姉と弟の攻防戦


 家庭内におけるヒエラルキーは、性別よりも年齢が重視される。黄瀬は十数年の短い人生の中で、そのことを十分に学んでいた。
「ねぇ涼太、コンビニ行ってきて」
「は? 今何時だと思ってんの。やだよ」
「いつもの雑誌とアイスお願い。今手離せないから」
 そう言ってふうっと自分の爪先に息を吹きかける。てらてらと輝くそこにはトップコートが塗られている。その下に煌くラインストーンに眉根を寄せ、ぷいと背中を向けた。
「涼太?」
「うるさい、自分で行けよ」
「……何かいった?」
「……っ、何でもない」
 さっきまで黄瀬が寝転がっていたソファーに悠然と座り、長い足を組む。蹴り落とされるのはいつものことだし、文句を言う気力もとうに尽きた。結局いつもと同じになってしまった展開にそっと溜め息を吐き、ポケットに財布をねじ込んだ。
 普通体格が逆転した時点でヒエラルキーも入れ替わる……とまでは言わないが、対等になってもいいと思う。蹴られた腰をさすりながら黄瀬は玄関のドアを開けた。春になったとはいえ、夜はまだ冷える。上着を取ってこようかと思ったがその時間も面倒で、引っ掛けたスニーカーで家を出た。
 バスケ部に入って二週間、やっと一軍に昇格した。教育係とかいう面倒なのもいるが、この調子ならスタメンになるのもそんなに時間は掛からないかもしれない。やっぱり簡単だったなぁとぼんやり考え、黄瀬は到着したコンビニに足を踏み入れた。
(まぁ、こーなるとは思ってたけど)
 今まで苦労したことのほうが少ないし、去年から始めたモデルもそこそこ人気がある。勉強は得意とはいえないが、最悪というほどでもない。
(バスケは面白いけど、それもこううまくいっちゃうとなぁ)
 ラックに入っていた少年誌を手に取り、パラパラと読む。既に何度も立ち読みされてくたびれた雑誌は、誰に買われることもないだろう。
「黄瀬君?」
 掛けられた声に振り向くと、コンビニの袋を提げた黒子がいた。正直、黄瀬は黒子が苦手だ。というか単純に気に入らない。すっと目を逸らし、雑誌に目を落とす。
「黒子クンじゃないっスか。家こっちだったっけ?」
「いえ、ちょっと母に頼まれて。うちの近所じゃ売り切れてて」
 ちらりと見た袋の中には牛乳が二本入っている。先ほど姉に頼まれた買い物をぐずっている自分を咎められた気がして、気分がざわりと波打った。もちろん黒子にそんなつもりはないのだが。
「ふーん。あっそ」
「黄瀬君って隠しませんよね」
「は?」
「そういうの、大事だと思います」
 何言ってんの? オレあからさまにアンタのこと嫌ってるって態度見て分かんねぇ?
 それじゃあと頭を下げた黒子に、雑誌を見たまま曖昧に返事をする。自動ドアが閉じてから視線だけを上げると、黒子の背中がゆらりゆらりと暗闇に融けていくのが見えた。
 あんだけ影が薄くて白いパーカーなんて着てたら、下手したら幽霊に間違われんじゃねぇの?
 ざわざわした気持ちを誤魔化す代わりに溜め息を一つ吐き出し、黄瀬は雑誌をラックに戻した。



「アンタ、友達とかいないの?」
「そういうアンタは彼氏とかいねーの」
 ラグに寝転がったまま大きく開けたポテトチップスに手を伸ばす。床に腹ばいになった黄瀬は雑誌を読みながら行儀悪くそれを食べていた。時々反対側からも伸びてくる手をじろりと睨み、食うなよと小さく呟いた。
「可愛げないなぁ、姉として心配してやってんでしょ」
「ど・こ・が」
「だって涼太、家に友達連れてきたこととかないじゃない」
「女の子ならあるじゃん」
「……生意気」
 ぐりぐりと黄瀬の腰に踵を押し付ける。五歳離れた姉は、黄瀬と同じ金髪を指先に絡めてぱらりと自分の膝に乗せた雑誌を捲っていた。自分と同じ顔だからどうも思わないが、一般的に見て派手な顔立ちなのだろう。その証拠に並んで街を歩けば事務所から声を掛けられることしきりだ。
「彼氏は?」
「いーなーい。うっさいなぁ、もう」
 イライラした声で返事をした彼女は最後に黄瀬の背中を蹴って部屋を出た。じんじんと痛む背中をさすり、あんな乱暴だから彼氏の一人も出来ないんだと小さく毒づく。むくりと身体を起こして残っていたポテトチップスをつまむ。友達と聞いてぱっと頭に浮かんだのはバスケ部のメンバーだった。仲が悪いとはいわないが、家に呼ぶほどではない。週末に控えた練習試合では、黒子と黄瀬が一軍メンバーとして同行することになっている。
(ホント、何であんなのがレギュラーなんだか)
 もし勝ったらユニフォーム貰っちゃおうかな。そんなことを考えながら伸ばした手は虚しく空を切った。ふと見るといつの間にかポテトチップスの袋は空になっている。ぐしゃぐしゃと袋を丸めてゴミ箱に放ると、それは綺麗な放物線を描いて吸い込まれていった。
 今考えればあんな生意気なことを考えていた自分を殴りたい。
 黄瀬は自室で頭を抱えて座っていた。カレンダーの日付は日曜日。さっき駒木中学との練習試合から帰ってきたところだ。まだ心臓がどきどきとうるさい。
 初めて間近で見た黒子のプレイは凄いなんてものじゃなかった。全身の毛穴が開いて鳥肌が立つ感覚。青峰を見たときとは違う興奮が黄瀬の身体を駆け巡った。自分には絶対に真似のできないプレイに、黄瀬は心底陶酔していた。
「黒子っちのプレイ凄すぎっしょ……」
「へぇ、友達できたの?」
「うわっ! か、勝手に入ってくるなよ!」
「さっきからうるさいんだもん。で、黒子っちって誰?」
「ぜってー言わねぇ」
 ぷいと逸らした顔を気にした様子もなく、彼女は床に落ちていたバスケ雑誌をパラパラとめくった。しかし特に興味もなかったのか、すぐに戻すとにっこりと口元に笑みを浮かべた。
「ふーん、じゃあ今度涼太の学校行っちゃお」
「はぁ!?」
「明日から試験前だし部活ないんだよね」
 楽しみにしてるね、涼太の活躍。
 唖然とした黄瀬を残し、彼女はひらひらと手を振ってそのまま出て行ってしまった。
 まずい、この状況は非常にまずい。変なところで勘の鋭い姉のことは黄瀬が一番よく知っている。それでなくとも黒子なんて珍しい名前だからすぐにばれてしまうだろう。
 それに加え、黄瀬が危惧していることはもう一つあった。
「……好み丸被りなんだよな……」
 そうなのだ。黄瀬は認めていなかったが、黒子の外見は黄瀬の好みに合致している。バスケの才能で黒子に負けていると認めるのが悔しくて必死に否定していたが、今日のプレイを見てしまってから黒子が可愛く見えて仕方がない。元々男に興味のあるたちではなかったが、黒子を見ているとざわざわして落ち着かない。
 くしゃりと前髪を握り込んで溜め息を吐き、浮かんだ心配を振り払う。
(今のこれだって、試合後の興奮みたいなもんだろうし)
 そういうことにしておこう。少なくとも、明日姉が帰るまでは。
 そんなことを考えている時点で既に負け試合が始まっていることには気づかず、黄瀬は己を言い聞かせるためにうんうんと一人頷いていた。
「おい黄瀬、アレお前の姉ちゃんだろ」
 ずしりと肩に感じた重みが実際の数倍に感じられる。青峰は黄瀬の肩に肘を乗せたまま、体育館の入り口を顎でしゃくった。普段であれば女子の黄色い声援が飛び交っているはずなのに、今日に限ってはシンと静まり返っている。体育館の扉にもたれて中をうかがっている女性が、黄瀬の姿を見つけてひらりと手を振った。普通にしているだけなのに美人というのはそれだけで迫力がある。性別が違うだけで随分印象も違うもんだと青峰は黄瀬と彼女を見比べた。
「知らねぇっス」
「いやお前とおんなじ顔してるし。つーか手振ってんぞ」
「知らねぇっス」
「あの、黄瀬君」
「何スかー。く……えっと、はい」
 危うく『黒子っち』と呼びそうになった口を慌てて塞ぐ。不自然に切られた言葉に黒子の眉間に皺が寄り、それを見て慌てて弁解を重ねた。
「あ、ち、違うんスよ! 姉ちゃん来てるから、その……!」
「やっぱお前の姉ちゃんじゃねぇか」
「青峰っちは黙ってて!」
「……青峰君のことは呼ぶんですね」
 はぁ、と吐き出した溜め息が胸に突き刺さる。黄瀬から視線を外した黒子は、踵を返して隣のコートに行ってしまった。
 ―――傷つけた? 怒らせた?
 最後に見えた黒子の瞳から感情を読み取ることが出来ない。呼ぼうとした声は喉に張り付いて音にならなかった。
「あーあ、怒らせてやんの」
「え、えっ! やっぱ怒ってる?」
「怒ってんなーありゃ。オレしーらね」
 頭の後ろで手を組んで黄瀬に背を向けた青峰に飛びつく。突然の衝撃に咳き込んだ彼は振り向き様に黄瀬の頭を一発殴った。それでも腰にまとわりつく黄瀬は、どうしようどうしようと鬱陶しいことこの上ない。
 ちらりと体育館の入り口を見ると、黄瀬の姉であろう彼女の姿がなかった。
(飽きたのか?)
 それならそれで練習再開だ。まだぐだぐだと腰に巻きついている黄瀬を剥がし、青峰はボールを手に取った。それを思い切り黄瀬にぶつけようとしたが、寸前で赤司の手に阻まれる。曰く、これ以上の練習時間の遅れは挽回しきれないとのこと。怒りの陰に潜んだ壮絶なオーラにぞっと背筋を震わせ、青峰はくるりと赤司に背を向けた。
「まったく……黒子もそんなところで拗ねてないで早く練習に参加しろ」
「……拗ねてません」
「どうだか」
「赤司君、性格悪いです」
「お前こそ何をそんな不機嫌になってるんだ。今まで散々舐められていたくせに」
 赤司の言葉にきゅっと唇を噤む。確かに先日の練習試合の前まで、黄瀬は黒子を馬鹿にした態度をとっていた。それが試合が終わった瞬間目をキラキラさせて尊敬してると言われて、少しいい気分になっていた自分が恥ずかしい。
「……別に、拗ねてないです」
 自分に言い聞かせるようにもう一度呟き、黒子は立てた膝に顔を埋めていた。

     ◆

「アンタが言ってた黒子っちってあの色黒の子? 名前のままっていうか、変な感じ」
 携帯のメールを打ちながらそんなことを聞いてきた姉に、飲んでいたカルピスが変な場所に入ってしまった。げほごほと噎せている弟を心配することもなく、彼女は二通目のメールを打ちはじめる。何度か深呼吸をして落ち着かせると、じろりと諸悪の根源を睨みつける。
「違う。つーかもう忘れろよ、その名前」
「涼太がつれてきたら忘れてあげる」
 誰か分かんないしつまんないから帰っちゃった、と呟く彼女にそれなら何でまだ聞いてくるのか分からない。じっと見ていても姉は黄瀬の方を向くことはなかった。
「はぁ? ねーし。絶対ねーし」
「ホントは嫌われてんじゃないの?」
「………」
「え、うっそ、図星?」
 ようやくこちらを見た視線が面白いおもちゃを見つけたときのように輝いている。どうしても弟に友達がいない設定を植えつけたいのか。今日の部活のときのことも相まって、黄瀬はぐっと歯を噛み締めた。黒子の背中が脳裏に蘇る。吐き出された小さな溜め息が耳にこだまする。
 大体、こんなことになったのも元をただせば姉のせいだ。拳を握り締め、黄瀬は睨んでいた目に更に力を込めた。
「誰のせいだと思ってんだよ!」
「え、涼太?」
「もう知らねぇ!!」
 バンッと大きな音を立てて閉まったドアを呆然と見つめる。普段何でもそつなくこなしてしまう弟が、あそこまで声を荒げたのは小学生の時以来だ。それも低学年の時だから、二三年前の出来事じゃない。
「うわ、マジで……?」
 何となく気まずくなって携帯を横に置く。喧嘩なんて久しくしていなかったから対処の仕方が分からない。二階に上がった弟が暫くして出掛ける音が聞こえ、静かになってからそっと溜め息を吐き出した。
 ピンポン、と玄関のチャイムが鳴る。ふと顔を上げてみると、まださっきから五分しか進んでいなかった。出掛けたばかりの弟が帰ってくるとも思えないし、そもそもチャイムを鳴らすとは考えにくい。宅急便にしては遅すぎると首を傾げながらソファーから立ち上がる。
「はい」
『夜分遅くにすみません。黄瀬く……えっと、涼太君はいますか』
「弟ならいまちょっと出掛けてるけど」
『そうですか……』
 しゅんと肩を下げてしまった彼には何だか見覚えがある。ちょっと待ってて、といってドアを開けると、すいと透明な風が吹いた気がした。
「すみません、こんな時間に」
「こんな時間にいない弟でごめんね」
「いえ、それは構わないんですけど。それじゃあこれを渡しておいてもらえますか」
 ごそごそとカバンから取り出したのは分厚いクリアファイルだった。インデックスが所々についていて、フォーメーションAとかBとか書いてある。ぱらりと捲ってみると、バスケットコート内のメンバーの立ち位置などが記されていた。
「キャプテンから、涼太君に渡しておくようにといわれました」
「あ、君バスケ部?」
「はい」
 だから見覚えがあったのか。ぴっと立てられた指の先を見ている彼は、おおよそ運動部に所属しているようには見えなかった。弟を見慣れているから尚更かもしれない。後輩かとも思ったが、名前で呼んでいるところを見ると同い年なのだろう。
「あのさ、黒子っちって知ってる?」
「……え?」
「最近弟がその子の名前ばっかり言ってて。友達?って聞いても教えてくれないし」
「……そうですか」
「でも見た感じ、すっごいその子のこと好きっぽいんだよね。あの色黒の子かなぁ、バスケしてるところは見てないんだけど」
 プレイが凄いとか言ってたかな。
 弟の言葉を思い出して目の前の少年に告げる。ぱちぱちと目を瞬いた後に、彼は俯いて小さく笑った。
「すみません、黒子はボクです」
「……そうそう、黒子クンっていう……え!?」
「お姉さんが思っているのは青峰君です。確かに彼のプレイも凄いですけど」
 すみません、期待を裏切ってしまいました。
 そう言ってくすくす笑う彼をじっと見つめてしまう。
 ―――信じられない。
 弟が固執していた人物がこんなに小さくて、華奢な少年だとは。
 まとう空気も透き通っていて、弟と比べると対照的だ。
 ……でもどうしてだろう、この子の隣はすごく居心地がいい。
「えっと、あの……お姉さん?」
「あ、ごめん」
 気づけば、黒子の髪に指を絡めていた。部活の後にシャワーを浴びたのか、まだ少し濡れた髪が指先に触れる。色素の薄いガラス玉のような目に驚きが滲んでいるのが見えて、面白くなった。
「ね、弟と仲いい?」
「どうでしょうか……黄瀬君はボクのことどう思ってるか分かりませんし」
 ふと眉根を寄せた彼に首を傾げる。あの弟の態度からして、相当彼のことを気に入っているのは分かる。
「でもうちの弟、黒子クンの名前ばっかり呟いてたけど」
「え?」
「昨日も部屋で黒子っちのプレイが凄いとか言ってたし」
「………」
「黒子クンも帝光のレギュラーなんでしょ?」
 ひょいと覗き込んできた彼女に目を瞬く。黄瀬にそっくりながら、今の彼よりも大人びた表情にどきどきと心臓が高鳴る。綺麗な人は家族まで綺麗なんだなぁとついぼんやりと眺めてしまった。さらりと流れた髪を耳に掛け、黒子クン?ともう一度呼ばれて我に返った。
「え、あ、はい。ですがボクは黄瀬君たちとは違うので……」
「黒子っち!?」
 ばさりと音がした方向を見ると、弟が道路に突っ立っていた。地面に落ちた袋の口からは少年漫画とペットボトルの炭酸飲料が覗いている。開けるときには大惨事なんだろうなぁと考える黒子の両肩を黄瀬の手が掴んだ。
「ちょ、何でこんなとこいんの! 何? 何か用事だった?」
「はい。赤司君に言われて新フォーメーションのプリントを持ってきました」
「明日でいいっしょそんなん! 何でうち来るんスか!」
「明日の練習から使うということだったので……あの、痛いです黄瀬君」
「あ、ごっごめん……えっと、ちょっと出よ」
 慌てて肩から手を離し、くるりと黒子の身体を反転させる。門扉に寄りかかって立っていた姉にコンビニの袋を押し付け、黒子を押しながら近所の公園に足を向ける弟に肩を竦めた。
「……分かりやすすぎじゃん」
 はてさて、どう転ぶものやら。
 哀れなことになるだろう炭酸飲料を眺め、彼女は家の中に戻っていった。



「黄瀬、く……転びます!」
「え、あ……ご、ごめん黒子っち」
 ようやく足を止めた黄瀬をじろりと睨み、溜め息を一つ零す。黄瀬に押されるまま向かった先は、近所にある小さな公園だった。夜遅い時間では子供が遊んでいるわけでもなく、かといって住宅街の中ではデートに勤しむカップルもいない。しんと静まり返った公園には二人しかいなくて、何となく居心地が悪かった。
「さっきの、お姉さんですか?」
「あー……うん」
「今日練習見に来てた人ですよね」
「……そう」
「家に行ったら迷惑でしたか? どうもお姉さんにボクのことを知られたくなかったみたいですけど」
 今日の部活のことを思い出して憂鬱な気持ちになる。青峰と比べて優れていると思ったことはないが、少なくとも黄瀬に嫌われているとは思っていなかった。
 拒否したのに黒子っちなんてあだ名で呼んで一気に距離をつめてきたのはキミのほうなのに。
「ち、違……! や、えーっと……あの……」
「すみません、そんなこと言いにくいですよね。もう遅いですし帰ります」
 くるりと踵を返した黒子の手を思わず掴む。待って、という言葉が喉に貼り付いてなかなか言葉にならなかった。一度唾を飲み込んで、ゆっくりと同じ言葉を繰り返す。
「ま、待って黒子っち。違うんスよ」
「……何がですか?」
「家に来てもらいたくなかったのは姉ちゃんに会わせたくなかったからっス」
「………」
「オレ、あの……あんま友達とかいなかったから、何ていうか恥ずかしくて」
「恥ずかしい、ですか?」
「く、黒子っちのこと紹介するのが……」
 黄瀬の言葉の意味がよく分からない。何故男友達を紹介するのにそんなに恥ずかしがる必要があるのだろう。黒子には分からないが、黄瀬にとっては相当恥ずかしいことらしい。
「……紹介するのが恥ずかしい友人ですか?」
 黒子と友達であると紹介するのが恥ずかしいというのは、つまり黒子のことが恥ずかしいのだろうか。ふとそんなことに思い至って顔を伏せる。確かに他のメンバーに比べれば冴えないし、黄瀬の言うことも分からなくないけれど。黒子の言葉に慌てた黄瀬はぶんぶんと身体の前で両手を振る。
「だからそんなんじゃないって! お、オレが黒子っちのこと大好きだから……!」
「……は?」
「うわ、ごめ……マジドン引きっしょ……?」
 しまったという風に口元を覆っている黄瀬は顔を真っ赤にしてうろうろと視線を彷徨わせている。校内一のイケメンと言われていて雑誌にも載っていて、街を歩けばすぐに声を掛けられるイケメンが。
「あーもー……明日から黒子っちに口利いてもらえねー……」
「何でそんなことになるんですか」
「だって嫌でしょ、オレなんかに好かれて」
「見くびらないで下さい」
 ずるずるとその場にうずくまってしまった黄瀬の頭をぺしりと叩く。視線だけを上げた黄瀬は相変わらず顔の下半分を覆った状態で黒子を見ていた。
「黄瀬君って見た目は派手なのに、随分臆病なんですね」
「黒子っちに対してだけっス……」
「そうですか、光栄です」
「うー……」
 再び顔を腕の中に埋めてしまった黄瀬の頭を撫でる。おとなしくされるがままになっている黄瀬は子供みたいで、自分より20cmも大きいのに可愛いと思ってしまった。
「ふふ、黄瀬君可愛いです」
「黒子っちの前限定っスもん……」
「教育係の特権ですか」
「特権っス」
 問い掛けに対してぼそぼそと答える黄瀬は耳まで真っ赤になっている。黄瀬の前に屈み、普段は見ることの出来ない黄瀬のつむじを堪能する。
 一方の黄瀬は目を閉じ、髪に絡められる黒子の指の感触を堪能していた。頭を撫でられるなんて久しぶりで気持ちがいい。へにゃりと緩んでしまいそうになる頬を必死に引き締め、どうにか顔を赤くするところまでで耐えていた。
「そろそろ帰ろっか。送ってくよ」
「結構です。ボクだって男なんですよ」
 立ち上がった黄瀬の前に立ち、腕を上げてみせる。彼曰くちからこぶを主張しているらしいが、制服を着ていては全く分からない。そもそもTシャツ姿だとしても分からないのだけど。
 それを言うと不機嫌になるのは目に見えているので、はいはいと笑って流すことにした。公園の出口で黒子を見送り、黄瀬は空を仰いで溜め息を吐く。
「……家帰んの、やだなぁ……」
 何を聞かれるかなんて分かっている。黄瀬は姉からの質問パターンをシミュレーションしながら、自宅へと足を向けた。目の前でさっきのジュース開けて中身ぶちまけようかな、という考えは数分後、出迎えた姉によって無残にも壊されることになることなど、彼はまだ知らない。その頃居間では、ペットボトルを振りながら待つ姉の姿があった。

20130430
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