図書館


アンタさぁ、小さいから背のでかい男彼氏にした方がいいよ。
たとえばオレとか。


夏の終わり、いつも行く市立図書館で出会った彼にいい感情は一つも持っていない。それどころか嫌いな部類に入る。
黒子はむっつりと頬を膨らませ、手に持った本のページを捲った。
夏休みの宿題を片付けてしまおうと、部活が休みになる八月後半は趣味も兼ねて図書館通いを続けていた。
今日もまた普段と同じように本を借りて、読みきれなかったものはカウンターへ持っていく。ただそれだけの流れだったのに途中で本を追加したくなったのが間違いだったのか。痛むこめかみを押さえて忌まわしい記憶が蘇らないよう目を瞑る。しかしそうすればそうするほど、その記憶は鮮明に黒子の脳内に再生された。
高い棚に並んだ本の一つに目当てのものを見つけ、寄りかかりながら必死に腕を伸ばす。しかしながらどうして図書館の棚というのはあんなに高い場所にまであるのか。ぐぬぬ、と伸ばした腕では到底届かず、仕方なく踏み台を持ってくるために踵を下ろした。同時にくらりと立ちくらみがして足がよろける。このままでは転ぶと思った瞬間、ぽすりと何かに倒れこんだ。

「大丈夫?」
「へ、あ、あの……すみません」
「この本?」
「は、はい」

ひょいと腕を伸ばしただけで黒子の目当ての本を取った彼は、しげしげとタイトルを見つめていた。それから黒子に視線を戻してふっと唇を歪ませる。

「アンタ、面倒くさがらないほうがいいよ。倒れるから」

どこか人を小馬鹿にした発言にカチンとくる。しかし言われた言葉はその通りなのでぐっと文句を飲み込んだ。そのまま立ち去ってくれないかと思っていたのに、彼はくるりと振り向いて黒子の目の前に立った。改めて見ると、彼は整った顔をしていた。さらさらの金髪と目を縁取る長い睫毛が美しい。同性相手だというのにきゅんと高鳴った胸に悔しくなる。

「アンタさぁ、小さいから背のでかい男彼氏にした方がいいよ。たとえばオレとか」
「はっ!?」
「ははっ! 真顔で取んないでよ。冗談っスよ、ジョーダン」

黒子の反応にけらけらと笑って踵を返す。残された黒子は渡された本を胸に抱き、立ち去っていく彼の背中を見つめていた。



「ああそれ、きーちゃん」
「きーちゃん?」
「黄瀬涼太って言って、一応うちの常連さん。本の流通担当してくれてるから、仕事でも来るよ」
「そうなんですか……」
「人当たりもいいしねー。きーちゃんいると華やかになるって人気なんだよね」

顔なじみになるほど通った図書館のカウンターで、司書の桃井とそんな話をする。しかし彼女から出た衝撃発言に、今度は黒子が目を見開いた。

人当たりがいい? どこが?

華があるというのは辛うじて認めるが、あの態度を人当たりがいいというならこの世には善人しかいないようなものじゃないか。
むすりと不機嫌な表情を浮かべている黒子に首を傾げ、貸し出し手続きの完了した本を差し出した。

「はい、テツくん。来週の火曜日までね」
「はい。ありがとうございます」

受け取った本をカバンにしまい、ぺこりと頭を下げる。ひらひらと振られている手に小さく笑い返し、黒子は図書館を後にした。斜めに差し込む陽の光が直接目に入り込んでくる。眩しさに目を細め、オレンジ色の光に小さく息を吐いた。
キラキラとした太陽が深い色をしてゆっくりと沈んでいく。昼間は凶悪的な日差しも、この時間になればだいぶおさまってくる。それと同時に風からも熱が抜け、黒子はTシャツの襟首を軽く引っ張って風を送った。
冷房で冷えた身体にはちょうどいい風にほっとする。ゆっくりと馴染んだ熱にどこか安心して、裏の自転車置き場へ向かった。
それからというもの、度々黄瀬の姿を図書館内で見るようになった。今まで気にしていなかったから気づかなかっただけかもしれないが、確かに黄瀬は結構な頻度でここを訪れているらしい。先日はスーツ姿で髪型もきちんとしていたから、一瞬誰だか分からなかった。

「この前のちびっ子じゃないっスか」
「……あなたが大きすぎるんです」
「また取れない本があったら取ってあげるよ?」
「結構です。踏み台を使いますから」

つんと顔を背けた黒子の後ろからついていく。ずんずんと奥へ進んでいく黒子は、どこに何の本があるのか熟知しているようだ。年齢の割りに難しい本を読むとは思っていたがここまでとは。ちらと見えた小説の棚を示すと、『そこは小学生のときに読み終えました』なんて可愛くない返事があった。

「オレ、江戸川乱歩は小学生のときに読む本じゃないと思うっス」
「ボクが何を読もうが勝手でしょう。それよりついてこないでください」

じろりと睨んでくる視線はもう慣れたものだ。まるで人に懐かない野良猫のように黄瀬を威嚇する黒子の隣にいるのが楽しくて仕方がない。毛を逆立てる猫と黒子の姿が被り、頭を撫でてみたら憤慨されたのは記憶に新しい。

「黒子っちさぁ、もっと可愛げとかあったほうがいいっスよ。顔は可愛いのに」
「可愛いなんていわれても嬉しくありません」
「愛嬌もないし生意気だし。こんなにお目目だって大きいくせに生意気っスねぇ」

背後から伸びてきた手が自分の両頬を挟む。そのままぐいっと上を向かせられ、間近にあの鳶色の瞳が迫っていた。

「うわ、ホントに目おっきいスね。零れちゃいそう」
「そ、そんなわけないじゃないですか! 放してください」
「いいじゃないっスか。あれ? もしかして照れてる?」

ニヤニヤと笑ってすっと顔を近づけてくる。上下反転しても綺麗な顔は、いまや視界を埋め尽くすほどまで近づいていた。眇められた目の先で長い睫毛がキラキラと光っている。

(夕焼けみたいです)

オレンジの光がちらちらと瞬き、黄瀬の吐息が唇を掠める。逃げたいのに、逃げられない。
頬を挟む手は優しく、拘束と呼べるほどではない。それなのに身体が動かないのは目の前のこの瞳のせいだ。薄い金とオレンジと、深みのある茶色の虹彩が自分を見つめていて息が出来ない。

「黄瀬、さん」
「ん? なぁに?」
「あの……放して、ください」
「あれー。黒子っち声震えてるっスよ?」
「か、からかわないでください!」

同時にごすっと言う鈍い音が聞こえ、黄瀬が床に膝を着いた。げほげほと咳をしている黄瀬を見下ろし、黒子は自分の呼吸を整えていた。

「馬鹿にするのもいい加減にしてください! 失礼します!」

図書館内は走っちゃいけないという当たり前のルールすら無視して出口へ向かう。
早く、早く離れなくては。
あの瞳に閉じ込められて、逃げられなくなってしまう。

荒くなる息を無視して自転車の鍵を外す。焦っていたせいでつるりと鍵が滑り、コンクリートに跳ねた。それを見ていたらすっと気持ちが落ち着いて深く息を吐き出した。

心臓がうるさい。どくどくと耳元で鳴っているように感じるのは、ここまで全力疾走したからだ。
痛くなる胸をぎゅっと握り締め、黒子は真っ赤になった顔を手のひらで覆った。
これも全部夕陽のせいだ。早く沈んでしまえばいいのに。

「ううー……」

子供のようなうめき声を上げ、黒子はその場に蹲った。
カナカナと鳴くヒグラシの声だけが、図書館の入り口に響いていた。

20130122

とある漫画の台詞です。

これ図書館で是非黄瀬に言ってもらいたかった…
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