、気持ち悪くて吐きそうになる。実際何度か吐いたこともあるが、そうすると後で辛いのは黒子自身だった。逃げようとする腰を掴まえ、ぐいっと後ろへ引っ張られる。それによってより深く侵入してきた相手にまた腹の中を荒らされた。せめてもの抵抗に揺らしてみた手首は、情けない音を立てて拘束されている事実を思い出させるだけだった。
黒子の細い手首を縛っているのは、灰崎のベルトだ。これがせめて他のものだったら、灰崎に支配されているということを忘れることが出来たかもしれないのに。ぎゅっと目をつぶって全ての感覚を自分からシャットダウンする。しかし背後の灰崎は、そんな黒子のささやかな抵抗すら許してくれなかった。
黒子の背中を押さえつけていた手が前に滑り、平らな胸板を通って臍を強く押した。内臓を押される感覚にびくりと身体を震わせると、その感覚が気持ちいいのか灰崎が息を吐く。
「サイコー……」
「う、……もう、やめ……」
「はは、バーカ。まだ三回目だぜ?」
「あっ、ん……んんっ……む……」
無理矢理に脱がされたTシャツを噛み締めて漏れそうになった声を殺す。その間もガツガツとついてくる腰は遠慮なんてものは知らず、ただ自分の欲望を果たすためだけに黒子を使っているようなものだった。結合部から聞こえる濡れた濁音も、太股を流れ落ちる感触も、全部が現実であることを黒子に知らしめる。頬に擦れるマットの感触に出来るだけ意識を向け、黒子は心を凍らせていった。また放たれた飛沫に浅ましくも身体を震わせてしまうのは、この行為に含まれた少しの快感だ。意思とは関係なく生理現象としての反応を返す身体が憎らしい。また今日も灰崎の長い指が自分自身に絡まり、ぐりぐりと刺激する。情けない声を上げて放ったものが自分に掛かって更に悲しくなった。
時間を重ねるごとに、灰崎の昏い部分がだんだんと黒子の心を侵食していくようだった。
「なぁ、頷いてくれる気になった?」
耳を舐め上げられ、意識が覚醒する。そういえば灰崎に体育館の前から無理矢理教室に引きずり込まれ、行為に及んだのだと思い出す。ずきりと痛んだ腰が、先ほどまでの行為を物語っていた。
「………」
「だんまりかよ。ま、いいんだけど」
「………?」
「オレとしてはお前の意思とか関係ねぇし。行かなかったらどうなるかってだけだぜ」
「どう、して」
「あ?」
「どうして、ボクなんですか」
黒子の言葉に一瞬言葉を切った灰崎は、次の瞬間盛大に笑い出した。いくらこんな時間とはいえ、まだ校内に人が残っているかもしれない。万が一こんなところを見られたらと思うとぞっと寒気がして、黒子は必死に灰崎に訴えた。黒子の訴えに応じたのか、それとも単に飽きたのか。とにかくも笑いを収めた灰崎は、黒子の首を掴んだ。そのままぎりぎりと締め上げられ、苦しさにえずく。
「お前奪った方が、あいつら面白ぇ顔するだろ? だからだよ」
言い終わると同時に手を離し、黒子は床に手をついて呼吸を整える。白い肌に乱暴につけた痕のせいで、黒子は夏でも半袖を着ることはなかった。体育の授業も何だかんだと欠席を繰り返し、灰崎に壊されたものの数を知る。
「なぁ? オレと同じ高校行こうぜ。またバスケできっかもしんねぇよ?」
「バスケなんて……」
「あ?」
「バスケなんて、大嫌いです」
ひやりと冷えた胸の中に、ひっそりと昏い昏い穴が空いていく。
いつしかそれが自分を飲み込んでしまえば―――何もかも分からなくなってしまえると思っていた。
春が過ぎ、夏が来て秋になっても、黒子の時間は中学校三年生の時から止まったままだった。ただ雑誌や噂などで他のメンバーが進学した先でも活躍していると分かって嬉しくなった。自分はもうバスケをやめてしまったけれど、それでも微かな絆を感じる。それだけが嬉しかった。
「なぁ、うちもウィンターカップ出られるんだってよ」
「灰、崎……くん、それは」
「楽しみだなぁ。懐かしさのあまり泣いちまうかもしんねぇな」
ぐぷりと黒子の中に埋め込んだ指を二本、乱暴に動かした。文句は喘ぎ声に掻き消され、ぱさりと髪がシーツを打つ音が虚しく響く。
ここは福田総合高校に併設されている学生寮だ。相部屋でもないのに好き勝手にこの部屋に入り浸り、好きな時間に黒子を抱く。こんな生活が一年も続いていく内に、黒子はどこか麻痺してしまったらしい。とりあえずの反応はするが、それ以上の反応はしない。そのことがまた灰崎を苛立たせ、行為は激しさを増していった。
「おい、こっち見て足開けよ」
「………」
無言で灰崎に向かって足を開き、上体を横にする。軽く膝を立ててゆっくりと開いていくと、途中でその動きを止められた。不思議に思って灰崎の顔を見ると、意地の悪い笑みを浮かべて自分の腹を指し示す。その行動の意味するところを知って、かぁっと顔が熱くなった。拒否の意味を込めて睨んでも、相変わらず灰崎は楽しそうにニヤニヤと笑っているだけだった。
「テツヤぁ、早くしろって」
「……っ」
「そうそう、何も怖いことなんてねぇだろ?」
灰崎の猛ったものに手を添え、ゆっくりと腰を下ろしていく。慣らされた体は小さな抵抗だけで、すぐに灰崎を飲み込んでいった。長く息を吐きながら腰を下ろし終えると、目の前の灰崎は恐ろしいものを手にしていた。
「ははっ、見ろよ。ハメ撮りってやつ?」
カメラのシャッター音と、目が眩むほどのフラッシュ。それが目に焼きついて離れない。ちかちかと明滅する視界の中で、黒子は声にならない声で泣いた。
―――誰か、誰か助けてください。
縋れなかった言葉が、声が、全て喘ぎ声に変わって流れ出していく。
「あ、あっ……う、うぅ……っ」
「は、泣いてんのか……っ?」
「………っ」
黒子は灰崎の言葉にぶんぶんと首を振った。それを確かめるように頬に触れた指には、何も触れるものはない。
「ふん、強情な、やつ……っ、……く、」
「―――……っ」
涙を流さないのは、黒子の最後の砦だった。灰崎もそれを知っていて、どんなに乱暴にしても泣かない黒子に躍起になっていたが、やがて飽きた。
今日も身体中に散らされた所有物の赤と白に満足して灰崎が部屋を後にする。噎せ返る精の匂いに一気に吐き気がこみ上げ、黒子は近くにあったゴミ箱に吐瀉物をぶちまけた。殆ど胃液しかないことに自嘲の笑みが漏れ、重い身体を引きずってシャワールームに入る。
明日はウィンターカップの開会式だった。
20120723