黒子は拘束された手を見て、ぽろりと涙を流した。細い手首には似合わない手錠がされ、鎖は鉄製のパイプヘッドにくくりつけられている。力任せに引いたせいで皮膚が捲れ、擦り傷がずきずきと痛む。
「ふ……っ、う……」
ずっと上に括り付けられていて指先が冷たくなっている。あまり感覚のないそれを動かそうとすると、ジャラリと鎖の重い音が響いた。
「あ、黒子っち。起きた?」
唐突に聞こえてきた明るい声はこの部屋の持ち主だ。そして今の黒子の飼い主でもある。そんな人間の尊厳を捨てた呼び方を黒子が享受しているのは、そうしないともっと痛い目に遭うのを知っているからだ。おとなしく俯いている黒子に近づく彼は、きらきらと眩しい金髪をしていた。切れ長の瞳を彩る長い睫毛と、恵まれた長身。鼻筋の通った顔は雑誌で何度も見たことがある。
「黄瀬くん……」
「ただいま。一人で寂しかったっスよね。はい、ご飯」
やけに豪華な食事を載せた盆をサイドテーブルに載せ、黄瀬は黒子の手錠を外した。寒いからという理由だけで掛けられたガウンで身体を包み、背後から抱きしめる形を取る。自分の身体を抱きしめるようにしている黒子は、小さく震えていた。
「寒い? それともお腹すいた?」
「黄瀬く……さ、寒いです」
カチカチと歯の根の合わない黒子を抱きしめ、ぽんぽんと撫でる。そろりと腕の中から見上げてきた視線が黄瀬を捕らえ、どんよりと淀んだ。
「はい、あーん」
猫舌の彼のために程よく冷ました食事を口元に運ぶ。薄く開いた唇にスープを流し込み、零れた分は指で拭った。バランスよくすべての食事を与え終えて食器を下げる。キッチンから部屋に戻ると、黒子はくたりとベッドに身を横たえていた。
「黒子っち、駄目だよここで寝たら」
「……眠い、です」
「だぁめ。今日は黒子っちにプレゼントがあるんスから」
甘く耳を撫でる声に全身が粟立つ。彼がこの声をしているときは危険信号だ。また小さく震え出した黒子を可愛いといい、黄瀬はそっと抱き上げた。先ほど掛けてもらったガウンが肩から落ちる。ベッドから払い落とされたそれを胡乱な目で見つめ、黒子は真っ黒いシーツを握り締めた。毎回汚れるごとに買いなおされるシーツは何枚目だろう。大層な無駄遣いだと思うが、それを諌める気力なんてとうの昔に失っていた。
「今日はね、黒子っちにオレの子供生んでもらおうと思って」
「……何を言ってるんですか、ボクは男ですよ」
「うん、黒子っちはカッコいいっスもんね。でも今日は頑張ってもらわなきゃ」
「……黄瀬君、何を」
彼と会話が噛み合わない。ニコニコと笑って上機嫌なのに、何を考えているのかさっぱり分からない。ベッドの上で逃げた黒子に目を細め、黄瀬は膝を乗せた。上質なマットが重さを受けて沈み込む。二人で乗っても全く軋まないベッドも特注なのだと何度も聞かされた。
黄瀬が帰ってくるまでくくり付けられていたパイプヘッドに裸の背中が触れる。ひやりとした感覚に距離をとると、目の前に黄瀬がいた。
「つーかまえた」
「黄瀬く……やめ……」
「やめないよ。だってオレたちもう夫婦じゃん? 一緒に暮らしてエッチして、もうそろそろ子供がいてもおかしくないっスよ!」
「放してください! い、嫌だ! ……う、ぁ……!?」
「学生結婚っていい響きっスよね、黒子っち」
うっとりした声で呟く黄瀬の指は、するすると黒子の身体をまさぐったあとに後孔の縁を辿った。きゅうと固く閉じた穴に指先をぐりぐりと押し付ける。は、は、と短く息を吐いている黒子の背中をもう片方の手で撫で、黄瀬は彼の肌に唇で触れた。その温かさにほっとして身体の力が緩む。その瞬間を見計らったかのように、黄瀬の指が黒子の中に侵入してきた。
中に入ってからローションを垂らすのは黄瀬の癖だ。今日もとろりと掛けられた粘度の高い液体に背中が震える。黄瀬の指を辿って入ってくるローションがだんだんと中を濡らしていく感覚に、黒子の目尻に涙が浮かんだ。それを舌で舐め取る黄瀬の表情はどこまでも優しくて甘い。二本目の指を難なく飲み込み、ぐちゅりと水音が響いた。
「ね、欲しい?」
「いらな、いです……っ」
「素直じゃないなぁ、黒子っちは」
「キミは何を……んんっ、は、はぁ……!」
長く息を吐いて三本目の衝撃を逃がす。こうすれば楽になると、身体が覚えているのが嫌だった。黄瀬とこういった関係になる前まではただの排泄器官でしかなかったのに。再びぽろりと零れた涙を舐められ、そのまま黄瀬の舌が閉じた睫毛を這う。湿らされていく感覚に頭の中まで塗りつぶされたようだ。中で蠢く指が前立腺を掠め、ひくりと喉が鳴った。丁寧に中を擦る指先に否が応でも快感が高められていく。黄瀬によって開かれた身体は、黄瀬のいいようにされるだけだった。男の矜持を踏みにじる行為なのに、自分の性器は浅ましく反応しているのが滑稽で仕方がない。
「ん、もういいかな。黒子っち、こっち。ベッドに手ついて」
「………」
「そうそう、そのまま前向いててね」
てっきり黄瀬のものを突っ込まれるのかと思ったが、ごそごそという音の後に触れたのは硬質な感触だった。冷たくて丸いものが後孔に触れている。追加のローションを垂らされているのか、悪戯に触れては離れるということを繰り返している。
「き、黄瀬君……?」
「あ、だめだめこっち見たら。うまく入んないっスよ」
「何、を……、あ、ああっ!?」
「結構大きいっスよね、でも一気に全部入ったから大丈夫」
「な、何ですか……これ……っ」
「オレと黒子っちの子供だってば。で、ここからが本番っスから」
崩れ落ちた腕を支えなおす前に猛ったものが押し付けられる。まさか、と思う前にずぶずぶと塊を埋め込まれた。押し込められる形で中に入ったものがどんどん奥へ入っていく。怖いといっても大丈夫と一蹴され、黒子は身体を固まらせてしまった。溜め息を吐いた黄瀬にゆるりと前を撫でられ、方々に散ったはずの快感が一つになっていく。
「あ、あ……や、嫌です、黄瀬君……っ」
「黒子っち泣いてんの? かーわいい」
「う、くぅ……!」
「ほら、全部入った。大丈夫って言ったでしょ?」
駄目だ、彼にボクの声は届かない。
シーツに頬を擦り付ける黒子の声は黄瀬に全く届かない。そのことに絶望して流した涙を黄瀬は綺麗だといい、何度目か分からないほど顔を舐められた。黄瀬の指に力がこもる。腰を掴まれた黒子はただ喘ぎを漏らさないように歯を食いしばることしかできない。人形みたいに揺らされて、目の前が明滅する。
「は、はぁ……っ、黒子っち、好き……! 大好き……! ねぇっ、オレのこと、好き……?」
「う、ぐ……ふ、ふぅ……っ、あ」
「へへ、嬉しいっス……黒子っち、ずっとずーっと、こうしてようね……!」
「あ、あぁ……! 黄瀬、く……苦しい、です……!」
「うぁ……! 駄目だよ黒子っち、そんなにきゅうきゅう締め付けたら」
―――割れちゃうよ?
寄せられた唇から紡がれた言葉に思考が止まる。
割れる? 何が? ……今、自分の腹の中には何が入っている?
腹を撫でようとした手を手首でまとめられ、黒子の自由はすべて奪われた。じっとりと背中を濡らす汗は快楽のものではない。黒子はゆっくりと振り返りながら、まさか、と小さく呟いた。
「手に入れるの、結構大変だったんスよ? 割れたらもったいないじゃないっスか」
「黄瀬君、キミは」
「わざわざ養鶏場までいって選んだんだし、大事にしようよ。オレと黒子っちの子供」
「キミは何を言って……! あ、あぁっ!」
「でもさ、保健の授業でやったっしょ? 普通の卵じゃ子供は生まれないって」
律動を再開した黄瀬にガツガツと奥をつかれ、まだ体内に埋まっていた異物がゴロリと位置を変える。体内で直接感じる固さと触れた形は普段見慣れているものだったがゆえに、黒子の想像の一番遠くにあるものだった。
「だからっ……は、今から、オレが……っ、受精、させてあげるから……」
「やめ、やめてください……!」
「はは、大丈夫っスよ。オレはどんな黒子っちでも大好きだから……! は、はぁ……う、ぁ……!」
「………っ!」
びくびくと体内で跳ねた熱が奥に種を撒き散らす。どうやっても子供になんかならないのに、黄瀬は強く腰を押し付けて最後の残滓まで黒子の中に注いでいた。ようやく萎えた性器を引き抜かれ、黒子はベッドに倒れこむ。どろりと後孔から零れ落ちる白濁に反応する間もなく、ぼろぼろと涙を零していた。
「……泣かないで黒子っち」
「何をしたか、分かってるんですか……!」
「うん? 黒子っち何言ってるんスか」
「……え?」
「まだ終わってないっスよ、ほら」
ぐるりと身体を回転させられ、黄瀬に向かって開脚する形になる。その体勢の恥ずかしさに赤面する余裕すらなく、黄瀬は黒子の腹を撫でた。こつりと指先に触れた固さに黒子の顔色が青ざめる。
「このままここで温めてあげてもいいんスけど、そしたら黒子っち痛いでしょ?」
「きせ、く……」
「嘴で殻破ってさ、ピヨピヨってこの中で鳴いちゃうよ?」
そう言って黒子の腹を撫でる黄瀬はどこまでも純粋に笑っている。
―――彼は本気だ。
そのことを察した瞬間、黒子の涙が止まった。ねぇ? と甘やかに囁かれた声に誘われ、腹に力をこめる。体内をずるりと移動するたびに息が短くなった。
「そうそう、黒子っち頑張って」
誘導する代わりに指を突っ込み、同時に腹を軽く押す。徐々に移動した卵に黄瀬の指先が触れた。
「あ、ほらもう少し。黒子っち、あと一息っスよ」
どこかで聞いたことのある呼吸法を隣で繰り返す黄瀬につられ、黒子も彼の言うタイミングで力をこめた。内壁の収縮と重力に従い、ぽとりと卵がシーツに転がり落ちる。ローションやら白濁で汚れた卵を黄瀬は大事そうにタオルで包み、綺麗にしてから黒子に渡してきた。
「ほら、黒子っちオレたちの子供っスよ」
「………」
「これから毎日温めて、お母さんとお父さんになるまで頑張ろうね」
無邪気に笑う黄瀬がまだ温かい卵に頬ずりする。黒子はその光景をぼんやりと見つめていた。歪んでいる、黄瀬はとても歪んでしまった。そうさせたのは自分だ。ほろりと零れた涙をどう思ったのか、黄瀬は綺麗に笑って黒子の頬に触れた。今、自分の手の中にある卵がずしりと重く感じる。
「ね、黒子っち」
「……はい、黄瀬君」
ならばこの歪んだ命ごと彼を愛するのも自分しかいないのだと、黒子は小さく笑って頷いた。
20130705