道徳の時間


「くーろこっち」

―――あ、まずい。

黒子は教室の入り口でひらひらと手を振っている黄瀬を見て、背中につうっと冷や汗が流れるのを感じた。

     ◆

誰もいない視聴覚室に濡れた音が響いていた。防音設備も兼ね揃えているその教室は、ビデオ授業の際によく使われる。それこそ道徳の時間などに、だ。

「う、うぁ……っ」
「あーあ、駄目じゃん黒子っち」
「……うっ」

ぺちりと乾いた音が響いた。続いてじんわりと広がる痛みは、叩かれたのだと理解するまでに時間は掛からなかった。

「はは、黒子っち今締めてきたっスね。叩かれるの気持ちいい?」
「ち、ちが……っ! あ、う……っ」
「でも黒子っちが悪いんスよ、こんなにゆるゆるになってるから」
「はっ…ぁ、…う……んっ」

授業中に見た道徳のビデオが思い出される。あの重い暗幕を引いてクラス全員で見たビデオは何と言っていただろう。
ぺちぺちと黒子の尻を軽く叩いていた黄瀬は、ほんのりと赤くなったそこからようやく手を離した。黒子がほっと息を吐いたのも束の間、今度は両手で細い腰を固定して前後に大きく揺さぶる。ぐちゃりという音と腰骨がぶつかる音が広い部屋によく響いた。
黒子の身体をその辺にあった机の上にうつぶせに倒し、腰だけを突き出した格好にさせられたのは十数分前だ。そこから服を脱がされ、黄瀬がカバンに入れていたローションをぶちまけられて今に至る。すぐに三本の指を受け入れた黒子の後孔を鼻で笑って、黄瀬は避妊具をつけた自身を捻じ込んだ。黒子が左右に頭を振ってもぱさりと乾いた音しかしない。すぐに腰を動かしてきた黄瀬にほろりと零れた涙は、彼に見られる前にセーターに吸い込まれた。

「あ、いいっスよ、それ。締めてくんのたまんねーっス」
「……っく、ぅ……」
「ん、一回出すよ……は、はぁ……あ…っ」
「ひぅ、う…ぁ、や……っ」
「…あ、あ……くっ……!」
「………っ!」

びくんと腹の中で跳ねた異物にまた新しい涙を流す。抜かれたそれに小さく腰を震わせ、黒子は膝を崩した。くったりとしてしまった黒子とは正反対に、黄瀬はだらりと垂れ下がった避妊具の口を慣れた様子で結ぶ。ローションと同様、カバンの中に入れていたコンビニのビニール袋に無造作に放り込み、ポケットティッシュを黒子に投げてよこした。

「それ、使っていいっスよ。ゴミはこん中に入れといて」

ぽすりとカーペットに落ちた袋が中の重みで小さく歪む。その隣に転がったポケットティッシュに手を伸ばし、力の入らない指でパッケージを破った。裏を見れば、けばけばしい色合いの広告が目に入る。熱くなった目尻を誤魔化すように、もらったティッシュで強く拭った。街中で無料で配られているティッシュは品質もそれなりで、がさがさとした手触りにまた悲しくなる。
黄瀬とのこの関係は、以前部室で襲われたことに起因している。あれからことあるごとに、黄瀬は黒子を性欲の捌け口に使っていた。

『男同士って一回ヤったらハマるって、マジなんだね』

黒子の教室まで甲斐甲斐しく迎えに来る様子は、クラスの女子の間では名物になっている。傍から見れば仲のいい部活仲間といったところだろう。しかし実際につれてかれるのは部室ばかりとは限らない。
ねぇ、と耳元で囁かれて人気のない階段の上に導かれる。鍵の掛かった屋上に通じるドアは、あからさまな鎖と南京錠で施錠されている。しかも南京錠の鍵は差さったまま錆びて折れたらしく、鍵穴の形すら判別できなくなっていると確認したのは青峰とだったか。
時折自分の手に触れる鎖をちらりと見て、ふわふわと揺れている黄瀬の髪の毛を見つめた。
自分を後ろ手に縛っているのは黄瀬のネクタイだ。暑いからと三つ目までボタンを外した黄瀬は、うっすらと汗を掻いて荒い息を吐いていた。黒子の視線に目を上げた彼は、小さく笑って腰を強く押し付けてくる。う、と漏れた声に、満足そうに腰を回した。

『何考えてるんスか』
『あ、あ、あ……やっ……』
『片足じゃきついっスか? でももう少しだから』

よいしょ、と続けて黒子の足を抱えなおした黄瀬は、更に奥まで突き入れられるように左右に広げる。背後のドアは上部が擦りガラスになっていて、まだ明るい日の光が差し込んでいた。そこから差し込む光が黄瀬の髪に反射してキラキラと輝いている。こんな関係でなければ綺麗だと思うそれに、こんな関係だからこそ抱く憎しみを込めてぎゅっと締め付けた。一瞬息を呑んだ黄瀬は、じろりと黒子を睨んで足首に手を滑らす。

『お返し、っス……よ!』
『あ、やぁっ! き、せく……!』
『やぁっとオレの名前呼んだっスね。てゆーか黒子っち、身体少し柔らかくなったんじゃないスか?』

揶揄を含んだ言葉にかぁっと顔が熱くなる。黒子の反応に気をよくした彼は足首を掴んで目いっぱいに開かせた腿の内側に指を這わせた。黒子自身から零れた先走りを指で伸ばし、ぬるぬると広げる。

『あ、あ……んっ、ふ、ぅ……』
『そんなに強く噛んだら切れちゃうよ? あ、そうだ』
『……っ? う、ああ…っ、それ、だめで、す……っ』
『いーからいーから……っ、は、きもちー……』

ぐちゅぐちゅと高速でピストンされ、黒子は瞼の裏で明滅する光に喉を逸らす。目の前に晒された白い喉に噛み付いた瞬間、ふるりと震えた先から白濁が飛び散った。同時にずるりと体内から出て行った熱にその場に座り込む。まだ硬度の保ったままのそれが目の前で扱かれ、びくりと肩を震わせた黒子に綺麗に笑ってみせた。

『黒子っち、あーんして?』
『や、いや……です……』
『はい、あーん』
『あ、ぐ……っ』

舌を指で掴まれ、引っ張られる。胃液が這い上がってくる感覚がして、目尻に涙が浮かぶ。無理やり開かされた口に、残酷にも黄瀬は白濁を注ぎ込んだ。独特の青臭さと嫌悪感に思わず吐き出してしまい、びしゃりと床に広がった胃液交じりの精液に黄瀬が眉を顰めた。

『うわ、やっぱAVみたいには行かないか』
『う、ぐ……げほっ……』
『ごめんね黒子っち、まだ飲むのは早かったっスよね』
『黄瀬く……もう、』
『―――でもさ、次は飲んでね?』

黒子の言葉にかぶせるように告げられた言葉に目の前が真っ暗になる。金色の光が黄瀬の髪から零れ落ちて、暗い中に融けていく。頬を伝った涙は誰に拭われることもなく、床の吐瀉物に落ちた。

     ◆

「終わったっスか?」
「………」
「じゃあほら、黒子っち。あーん、スよ」

椅子に座った黄瀬の足の間に、のろのろと腰を下ろす。ちらりと見上げた先には、それこそ女子が見たら黄色い声を上げて騒ぎそうな綺麗な顔がある。この前飾った雑誌の表紙でもこんな顔をしてたなぁとぼんやり考えて、目の前の現実から逃げようとする。
しかし黒子の髪を撫でていた黄瀬は、耳の後ろを通った指で黒子の顎を掴んだ。痛みすら感じる強さに眉間に皺が寄る。すぐに解放されたが、小さな痛みを残している顎を手でさすった。

「痛かった? ごめんね」

欠片もそう思っていない声で謝られ、ふるりと首を振る。そう?と呟いた黄瀬は触れていた手を引っ込めた。黒子はまだ倦怠感を残す身体を叱咤し、黄瀬の制服に手を伸ばす。ズボンのジッパーを下ろし、下着に手をかけたところでもう一度頭に手が載った。

「いい子いい子」
「……やめてください」
「えー。いいじゃないっスか」
「噛みますよ」
「はいはーいっと」

ひょいと肩を竦めた黄瀬を一度睨み、下着から取り出したそれを口に含む。丹念に鈴口を唾液で濡らしてから口に含む。何度も繰り返されるうちに覚えてしまった手順に胸が軋んだ。
入りきらない部分には手を添え、自分の唾液を絡ませて軽く握る。次第に浮き出てきた血管に舌を這わせれば、小さく漏れた声が耳に届いた。

「黒子っち、すご……っ」
「ん、む……は、ぁ…」
「そんなんされたら持たないっス」

(……そんなことないくせに)

勃っているとはいえ、まだ余裕のある姿に心の中で溜め息を吐く。あまり好きではないが、これをやらないと帰れないのは百も承知だ。口を開けて全部を含むと喉の奥が苦しい。生理的な涙が滲んで悔しいが、我慢してちろりと舌を這わせた。

「あ、それ……っ、だめ、っスよ……」

でもこれがいいんでしょう? そういう代わりに黄瀬を見上げると、目尻に溜まった涙を拭ってくれた。彼がこの瞬間にだけ見せる優しさにきゅうと鳴った胸には気付かない振りをして、黒子は喉の奥を震わせた。細かな振動にびくりと震えた黄瀬は、途端に先走りを零すほど自身を屹立させている。そのことに満足し、軽く歯を立ててやる。

「うぁ、……く、ろこ……っち…!」
「んんっ、ん……! ん……く、は、はぁ……」
「あーもー……だから駄目だって言ったのに」

予想以上に早く果ててしまったことに不満げな声を漏らす黄瀬を無視して口元をティッシュで拭う。ぴりっとした痛みにティッシュを見ると、乾燥していたからか唇が裂けてしまっていた。
じわりとティッシュに滲む赤と白の名残を無表情に見つめ、黒子は先ほど黄瀬から渡されたゴミ袋にティッシュを投げ入れた。
慣らされている自覚はある。だがそれと同じくらい、黄瀬も黒子に慣らされていることに気付いてはいない。

(あの、駄犬が)

すっと目を細めてゴミ袋を一瞥し、黒子は制服のネクタイを締めなおした。

20121108 そろそろ健全なの書きたい。
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