黄瀬君、それは脅迫です


自分だって思春期の男子高校生だ。毎度この時間になるとどこからともなく沸き起こる恥ずかしさを納得させるために一つ頷き、黒子は深く息を吐いた。
自室のベッドの上、ティッシュ箱、薄暗い部屋。
もう一度息を吐き出してそろりと指を伸ばす。既にくつろげたそこに指を潜り込ませ、先にあるものに触れる。恥ずかしさとその先にある快感と、どちらが上回るかは時間の問題だった。

「……う、」

きゅっと握りこみ、全体を手で包む。まだ萎えている自身をやんわりと揉んでいると、ゆるりとした刺激が広がっていった。次第に先端から透明な液体が滲んできてくちゅりと濡れた音がした。だんだんと硬度を増したそれが存在を主張するのと同時に、黒子の行為も激しくなっていく。

「あ、あ……っ」

次第に荒くなる呼吸。思わず漏れてしまう声。親指と人差し指で円を作り、それを強く上下させる。ぐちゅぐちゅと大きくなる水音に、脳裏に描いた人物の姿が重なって自分の手じゃないような錯覚に陥る。
あの大きな手で包まれて、いいようにされて。空いている手を胸元に持っていきシャツを剥がした。汗で張り付いている感覚が気持ち悪い。肩まで脱いだところで諦め、胸に手を這わせる。

「ふ……っ、ん、んん……!」

ピンと尖っている乳首に触れるとピリッとした刺激が走った。その刺激がダイレクトに腰に伝わり、高まる射精感にぶるりと震える。手を止めて快感の波が過ぎるまでを待ち、ゆっくりと手を動かした。

「あ、あ…は……っ、……」

涙が浮かんだ目で見た先には、一冊の雑誌があった。見慣れた顔の彼の、見慣れない顔。写真集と銘打たれたそれは全ページ彼の写真で埋まっていた。

「き、せく……黄瀬君……っ」

開いたページの彼はバスケをしているときとは全く違う表情だった。濡れたシャツを着て、視線はカメラから外されている。ボタンを殆ど外した黄瀬の髪からは水が滴っていた。

「……んっ!」

ぴしゃりと濡れた音がした。全身を襲う気だるさに逆らってティッシュに手を伸ばす。べたべたした液体を拭き取り、そのままゴミ箱に放った。
これが最近の黒子の日課となっている。
黄瀬の顔を見て、黄瀬に触れられていることを想像して、黄瀬の名前を言いながら射精する。
本人には絶対にいえない秘密は、いけないことをしていると分かっているのに止められない。自慰行為は人並みに何度かしているが、そのどれもに黄瀬の姿を想像していることに仄暗い背徳感が宿る。

「……黄瀬君……」

黒子は写真集を閉じ、タオルケットに潜り込んだ。

     ◆

「くーろこっち!」

背後からぎゅっと抱きつかれて体勢を崩す。足に力を入れて何とかふみとどまり、じろりと黄瀬を睨んだ。

「黄瀬君、重いです」
「黒子っちが軽すぎるんスよー。ちゃんと食べてるんスか?」

さわさわと黒子の腹を撫でる黄瀬の手を強くつねる。痛え!と叫びながら手を離した黄瀬は、もう片方の手で手の甲をさすった。
ここは誠凛高校の校門だ。いつものごとく海常から誠凛に来た黄瀬は、練習を終えた黒子にわんわんと懐いている。それを軽くあしらって黒子は肩から落ちかけたカバンを掛けなおした。

「それで、今日はどうして来たんですか」
「黒子っちに会いたかったからっス! それ以外に理由って必要?」

こてんと首を傾げるのはずるい。モデルの才能と自分の欲目にうっと息を呑むと、黒子は悟られないように踵を返した。いつもどおりの黒子の対応に黄瀬も文句を言いながら足元においていたカバンを持ち上げた。数歩分の距離をとって歩くのはいつものことだ。後ろから『黒子っち黒子っちー』と大きな声で連呼されて、仕方なく足を止める。

「何ですか、黄瀬君」
「黒子っちに質問あるんスよ」
「はい、どうぞ」

立ち止まった黒子に向かい合う形で黄瀬が立ち、じっと真剣な顔で見つめられる。普段へらりと表情を崩しているイメージが強いから真剣な話なのかと姿勢を正した。黄瀬はそんな黒子を見つめ、自分を落ち着けるために一つ息を吐いた。

「黒子っちは桃っちと付き合ってる訳じゃないんスよね」
「付き合っていませんよ」
「……誠凛の……クラスメートとかはどうスか」
「どう、といわれても……彼女はいませんが」

黄瀬の質問の意味が分からず、今度は黒子が首を傾げる。そもそも普通の生徒よりも目立たない自分に彼女がいるなどとどうして思えるのだろう。
それをそのまま告げても黄瀬の表情は晴れず、逡巡してから次の言葉を継いだ。

「え、と……その、火神っちとかは」
「火神君ですか? 詳しくは知りませんが彼女はいないと思いますよ」
「じゃなくて! オレが今してるのは黒子っちの話!」

先に火神の話題を出したのはそちらじゃないか。何だか理不尽な物言いと意味不明さに黒子の眉間に皺が寄る。その表情に焦った黄瀬はあわあわと両手を動かして違う、といった。

「だから! か、火神っちと付き合ってるんスか!?」
「何を言ってるんですか。付き合っていませんよ」

男同士で、というところを否定しなかったのは自分の中にもやましい気持ちがあるからだ。今更自分が可愛いとは言わないが、言葉にするのは躊躇われた。黒子の返事に何故か安心したように表情を崩すと、黄瀬はぐっと拳を握り締めて表情を引き締める。

「か、彼氏は募集中じゃないんスか!」
「……は?」
「もし募集中だったら優良物件紹介するっス!」
「ええと、黄瀬君?」
「見た目よし、性格たぶんよし、バスケの相手もできるっス!」
「あ、あの」
「だから! オレと付き合ってください!」

一気にそこまで言い切ってがばりと頭を下げる。黄瀬を止めようとした手は中途半端に浮き、黒子は言葉を失っていた。幸い人通りが途絶えた瞬間だったので問題はないが、黄瀬はまだ頭を下げたままだ。
黒子は眉尻を下げ困った表情を浮かべていたが、とりあえず目の前の黄瀬の頭に手を乗せる。

「黄瀬君、顔を上げてください」
「……OKの返事貰えたら上げるっス」
「それ、脅迫ですよ」

仕方なくしゃがみこみ、下から黄瀬の顔を見上げる。黒子の行動に驚いた黄瀬は反射的に身体を起こした。それを見てから黒子も立ち上がり、黄瀬の手を握った。

「……黒子っち?」
「何ですか」
「あの、そーゆーことされると期待するって言うか」
「……期待していいですよ」
「……マジで?」
「冗談は嫌いです」

ぷいと顔を背けると後ろから強く抱き締められた。握った手はそのまま、黒子の身体を持ち上げる勢いでぎゅうぎゅうと抱き締める。黒子は言わなかったが、耳元で聞こえた掠れた声にじんわりと涙が滲んだ。

「……良かった」
「黄瀬君、離して下さい。人に見られたらどうするんですか」
「あ、ご、ごめん! えっと、家まで送るっスよ」

ぱっと黒子の身体を解放し、黄瀬は黒子の分のカバンも持ち上げた。引き取ろうとする黒子を促して家に向かう。その後の会話は正直よく覚えていない。ふわふわとした足取りに対してぎゅっと握られた手のひらが熱い。暫くすると徒歩20分で着く自宅はもう目の前だった。家の前で、するりと手の中から抜けていく熱が恋しい。

「……着いちゃったっスね」
「……はい」
「じゃあまたメールするから」
「……はい」
「あの、黒子っち?」
「……はい?」
「袖、放して?」

オレは嬉しいんスけど、これじゃ帰れないから。
そう言われて黄瀬の制服を握っていた手をバッと放す。かぁっと顔を赤らめてどう言い訳しようか悩んでいると、ふっと自分の上に影が落ちた。ふに、と唇に触れた熱に全てをさらわれ、呼吸を忘れる。ぐいっと引き寄せられた腰のせいで爪先が地面を蹴った。

「んんっ……んむ…、」
「はぁ……黒子っち、鼻。息ちゃんとして」
「は、黄瀬、く……んっ」

ぬるりと入り込んだ舌に翻弄され、目尻から涙が零れる。こんな状態で息をちゃんとしろなどと無茶を言う。苦しさの中で黄瀬への怒りが沸いてきて舌を噛む。

「いっつ……ちょっと、黒子っちヒドイっスよー」
「はぁ…は……ひどいのはどっちですか。いきなり……っ」
「黒子っちが可愛いのがいけないんスよ」
「そんなの知りま……っ、ちょっと、黄瀬君」
「何スかー?」

ぎゅっと黒子を抱き締めてくる黄瀬は全然反省などしていないらしい。それどころかぐりぐりと押し付けてくる腰はあからさまな存在を主張していた。告白してきたときの殊勝な態度はどこに置いてきたのか。黄瀬はじっと熱っぽい目で黒子を見つめた後に、耳に唇を寄せてきた。

「……ね、黒子っちの家、誰かいる?」
「……か、母さんが……」
「嘘っスね。オレ誠凛に行く前におばさんのパート先行ってきたもん」

にやりと笑った黄瀬にぐらりと視界が揺れる。しかし黄瀬の話はまだ終わらなかった。

「だからオレ、黒子っちとご飯いっていいか聞いたんスよ。そしたらおばさんも友達と会うって。今日は遅くなるって言ってたっスよ」

おじさん、出張中だってね。
ぺろりと耳を舐めた黄瀬を殴りたかったが、力の抜けてしまった身体では縋りつくしかできなかった。

     ◆

ぎしりとベッドが軋む。部屋の鍵は閉めてきた。ベッドの横に置いてある時計を見ると、時刻はまだ19時を回ったところだ。親が帰ってくる気配はない。黄瀬の手が制服のファスナーに伸び、ゆっくりと下ろしていく。エレメントが二つに分かれていく音が一つ一つ響き、わざとゆっくりやっている黄瀬を睨む。

「そんな顔しても駄目だってば。可愛いだけっスよ」

ジッとスライダーを移動させて学ランを脱がせた。皺にならないようにハンガーにかける黄瀬を見て苛立ちが募る。手近にあったクッションを投げつけ、後ろからぐいぐいと押さえつけた。だがすぐに手を取られて反転させられると、目の前に黄瀬の顔が迫る。再び唇を塞がれ、髪に絡んできた手にきゅっと目を閉じた。

「そうそう、ちゃんと鼻で息してね……って、あれ?」

ふと気付いたように顔を上げた黄瀬の視線を追う。その先にあるものに黒子はさあっと血の気が引く音がした。黄瀬が見ているのは、同じ顔が表紙を飾っている写真集だ。先ほどクッションで叩いた際に隠し場所からずれてしまっていたらしい。それを取り上げた黄瀬は、あごに手を当てて何事かを考えている。

「えっと、それは、その」
「黒子っち、買ってくれたんスか?」
「……は、はい」
「素直に嬉しいっス! ……あれ?」

ぱらぱらとめくっていた黄瀬の手が止まる。恐る恐る視線を上げると、普段黒子が『お世話になっている』ページを開いていた。

「……何かこのページだけ、開き癖ついてるみたいっスけど」
「………っ」
「でも何でこの写真で……ねぇ? 黒子っち?」

意味深に問いかけられた言葉の意味はもう分かっているはずだ。それなのに黒子に答えを求めるのは黄瀬の悪い癖だと思う。本当は全部分かっているのに。黒子は赤くなった顔を持て余してそろりと視線を上げた。目の前には、艶かしい表情で濡れている黄瀬と意地悪な笑みを浮かべている彼だ。

「この写真で、シた?」
「何を、ですか……」
「やだなあ、言わなきゃ分かんないんスか? ……オナニー、した?」
「……っ!!」

直截的な物言いにこれ以上ないくらい顔が熱くなる。何も言わない黒子ににんまりと笑い、黄瀬は彼のベルトに手をかけた。

「ちょ、黄瀬く……!」
「恥ずかしがることないっスよ、オレも黒子っちで抜いてるから」
「そういう問題じゃ……っ」

ずるりとズボンと下着を脱がされ、きゅっと握られる。さっきからの刺激にじわりと濡れていたそれに、黄瀬が小さく笑った。

「黒子っち、顔隠さないで。可愛い」
「ひ……ぅ、あ……っ、やめ……」
「やーだよ。これからもっと恥ずかしいことするんだから」

きゅきゅ、と緩急をつけて触るのはいつも自分でしているのと同じだ。それなのに身体の奥から沸き起こってくる快感は全く違う。何度も夢に見たほどに望んでいた刺激に、黒子はすぐに熱を放った。

「うわ、早……。黒子っち、慣れてない?」
「……の、……です」
「え?」
「黄瀬君のせい、です……黄瀬君が触るから……」
「あーもー! そういうの反則だってば!」

ばふっとベッドに倒れこんできた黄瀬に抱き締められる。そこでまだ彼が制服を着たままだということに気付き、対する自分の姿にまた羞恥が募る。ぐいぐいと黄瀬の身体を押し返していると、意味を理解した黄瀬が自分の制服に手をかけた。

「分かってるって。オレも脱ぐっスよ」
「……そんなこと言ってません」
「ねぇ、写真のオレ見て興奮した?」

黒子の頬に舌を這わせ、彼のもので濡れた指を下へ伸ばす。触れた先を軽くつつくと、黒子はびくりと身体を震わせた。怯えた顔でこちらを見てくる彼に、こちらは初めてなのだと確信する。
バスケの邪魔になるからと普段から爪を短くしていて良かった。黄瀬は乾いた唇を舐めて湿らせ、ゆっくりと指先を一本、彼の中に埋めていった。

「う…、黄瀬、く……」
「こっち触られるのは初めて? ……触るのは?」

無言でふるふると首を振る黒子にまた笑みが深くなる。
ああ駄目だ、ちゃんと慣らしてあげないと。
すぐにでも突っ込んでしまいそうになる自分を抑えて、ゆっくりと指を埋め込んでいく。苦しいのか、黒子は浅い呼吸を繰り返しながら小さな声を漏らしていた。指を入れたまま、優しい声で話しかける。

「黒子っち、ゆっくり息吐いて」
「あ、あ……変な、感じがします……」
「うん、ちゃんと慣らすから」

黒子の呼吸に合わせて少し指を抜くと、安心したように肩の力が抜けた。次に吸って、と告げて同時にもう一度中に指を入れる。びくりと緊張したのがダイレクトに伝わり、非難めいた視線で睨まれる。それに苦笑で返し、黄瀬は中に入れた指を曲げた。

「……ぁっ!? や……っ」
「ここ、前立腺って言うんだって。男なら誰でも感じる場所らしいっス」
「や、あ……やめ、だめ、です……! 黄瀬く……変……っ」
「半信半疑だったんだけど、マジなんスね」
「う、あ……っ! やだ、やだ……、あ、う……」
「ほーらもう三本目。聞こえる?」

わざと指をばらばらに動かして濡れた音を聞かせる。ぐちゅぐちゅと漏れ聞こえる音は、自身から流れる先走りのせいで更に大きなものになっていた。強く前立腺を押され、声にならない声を上げてびくびくと痙攣する。

「うわ、凄い。ドライってやつ? 黒子っちエロい顔してる。写メ撮っていい?」
「……殺しますよ……」
「冗談だって。オレもそろそろ我慢できねっス」

ぐっと押し付けられた熱の塊に腰が跳ねる。しかし先に腰を掴まれていて、身動きが取れなかった。しとどに濡れたそこに先端を擦り付け、くちくちと鳴る音が恥ずかしい。きゅっと目を閉じてしまった黒子に笑って、黄瀬は腰を進めてきた。指とは比べ物にならない質量で入り口を押し広げられ、はくはくと空気を求める。

「ちょ、まだ全然っスよ」
「あ、う……はっ、苦しい、です……っ」
「オレも。でも、我慢して?」

体を倒してきた黄瀬は黒子の前髪をかき上げて額にキスを落とした。それだけでほだされるのもどうかしているが、身体の中にくすぶった熱をどうにかしたいのも本当だ。黄瀬に言われたとおり何度も深呼吸をして、ゆっくりと力を抜いていった。

「うん、そう。いい子」
「う、うう……はぁ……っ」
「じゃ、動くっスね」
「あ、ああ…っ、き、きせく……きせくん……っ」
「は……やべ、オレもあんまもたなそう……」

きせくん、きせくんと舌っ足らずな声で名前を呼んで、絡めた手を強く握り締めて。汗で滑る背中にも手を回して爪を立てた。あまり伸ばしてはいなかったが、肌に引っかかる感覚と黄瀬が眉を顰めたことで傷をつけたのだと分かる。

「いいっスよ、そのまま……っ」
「……あ……っ、だめ、です……! きせく……!」

暴かれたばかりの前立腺をがつがつと突き、黒子を絶頂へと追い上げる。空いた片手も自身に絡められてしまえば、二重の刺激に耐えられる術はなかった。ぎゅうっと黄瀬に抱きつき、彼の肌に白濁を散らした瞬間、じんわりと腹の中で広がる熱を感じた。

「……っく……はぁ…ごめん、黒子っち。……出しちゃった」
「は…はぁ……。んっ、変な感じがします……」
「ごめん、オレ抑え利かなくて」
「……そう思うなら早く抜いてくれませんか」
「んー? ……んー……」

ぬちゃりと音がするのは黒子の中からだ。体内から響く音が気持ち悪いのに、黄瀬はまだ黒子の中に収めたまま余韻を楽しむようにゆるゆると腰を動かしている。むかついてぎゅっと前髪を握り締めると、中に入っているものもびくりと動いた。予想外の刺激が前立腺をかすり、黒子の口から甘い声が漏れる。

「……黒子っちもまだいけそうじゃないっスか」
「ちが、これは黄瀬君が……!」
「そうと決まればもうワンラウンドっス!」

またもベッドに押し倒され、愛撫から再開する黄瀬に溜め息を漏らす。まだ時計の針は家人の帰宅を告げていない。この大型犬にどう躾をしてやろうかと考え、黒子は中に入っている彼を仕置きの替わりにぎゅっと締め付けた。それから獰猛な目をした大型犬に噛まれたのはまた別の話。

20120909
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