自分本位だとは重々承知の上で


はぁ、とわざと空に向けて口を大きく開けてみる。白くなる息は特段珍しくなく、この時期であれば当たり前のものだ。それでもこうして白い靄を見てしまうのは冬の風物詩というものだろう。
ぐるぐると巻いたマフラーのせいで膨らんだ学ランをそっと掻き合わせ、ちらと校門の奥に目を向けた。
待ち人はまだ来ない。深々と冷え込んだ空気は、持っていたカイロでは到底温めきれない。部活を終えたあとに汗を拭いたが、それでも冷えてしまうものは仕方がないのだ。
もう一度はあっと息を吐き出して、瞬いている星を数えていた。

「あれ? 黒子っち?」
「お疲れ様です。黄瀬君」
「え? え? どうしてここに? 部活は?」
「今日は体育館の点検で早めに終わったんです。それにしても……」

ちらりと彼の左右を固めている女生徒に目を向ける。我が物顔で腕を絡めている彼女たちは、熾烈な争いの勝者なのだろう。学校も終わったというのに化粧をばっちりと決め、ぷるんと光る唇は乾燥など知らないようだ。

「あっ、あっ! 違うんスよ黒子っち! あの、オレは待たなくていいって言ってるんスけど!」
「そうですか」
「あー! 待って待って!」

背中を向ければ、絡んでいた腕を無理やり解いてこちらに走ってくる足音がある。彼にとっての優先順位が彼女たちより上であることに満足し、足を止めた。

「いいんですか?」

答えが分かっていて聞くのも卑怯だと思うが、聞かずにはいられない。自分を隠してくれている彼越しに彼女たちが文句を言っているのが聞こえた。えー何でー、なんて。答えは決まってるじゃないですか。

「ごめん、今日オレ大事な用事あるから」

だって彼はボクのものなんですよ。



「それにしても黒子っちがこっちまで来てくれるなんて思ってなかったっス!」
「いつも君に来てもらうばかりでは悪いと思って」
「そんなの黒子っちが気にすることじゃないっスよー。あーでも駄目、めちゃくちゃ嬉しい」

へにゃへにゃとだらしない顔をしている彼は、ボクの顔を覗き込んでまた表情を崩した。そんなだらしない顔してるとイメージ下がりますよ、と言うと『黒子っちが隣にいてちゃんとするとか無理っス』なんていうものだから、可愛いと思ったことは黙っておく。そんなことを言ってしまったら彼の顔が溶けてしまうかもしれない。何だかんだ言って、自分もこの顔が好きなのだ。

「く、黒子っち?」
「いえ、綺麗な肌ですね」
「黒子っちの方が綺麗じゃないっスか」

そう言ってボクの方に伸びてきた手を避けて踵を返す。背後からはがっくりと肩を落としている様子が伝わってくるが、そんな簡単に触れられてたまるか。
これは彼への仕返しなのだ。
ぽつぽつと会話を交わしながら歩いていると、いつの間にか彼が住んでいる寮が目の前に見えてきた。案外近かったなぁと思う反面、学校の寮なのに遠かったら意味がないと思い直す。

「寄ってく? 何もないけど」
「そうですね……明日も練習がありますし」

すいと視線を逸らしてそう呟けば、案の定眉を下げた顔。
君、分かりやすすぎますよ。そんなんだからわんこって呼ばれてるんですよ、知らないんですか。ああもうそんな尻尾と耳が見えるような顔しないでください。ばか。かわいいです。
駆け引きなんです。黄瀬君と付き合うにはこれくらい無表情でこなせるくらいじゃないと駄目なんです。
必死でそう言い聞かせて、一つ深呼吸。うん、大丈夫です。
ちらりと黄瀬君を、なるべく上目遣いになるように見上げる。……別に意図しなくても見上げるんですけど、この前雑誌で見た女の子用のテクニックです。ちょっと顎を引いて目だけで上を見るような。
……こんな感じでしょうか、分かりません。

「でも、練習は午後からなので……」

君さえよければ、と小さく付け加える。
これでいいのでしょうか。でも黄瀬君は顔を真っ赤にしているので一応成功と言えるのかもしれません。

「く、ろこ……っち、可愛すぎ……!」
「黄瀬君、どうしたんですか」
「可愛すぎて鼻血でそう……」
「……それは嬉しくない褒め言葉をありがとうございます」

海常の寮は数年前に建て直しがされたばかりだと言う。一年生だと言うのに一人部屋なのは、大多数の生徒は自宅から通っているからと前に聞いた。スポーツ推薦での入学者は自動的に部屋が割り当てられるとか。便利なシステムです。

「入って入って、ちょっと散らかってるけど」
「お邪魔します」

久しぶりに足を踏み入れた黄瀬君の部屋は、やっぱり金曜日ということもあって少し散らかっていた。そこかしこに放り出してある洗濯物を隠す彼を尻目にベッドに腰掛ける。ぎし、と鳴ったそれに彼が固まるのが分かった。
……何想像したのか丸分かりですよ、君。

「何飲む? さすがにバニラシェイクはないっスけど」
「ええと、それじゃあ何か温かいものを」
「了解っス。ココアいれるね」

そう言って小さな鍋を取り出して牛乳を温め始める。その隣では500mlのパックがちょこんと鎮座しているのが見える。彼自身はあまり牛乳を飲まないし、ココアも飲まない。
ああ見えて甘いものが苦手なのだ。プロフィールとして公開していないから、プレゼントに甘いお菓子が多いことも知っている。それを渋い顔をしながら食べる彼の顔を眺めているのが楽しいのだ。

(ボク以外はあんな顔の黄瀬君、知らなくていいことですし)

ぎゅ、と枕元に置かれている青いクッションを抱きしめる。これはボクが彼にあげたものだ。パウダービーズのクッションは腕の中で簡単に形を変える。顔を埋めると黄瀬君の匂いがした。
あ、まずいです。このクッション欲しいかもしれません。
部屋で一人でスるときに便利かもなぁ、なんて考えてることをきっと彼は知らない。最近は新しい写真集も出さないし、オカズに困っていたところなんです。
……貰って帰ったらばれますよね、やっぱり。

「お待たせ。ミルクたっぷりで作ったっスよー」
「ありがとうございます」

両手でカップを受け取る。熱いのでセーター越しに包み込み、ふうふうと息を吹きかけた。
計算でも打算でもないです。ボクは猫舌なんです。
ちびちびと飲んでいると、黄瀬君がじっとこちらを見てくる。ボクはマグカップを持ったまま、ずりずりと少し黄瀬君に近づいた。彼を背もたれ代わりにして寄りかかり、もう一度ココアを飲む。ほっこりとした甘さに顔が緩み、こてんと頭を預けた。

「……黒子っち、拷問? これ拷問っスか?」
「あ、ココアが零れるので動かないでください」
「ひどいっスよー……オレの気持ち知ってるでしょ?」
「こら、駄目ですってば」

言うことを聞かずにボクの身体に腕を回してくる駄犬の手をぺちりと叩く。すぐに引っ込めたものの、じっとこちらを見ている視線は咎める色を含んでいた。

「やだ。黒子っちがオレの腕の中にいるのにぎゅーってできないのとか無理」
「君の腕の中にいるんじゃありません。君に寄りかかってるだけです」
「寄りかかるならあっちのベッドでいいじゃないっスかぁ」

何でオレなんスか、黒子っちのけち。

放っておけばべそべそと泣き出しそうな黄瀬君に溜め息を一つ。仕方がないでしょう、今日は君への仕返し、他の女の子とべたべたしてた駄犬への躾なんです。

「ベッドは駄目です。万一シーツに零してしまったら申し訳ありません」
「オレならいいって言うの。黒子っちは」
「黄瀬君は洗えばいいじゃないですか」
「犬みたいな言い方やめてってば」

つんと顔を逸らしてしまった黄瀬君に目を瞬く。
おや、どうやら本格的に機嫌を損ねてしまったようです。
仕方なくマグカップをテーブルに置き、同じくテーブルに上にあったチョコレートをつまんだ。勿論これもボク専用です。前回来たときより減っていたらお仕置き続行ですからね。
ぺりぺりと包み紙を剥がして指先でつまむ。暫くそうしていると、体温で溶けたチョコレートが指先にまとわりついた。
塊の部分を口に放り、指先は黄瀬君の前にひらりと振る。

「……綺麗にしてくれますか? そうしたらご褒美をあげます」
「……わん」
「………よし」

たっぷり焦らした後に許可の一言を下ろせば、黄瀬君はぺろりと舌を這わせてきた。ぞくぞくとした快感が背中を駆け上がり、指を舐められているだけなのに呼吸が浅くなる。

「甘いもの、嫌いじゃないんですか?」
「甘いのはキライだけど、黒子っちはダイスキ」

すっかり綺麗になった指先にひやりとした空気が触れる。敏感な指の間まで舐められて恥ずかしい声が漏れた。
黄瀬君からのこの一言を貰うために毎度同じ台詞を吐くボクも十分にどうかしている。

それでも、あの女の子たちより優位に立っていたいんです。

嫉妬なんて見苦しいのは分かっている。そんなぐちゃぐちゃした感情なんて一つも持っていたくないのに。
だからこれはボクをこんなにしてしまった君へのお仕置きなんですよ。

分かってますね? 黄瀬君。

20121211
[*前] | [次#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -