不眠症モデルの抱き枕


 いつからだろう。
 黄瀬は見慣れた天井を見て、額に腕を載せた。目を閉じてみても睡魔は全く降りてこない。特段寝すぎたというわけでもないのにこれは考え物だ。昨日だって一限から授業があって午後はモデルのバイトをしてその後無理やり駆り出された合コンで酒だって飲んでいる。
 一人暮らしのアパートに帰ってきておざなりにシャワーを浴びて、ベッドに転がれば眠くなるのは自然のことだ。それなのに黄瀬は睡魔の影を全く感じなかった。
 それこそ帰ってくるまでは疲れていて、早く横になりたいと思っていた。だがいざベッドに寝ると、すっと頭が冴えてしまって全然眠くならないのだ。そんな生活がここ数ヶ月続き、黄瀬は精魂共に尽き果てそうになっていた。
 かといって全く眠らないわけではなく、うつらうつらと転寝程度はよくしている。電車での移動時間だったり仕事の待ち時間だったり。しかし、たかだかそんな数時間程度の睡眠で身体の疲れが取れるわけもなく、かといって会う人全員に事情を話すわけにも行かず、負のスパイラルにぐるぐると苛まれていた。
「黄瀬君、居眠りしてた? 最近多いよね。肌も荒れてるし夜遊びもほどほどにしなよ?」
 顔なじみのスタイリストにそんなことを言われ、へらっと表情を崩す。目の下に居座るクマにコンシーラーを塗られ、黄瀬は心の中で溜め息をついた。



「黄瀬君、大丈夫ですか?」
 授業が終わりガタガタと席を立つ音が響く中、黒子は黄瀬に問い掛けた。まだ椅子に座ったままの黄瀬は顔だけを上げて力なく笑ってみせる。
「大丈夫っスよ」
「ならいいんですけど。学食でいいですか?」
 先を歩く黒子に倣って黄瀬も席を立つ。カフェテリアの併設されている学食に向かい、並んだ定食のメニューを見る。しかし寝不足の胃にはどれも重そうで、結局パスタサラダのみを注文した。隣の黒子の視線が痛い。
「キミ、ダイエットでもしてるんですか?」
「んー……そうじゃなくて、夏ばて?」
「まだ五月ですけど」
「じゃあ五月病かなー」
 へらりと笑ってフォークを手にする黄瀬をじろりと睨む。肩を竦めただけで黒子の文句を聞き流した黄瀬は、パスタと細く切られたレタスをフォークに絡めて口に運んだ。
「はぐらかさないでください。心配しているんです」
「へへ、ありがと。でも大丈夫っスよ」
「キミの大丈夫は信用できません」
 A定食のしょうが焼きを咀嚼しながら睨んでくる黒子とは中学からの付き合いだ。高校は別々のところだったが、大学は相談して同じところに決めた。相談というよりは黄瀬が聞き出して同じところを志望した、というほうが正しいかもしれない。
「何か悩みでもあるんですか?」
「悩みって言うか、うーん」
「無理には聞きませんけど」
 そう言って目を伏せた黒子に胸の奥がちくりと痛む。どうしたって黄瀬は黒子に甘くなってしまう。それこそイケメンモデルの名前がどこかに飛んでしまうくらいには。
「そうじゃないんスよ。オレも原因が分からなくて」
「………?」
「寝つきがあんまよくないっつーか、家で寝られないっつーか」
「家って……黄瀬君一人暮らしじゃないですか」
「うん、だから家のベッドであんまり寝られないんスよ」
「それは……大変ですね」
 黄瀬の悩みが自分の想像していたものと違ったのか、黒子は絶句した後それだけを言った。そうして視線を落としてしまった黒子は、添えられたキャベツの千切りをつんつんとつついている。ソースの掛かったそれより、黒子はノンオイルのドレッシングをかけたもののほうが好きだ。長年に渡る付き合いの象徴がそれだと考えると若干物悲しい気分にならなくもないが。
「あ、でも全然寝てないわけじゃなくて、休み時間とか電車の中とか、そういうとこだと寝られるんスよ」
「それで最近居眠りが多かったんですね。てっきり夜遊びが原因かと思ってました」
 すみません、と頭を下げた黒子に慌てて両手を振る。黄瀬の言葉に再び顔を上げた黒子は、食べ終わったお盆を下げてテーブルに戻ってきた。その手にはカフェオレとミルクティーの紙コップが握られていて、その一つが黄瀬の前に置かれる。
「いつ頃からですか?」
「えーっと、年明けくらいからかな……最近は特に酷くて」
「ストレスとかでしょうか……」
 ふと考え込む表情になってテーブルの片隅を見つめる。不眠症、と口にしてみても全然実感が湧かない。うーんと唸り始めた黒子に黄瀬が苦笑した。
「だーいじょうぶっスよ。ちょこちょこ寝てるし」
「でも」
「黒子っちが居眠りしてた分のノート見せてくれるんでしょ?」
 ちゃっかりそんなことを言ってくる黄瀬に閉口する。さすがにそれが彼なりの気遣いだと気付かないほど子供じゃない。仕方がないですねと一つ頷けば、ぱっと顔を輝かせた表情がある。モデルというのは便利な職業だなぁと考えながら、黒子はミルクティーの入ったコップを傾けた。
 その日も午後は撮影が入っていたから黒子にノートを託して電車に揺られる。ここから現場までは十数分なのだから寝ている暇などないのだけど、自宅での寝不足は相当身体に堪える。それに付随して食欲まで減退しているとなると、弱った身体に抗う術はない。
「……はぁ」
 背もたれに寄りかかって思い溜め息を吐き出す。中途半端な時間の電車は空いていて、黄瀬が座席を占領していても誰も文句は言わなかった。隣の車両に一人二人乗客が乗っている程度だ。
「何で眠れないんだろ」
 今はこんなに眠いのに。眠気のあまりぐるぐると回り始めた視界と電車の揺れが相まって気分が悪くなってくる。昨日飲んだ酒が少し残っているのかもしれない。腕時計に視線を落とすとまだ時間に余裕があった。吐いてしまったほうが楽かもしれないと考え、黄瀬はちょうど止まった電車から降りた。背後ですぐに閉まったドアに追いやられるように駅のトイレに行き、個室の鍵を閉める。もやもやとした吐き気はずっと胸の中に宿っていて気分が悪い。小さく唸りながら腰掛けたトイレは、黄瀬の長身には少し苦しかった。
 ポケットに入っている携帯電話が震えた気がして取り出してみる。案の定ブルブルと震えているディスプレイには黒子の名前が表示されていた。
「……黒子っち?」
『あ、黄瀬君。今どこですか?』
「えーっと、幡ヶ谷」
『今日のスタジオは新宿じゃなかったでしたっけ?』
「ちょっと気分悪くなっちゃって休憩中」
 へへっと笑うと、電話の向こうの黒子が溜め息を吐くのが聞こえた。
『キミ、財布忘れてましたよ。持って行きますからそこにいてください』
「え、マジで。気付かなかった」
『今電車に乗ったので10分ほどで着くと思います。どこか座れるところにいてくださいね』
 ぷつりと切れた電話をポケットに戻し、トイレから出る。先ほどまでむかむかしていた気分はだいぶ楽になっていた。そのまま上り電車のホームに戻り、ベンチに腰掛ける。この辺りにいれば、これから来る黒子にも見つけやすいだろう。
 二本目の電車がホームに滑り込んできて、開いたドアから黒子が顔を出した。黄瀬の姿を見つけると小走りで近寄ってきて、カバンから黄瀬の財布を取り出す。それを受け取った黄瀬の額に、黒子の手のひらが触れた。
「熱はないみたいですね」
「く、黒子っち!?」
「これからの仕事はどうするんですか? 休むなら電話しておきますけど」
「ちょ、ちょっと大丈夫だから! 平気! だいぶ気分もよくなったし」
 ばっと黒子から距離をとって乱れた前髪を直す。そんな黄瀬の態度にむすりと不満げな色を滲ませた黒子は、自分の手帳を取り出してぱらぱらと捲る。
「分かりました。仕事に行くというなら止めません。でも終わったらボクに連絡してください」
「え、何で?」
「迎えに行きますから。いいですね」
 ぴしりと眼前に突きつけられた指と黒子の顔を交互に見る。その表情に怒りの色が滲んでいるのを見て、思わず頷いてしまった。黄瀬の返答に満足したのか、すっと指は下ろされたが、まだ何となく突きつけられている気がして落ち着かない。
「黒子っち今日バイトじゃ?」
「今日はシフト変更してもらいました」
「ご、ごめん」
「そう思うならちゃんと連絡してくださいね」
 はぁ、とこれ見よがしな溜め息を吐いて黄瀬のカバンを手に取った。時計を見るともうそろそろ仕事の時間も迫っている。ホームに入ってきた電車に二人で乗り、黄瀬の仕事場まで送ってから黒子は学校へ戻っていった。



「お疲れ様です」
「く、黒子っちぃ……あの、ホントすんませんっス……」
「何がですか? ほら、帰りますよ」
「や、あの……オレすげぇ迷惑掛けてるし」
「? 何を言ってるんですか。仕事で何かありましたか?」
「ううん、それは平気」
「ならいいじゃないですか。明日と明後日は休みでしょう?」
 こくりと頷いた黄瀬の前を歩き、黒子は自宅へと足を向けた。都内だから通えない範囲ではないが、大学入学を機に一人暮らしを始めたのは黒子も同じだ。大学から二駅離れた学生用マンション。駅から歩いて十分程度のそこが黒子の自宅だった。ドアを開けて中に促すと、ちらりと黒子を見たあとに足を踏み入れる。少し広めのワンルームのはずだが、黄瀬がいると随分狭く見えた。
「そこに座っててください。何か飲みますか?」
「平気っス」
 黄瀬が腰掛けているソファーは黒子のベッドも兼ねている。シーツ代わりに掛けているソファーカバーをつつく黄瀬を見ながらシンク下からフライパンを取り出した。しかし少し考えて、鍋のほうを手に取る。最初の予定だった炒め物を取りやめ、鍋の中にブイヨンと刻んだ野菜を入れていく。細く切ったベーコンを入れてから、中身をくるりと掻き回した。塩コショウを入れて味を調えていると、背後から声を掛けられた。
「何か手伝う?」
「大丈夫です。もうすぐ出来ますから、テーブルの上片付けてもらっていいですか?」
「はーい」
 言われたとおりばさばさとテーブルに載っていた雑誌をまとめてフローリングに置く。ほとんどバスケ雑誌で、前に自分が置いていったファッション誌なんかは既に季節が変わっている。苦笑して雑誌を片付け、テーブルの上を拭いた。すぐに運ばれてきたスープ皿を受け取ると、ふわりといい匂いが漂う。
「寝不足ならこちらのほうがいいと思って。これなら食べられますか?」
「うん、大丈夫そう。ありがと黒子っち」
 黒子の気遣いに表情が緩む。ほっとした顔で黄瀬の向かいに腰を下ろした彼は、他のおかずをテーブルに並べてから両手を合わせた。つられる形で黄瀬も手を合わせてスプーンを手に取る。野菜がたっぷり入ったスープを口に運び、ぱっと顔を綻ばせた。
「あーやっぱり黒子っちの料理好き。うまいっス」
「大袈裟ですよ」
「マジだって。それに最近手料理食べてなかったから新鮮」
 すぐに空になった皿におかわりをよそい、黒子は再び黄瀬の前に座った。テレビをつけると家族向けのバラエティ番組が映っている。
「それにしても眠れないって言うのは何故でしょう」
「うーん、別に悩み事があるとかじゃないんスけど」
 二人で首を捻ってもやはり答えは分からない。どっとスタジオ内に笑いが起こったのを合図に、考えるのをやめた。
「とりあえず今日は泊まっていってください。着替え出しておきますから」
「うん、洗い物はやっとくっスよ」
 ひらりと手を振った黄瀬に一つ頷く。お互いにお互いの家によく泊まり合うため、相手の着替えは一式揃っている。それを箪笥から取り出して、黒子は自分の着替えもその上に重ねた。お風呂から出て、黄瀬の気分が悪くなさそうなら缶ビールの一つでも開けてみよう。アルコールの力を借りれば寝付けるかもしれない。そう考え、黒子は洗い物をしている黄瀬に声を掛けた。
 シャワーを浴びてテレビの音を聞きながらだらだらと酒を飲む。すぐに空になった一本目とは違い、二本目はまだ半分以上残っている。黄瀬よりも酒に弱い黒子は、眠気に負けそうになる瞼をしぱしぱと瞬いた。
「黒子っち、眠い?」
「黄瀬君は眠くないんですか」
「眠いといえば眠いんだけど」
「そうですか」
 煮え切らない黄瀬の返答にふるりと頭を振る。黄瀬が眠るまで付き合おうと思ったが、それよりも先に自分が限界だ。すみませんと言い残して歯磨きに席を立つ。ミントの歯磨き粉でも、今の眠気を吹き飛ばすのは難しかった。口を漱いで部屋に戻ると、黄瀬は頬杖をついてテレビを見ていた。目の下にクマがあるのを見て、黒子の眉間に皺が寄る。
「クマできてるじゃないですか。横になれば違うかもしれませんよ」
「あー……これ? 毎回ここだけファンデーション厚く塗られるんスよ」
「黄瀬君も歯磨きしてきてください」
「え、え、黒子っち寝ぼけてない?」
「寝ぼけてないです早くしてください」
 若干かみ合っていない会話のまま黄瀬を洗面所に放り込み、ソファーの背もたれを倒す。自分用の布団をクローゼットから取り出し、その横に並べた。もそもそと布団に潜り込んでいると歯磨きを終えた黄瀬が戻ってくる。
「やっぱ眠かったんじゃん。黒子っちベッド使いなよ」
「平気です。おやすみなさい」
「はいはい、おやすみ黒子っち」
 ぎゅうっと身体を丸めた黒子に小さく笑い、まだテーブルの上に残ったままだった缶を片付ける。パチンと部屋の電気を消して、携帯のディスプレイで部屋を照らした。黒子の言葉に甘えてベッドに横になったが、やはり眠気がくる気配はない。
 横からはすうすうと気持ち良さそうな寝息が聞こえてきて、黄瀬はひょいと床で寝ている黒子を覗き込んだ。猫のように身体を丸めて眠る癖は昔から変わっていない。
「……今日は寝れるかなと思ったんスけど」
 はぁ、という溜め息が部屋に広がる。せっかく黒子に寝心地のいいベッドを譲ってもらったのに、眠れなければ意味がない。そう考えて黄瀬はそろりと床に降りた。そのまま気持ち良さそうに寝ている黒子の身体を抱き上げ、そっとベッドに寝かせる。もぞりと身じろぎした瞬間に起きてしまうかと思ったが、黒子はまた規則正しい寝息を立てるだけだった。何となくベッドに腕を置いて顔を見ていると、とろりとした眠気が降りてくる。
(あれ、もしかして)
 久々に感じる脱力感に、さっきまで黒子が横になっていた布団に身を横たえる。しかし天井を見た瞬間、さきほどまで感じていた眠気が跡形もなくなっていることに溜め息を吐いた。
(眠れると思ったんだけど)
 ごろりと寝返りを打っても、眠くならないものは眠くならない。小さく唸りながら身体を起こし、もう一度黒子の寝顔を見る。
(……あれ?)
 すると途端に重くなる瞼に首を傾げ、こしこしと手の甲でこすってみた。
(……まさか)
 我ながら非現実的だと思う。どうなっているのかよく分からない。しかし、現状はその非現実を現実だといっていた。
(黒子っち見てると眠くなる?)
 ひくっと引きつった口から乾いた笑いが漏れる。だが久しぶりに感じた眠気の誘惑は抗いがたく、黄瀬は黒子に殴られるのを覚悟でもそりとベッドに上がりこんだ。黒子の身体を抱きこむ形で横になるとすぐに睡魔が襲ってくる。まだ濡れてしっとりとしている髪を一度撫で、黄瀬は数ヶ月ぶりにぐっすりと眠った。



(意味が分かりません)
 黒子は黄瀬の腕の中で悟りを開いた顔をしていた。かれこれ目が覚めてから一時間ほど、彼はこの状況の把握に努めていた。しかしがっちりと身体に回された腕は外れないし、視線を上に向ければそれはもう綺麗な顔が入り込んでくる。朝陽を反射する金髪が眩しくて目を逸らせば、必然的に天井と睨めっこすることになっていた。
 最初は起こそうかとも思ったが、昨日の黄瀬の話を聞く限り何となく起こすのは躊躇われる。黄瀬の話を信じるのなら、だが。
(……不眠症って嘘なんじゃないんですか?)
 すやすやと熟睡しているようにしか見えない。しかも男二人で安物のソファーベッドに、だ。
 うーん、と黒子が黄瀬の腕の中で首を捻っていると、小さく唸った彼がそっと目を開けた。まだぼんやりとする目で何度か瞬きを繰り返している。じっと至近距離で見つめていると、だんだんと焦点の合った彼が慌てて黒子の身体から手を離した。
「うわ! 黒子っちごめん!」
「おはようございます、黄瀬君」
「お、おはよ……ってそうじゃなくて!」
「ごめん、ということは自覚があるんですね。黄瀬君」
「はい……」
 むくりと身体を起こした黒子の正面に正座する。一日ぐっすり寝たお陰か、昨日の夜に気付いたクマは少し薄くなっているように見えた。
「不眠症とは嘘だったんですか?」
「う、嘘じゃないっス」
「では何故今日はぐっすり寝ていたんでしょう」
「や、オレも不思議っつーか意味が分かんないんスけど」
「聞きましょう」
 黒子の返答にほっとして、昨日の夜のことを話し始める。最初こそうんうんと頷いて聞いていた黒子も、寝顔を見られていた段になって表情に不機嫌な色を滲ませた。
「黄瀬君、それは趣味が悪いです」
「そ、そうっスよね……ごめん」
「誰だって寝顔を見られて気分がいいわけがないでしょう」
「え、そっち?」
「そっちとは?」
「いや、オレが黒子っちのことぎゅってして寝たのがいけないのかと思って……」
「もう済んだことじゃないですか」
 わー男前ー。
 黄瀬の言葉には耳を貸さず、黒子は小さく溜め息を吐いた。
「それなら不眠症は解決したということですよね」
「うーん、うーん……?」
「……煮え切らない返答ですね」
「だってまだ分かんないっスもん」
 正座していた足を崩してそんなことを言う。無言で眉間に皺を刻むと、慌てた黄瀬が再び姿勢を正した。
「じゃ、じゃあ今日は帰って寝るから! また眠れなかったら黒子っち泊まりにきてよ」
「嫌ですよ、何でボクが」
「お願い! ね!」
 お願い、と顔の前で両手を合わされるとどうにも断りづらい。それに加えてチラチラとこちらを伺ってくる視線は、飼い主に構って欲しいと訴えてくる子犬のようだ。
 黒子は朝から何度目になるか分からない溜め息を吐き、両肩を落とした。
「分かりました。もし眠れなかったら連絡ください」
「りょーかいっス!」
 シャラッという擬音でもつきそうな笑顔で敬礼をした黄瀬が黒子に連絡してくるまで、あと36時間。
 それから黒子が黄瀬の抱き枕を自認するまで一週間。
 二人が同じ鍵を持つようになるまでのカウントダウンが、緩やかに始まっていた。

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