オレだって軽い男じゃないんスよ


あーあ、やっちゃった。

手にべっとりとついた白い液体を無感動に見つめ、黄瀬はベッドサイドのティッシュに手を伸ばした。
いつの間にか習慣となってしまったそれは週に何度か行われている。普通の男子高校生として当たり前の営みであるし、抜かないとイライラしてしょうがない。汚れたティッシュをゴミ箱に放り込み、手を洗うためにベッドから降りた。
ざあざあと流れる水を見ていると、先ほどまで脳裏に描いていた映像が蘇りそうでぶんぶんと頭を振る。
そう、健全な高校生の営みだ。
そのオカズにしているのが同性でなければ。

最初のきっかけは些細なことだったと思う。男くさいバスケ部の中にいるには違和感のある華奢な身体と、少し中性的な顔立ち。線が細いと思ったのは勘違いじゃなく、体力も全然なかった。
初めは反発して散々恥ずかしい態度も取っていたが、それが今では―――。
きゅっと水を止めて手を拭き、醒めてしまった頭を緩く振った。

「……あーあ」

男だろうが何だろうが、
どうしようもなく好きなんスよ。

     ◆

「黄瀬君、また来たんですか」

少しの呆れを含んだ声にひょいと肩を竦める。誠凛の校門前で待っている彼は一つの名物だ。きゃあきゃあと騒ぐ女生徒を綺麗に無視し、きゅっと黒子の手を握る。

「黒子っちに会いたくて」
「そうですか」

抑揚のない声とするりと引き抜かれた手。これもまたいつもの通りで、黄瀬は寂しくなった自分の手のひらを見つめていた。

「ねぇ、どっか寄っていかないっスか?」
「駄目です。今月は厳しいので」
「シェイクくらいなら奢るっスよ」

彼の大好物を引き合いに出せばぴたりと足が止まる。しかしいつもならここで陥落してくれるのに、今日に限って黒子は首を縦に振らなかった。ゆるゆると横に振られた頭に首を傾げる。

「どこか調子悪いとか?」
「いえ、そうじゃありません」
「それならどうして?」
「……いつも黄瀬君に奢ってもらってばかりで、悪いからです」

ボクはバイトもしていませんし、と続ける黒子は黄瀬を振り返ってぴっと人差し指を立てた。

「黄瀬君が稼いだお金は黄瀬君のために使わないと」
「オレのために使ってるっスよ?」
「……とてもそうは見えませんが」
「黒子っちが喜んでくれるならそれがオレのためになるんだって」
「……納得できません。とにかく今日は帰ります」

とびきりの笑顔で言ったにもかかわらず、クールな表情のまま踵を返してしまう黒子に落胆の溜め息を吐いた。数年越しの片思いは筋金入りだし、きっと黒子も黄瀬の気持ちには気付いているに違いない。それでもこうしてスルーしてしまう黒子に、そろそろ諦めたほうがいいのかとちらりと考えた。

(不毛な恋愛は趣味じゃないんスけど)

フモウなレンアイ。
文字にしてみると余計にがっくりと来てしまう。いっそこのまま街にでも行って綺麗なオネーサンに慰めてもらおうか。そんな自暴自棄な考えが浮かんだ瞬間、あの、と声を掛けられた。

「もし時間があるなら、ですけど」
「ん? なぁに?」
「折角遠いところいらしてくださったんですし、何も出さないのは悪いかと思いまして」
「?」
「ボクの家でよければお茶くらい出しますが」

いつもより早口で丁寧な口調に目を瞬く。これは知っている、黒子が照れているときの癖だ。
え、黒子っちが照れてる? オレ相手に? 何で?
黙っている黄瀬を見て、反応がないことに今度は黒子が溜め息を吐いた。

「いえ、いいです。用事があるのでしたらここで。失礼します」
「え、ちょ、ちょっと待って! 行く!」
「何か用事があったんじゃないんですか?」
「黒子っちのところ来るのにそれ以外の用事なんか入れないっスよ」
「そうですか。ええと、それじゃあ行きましょうか」

ふいと視線を逸らされたが、後ろから見える耳はほんのりと赤くなっている。
あれ、もしかしてこれ、いけるんじゃね? やべぇ、興奮してきた。
つられて赤くなる顔ときつくなる下半身に鎮まれ鎮まれと念じながら、黄瀬は黒子のあとに続いた。
黒子の通う誠凛には何度も足を運んでいるが、黒子の家に来たのは中学校以来だ。そもそも黒子の家に行ったことなんて数えるほどしかないし、そのほとんどが玄関先で事足りる用事だったから部屋に入ったことはない。
うわぁ、どうしようなんて考えている間に到着した家で、恐る恐る靴を脱ぐ。

「お、お邪魔します……あの、おばさんとおじさんは?」
「父は飲み会だって連絡がありました。母は友人と旅行らしくて」
「じゃあご飯とかどうするの」
「レトルトくらいボクにも温められます」

それなら外で食べよう、といいかけたところで先ほどの黒子の台詞を思い出して口を噤む。折角家に入り込むところまで来たのだ。ここで下手なことを言って機嫌を損ねたくはない。ちょこんとおとなしくソファーに腰掛けた黄瀬に首を傾げ、黒子はシュンシュンと音を立てるケトルを手に取った。

「砂糖はいりますか?」
「い、いらないっス。ミルクだけで」
「分かりました」

渡されたカップを受け取ると、もう片方のカップからはふわりと甘い香りがしていた。色も白く、ほとんどカフェオレに近い。小さく笑った黄瀬に気付いた彼は、むっと頬を膨らませて反対側に腰掛ける。

「……いいじゃないですか。牛乳は身体にいいんです」
「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて黒子っち可愛いなぁって」
「どういう意味なのか分かりかねます」

ちびちびとカフェオレを舐めている姿は猫のようだ。黄瀬にとっては普通の温度だが、猫舌の黒子にはまだ熱いらしい。一口飲んで、ばっとカップを遠ざける。

「あつっ……」
「大丈夫、黒子っち。舌火傷した?」
「……みたいです」

べ、と出した舌に心臓がやかましく鳴る。カップを置いて反対側へ回り、そっと黒子の頬を掴んで顔を上に向けた。

「……火傷したとこ見せて」

おとなしく差し出された舌がほのかに赤くなっている。まだひりひりするのか、黒子の目にはうっすら涙が溜まっていた。

あのさぁ黒子っち、オレの気持ち知らないわけないよね?
そんな顔して舌出すとかオレのこと試してんの?
ホントはさ、こんな誘いに簡単に乗ってあげるほどオレだって軽い男じゃないんだよ? 黒子っち限定なの。その辺ちゃんと分かっててね。
まぁでもいっか、黒子っち相手なら。

「……舐めて、治してあげる」



初めてはちゃんとしたベッドで、などと夢見ていたわけではないが、まさか好きな子のリビングでことに至るとは考えていなかった。いつ家族が帰ってくるか分からない状況で、こんな姿の自分たちを見られたらどう言い訳しても聞いてもらえないだろう。

「ね、黒子っち……やっぱり部屋に……」
「……やです、早くしてください……」

何度か繰り返した応酬に今度もまた同じ返答で小さく溜め息を吐いた。仕方なく黒子と自分のスポーツバッグから引っ張り出したタオルを床に敷いて、少しでも汚れないように善処する。
潤滑油代わりに持ち出したオリーブオイルを指先に垂らし、人差し指をゆっくりと入れてみた。びくりと腰を跳ねさせたあとに長く息を吐き、きゅうっと黄瀬の指を締め付ける。

(ホントに初めてかなぁ、何つーか慣れてるって言うか)

ぐちぐちと人差し指を抜き差ししながらそんなことを考える。
最初は入らないとか慣らすのが大変だとか、聞きかじりの知識に反して黒子の身体は黄瀬の指をおいしそうに食んでいた。
試しに中指も埋め込んでみると、倍以上になった質量に小さく声を漏らす。だがやはり黒子はその小さな喘ぎ声一つだけで黄瀬の指に順応してしまった。

「ねぇ黒子っち、初めて?」
「え、な……何を」
「ココ触られるの。だってもうオレの指二本も入ってるよ。三本目行ってみる?」
「あっあっ、や、まだ……駄目です……」
(まだ、ね……)

ふるふると振られた首に従って、暫くは二本の指で中を慣らすことに専念する。暫く触っていると黒子がいい反応を返す場所が分かってきてそこばかりを執拗につついた。その度に跳ねる腰を掴んで尻に噛み付けば、きゅうと締まる感触が心地いい。はふ、と息を漏らした瞬間を見計らって三本目の指を入れてみた。

「うぁ、あ……っ、黄瀬、く……!」
「ごめんごめん、だって入りそうだったんスもん」
「あ、あ、ぐ……くる、しいです……っ」
「んー……うん……」

生返事をしながらぐにぐにと中を拡げる。
やっぱり初めてじゃないんじゃないかなぁ。柔らかすぎっしょ。いや一般的な柔らかさとか知らないけど。
追加のオリーブオイルを垂らしてタオルの位置を変える。ぽたりと垂れたものに白いものが混じっていて、疎かにしていた前の愛撫も再開した。

「や、やだ、駄目です、はなしてください……!」
「いいからいいから」
「よく、ないです……っ」
「ねー。やっぱ初めてじゃないでしょ。青峰っち? 怒らないから教えてよ」

黒子の背中に圧し掛かり、耳に唇を寄せる。同時にぺろりと舐めてやると、甘い吐息を漏らしたあとに黄瀬をじっと見つめてきた。

「……軽蔑、しませんか……?」
「しないよ、黒子っちのこと大好きだもん」
「……本当ですか?」
「うん、そりゃちょっとは悔しいっスけど」

指を抜いて、ぬるぬると滑るそれで脇腹を撫ぜる。その刺激にピクリと身体を震わせ、黒子は深呼吸をした。

「……誰でもありません」
「……え?」
「ええと、そういった経験はないです」
「え、でも、これは……」

これ、と指差した先にある自分の股間を見てかぁっと顔を赤らめる。尻の下にあるタオルをきゅっと握り締めて、うろうろと視線を彷徨わせた。

「こ、これは、自分で……」
「自分で? 弄ったの? 黒子っちが?」

黄瀬からのあけすけな質問に全身を真っ赤に染めたあと、黒子は小さく頷いた。
黒子が自分で、ココを弄った。
改めて考えるとそのあまりにも刺激の強すぎる事実に今度は黄瀬の顔が真っ赤に染まる。もちろん黒子だって自分と同い年なのだから、自慰の経験だってあるだろう。だがそれでも、何に関しても興味の薄い彼がそんなことをしていると直結的に考えられなかった。しかも後ろを弄るということは、その願望があったということで―――。

「……相手、オレ?」
「……っ!! ば、ばかですか! 言わなきゃ分かんないんですか! そんなんだから赤点ばっかりなんですよ!」
「うぐっ」

精神的にも肉体的にも痛い箇所をつかれ、一瞬意識を手放しそうになる。それでも自分の腹を殴ってきた手を握り締め、ちゅっと唇を寄せた。

「……ごめんね、気付かなくて。ねぇ、黒子っち。好きだよ。大好き」
「……そんなのずっと前から知ってます」
「いつから?」
「……高校から?」
「外れ。中学から」

え、と瞬いた表情を無視して黒子の身体を押し倒す。さっきまで散々弄っていた箇所を指先で撫でると、この後の展開を察した黒子が口を閉ざした。そっと前髪を撫でてやりながら顔中にキスをする。

「ん、黒子っち。大好き。すっげぇ好き」
「……ボクもです」
「……いつから?」
「秘密です」

首の後ろに回した腕できゅっと抱きついたのを合図に、黄瀬がゆっくりと腰を進めてきた。ぎゅうっと閉じた入り口をこじ開けて入り込んでくる。はっはっと浅い息を繰り返して最後に長い息を吐いた。黒子の呼吸が整うのを待ってからそっと頭を撫でてやる。

「……黒、子っち……大丈夫?」
「だい、じょうぶじゃ、ないです、けど……」
「うん」
「変な感じがします……」
「ん、オレも……動いて平気?」

こくこくと頷いた黒子に笑って何度か腰を往復させる。次第に馴染んできた中に熱い吐息を漏らし、黒子自身に指を絡めた。
くちゅくちゅと音を漏らすそれに呼応するように締まった後孔に、黄瀬も短く息を吐く。限界が近い。我慢できないなんて情けないと思いながら黒子の額にキスを落とした。

「ごめ、オレもうもたないっス」
「……はい」
「は、今度埋め合わせ、するから……っ」

黒子の足を掴んで脇に抱えると、それまでより強く腰を押し付ける。苦しそうに眉を顰めたのは分かったが、自分のこれもどうやら治まりそうにない。ぐちゅぐちゅと濁った音を響かせながら二人で高みに上り詰めた。ちかちかと目の裏で明滅する光が弾けるのと同時、きゅうっと締まる感覚に搾り取られる。

「う、ぁ……っ」
「ふっ、んぅ……!」

ぎゅっと抱きついてきた黒子が鎖骨に歯を立てる。ピリッとした痛みに視線を下ろすと、噛んでしまったことに気付いた黒子がおろおろと視線を彷徨わせていた。ちらりと黄瀬を見上げ、傷にそっと舌を這わせる。

(うわ……っ)

慌てて黒子の身体を引き離し、まだ入ったままだった自身を抜いた。その刺激にきゅっと顰めた表情すら、今の黄瀬にとっては刺激にしかならない。ゆるく反応し始めた自身を持て余し、黒子の髪を撫でる。

「あのね、そーゆーことしなくていいから」
「そういう……?」
「ええっと、その」
「黄瀬君? あの……気持ちよくなかったですか?」
「な、何言ってんスか! 超気持ちよかったっスよ!」

不安げに逸らされた視線を捕まえる代わりに黒子の肩をぎゅっと掴む。ぱちりと瞬いた目尻から一粒涙が零れ、どうしようもなく愛しくなる。ぎゅっと黒子を抱きしめて、床に広げていたタオルで包んだ。

「あのさ、オレ黒子っちのことずっとずっと好きで、黒子っちのことオカズにするくらいだったんス」
「……っ」
「引かないでくれると嬉しいんスけど。だから黒子っちとこうしてて自制利かないっていうか、ガキみたいっつーか」
「ひ、引かないです……」

きゅ、とタオルの端を握り締めて黄瀬の肌に頭をこすり付ける。真っ赤になった耳が覗いているのが可愛くて、つんと指先で突いてみた。

「ボクも同じです……」

小さな声と早口で告げられた言葉。それと同時にぺろりと舐められた感触にくらりと眩暈がする。少しだけ痛んだ傷に舌を這わせるこの猫をどうしてやろうかと考え、ぎゅうぎゅうと強く抱きしめた。
そっと伺い見た時計はまだ早い時間だ。黒子の耳元に唇を寄せ、低い声で囁く。

「ね、一緒に風呂入ろ? それで黒子っちの部屋、行きたいっス」
「……っ、ち、父が帰ってきます……!」
「だーいじょうぶっスよ、オレからおじさんに言ってあげるから」

何をですか、何を言うんですか。
黒子の疑問に蓋をするように人差し指で唇を押さえられ、綺麗な顔が一面に広がる。最後に唇を舌で舐められ、潤んだ目尻にも口付けられる。
もしかしたら、早まったかも。
ひくりと緊張した身体を抱き上げて、二人は風呂場へと向かっていった。
しばらくはオカズに事欠かないなぁとズレたことを呟いた黄瀬にタオルを投げつけ、ぐいぐいと髪を引っ張る。

「いてて、何スか黒子っち」
「ぼ、ボクがいるのにそんなの必要ないでしょう!」
「え、それ意味分かって言ってる?」
「……え?」
「オレの相手、毎日してくれるってことっスよね?」

じゃあ体力づくりから始めないとね。オレ、体力にだけは自信あるんスよ。

にっこりと笑った綺麗な顔に、さぁっと顔を青ざめさせたが時既に遅し。
黄瀬君はばかです、体力ばかです、と罵った言葉は本人に届くことはなかった。

20130107
[*前] | [次#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -