君に俺に、俺には君に | ナノ

朝練の時間にはまだ早すぎる時間帯で、誰も部室には居ない筈なのに、部室には灯りが付いていた。

どうしたものかと思いながら部室のドアに手を掛ける。あーあ、一人になりたかったのに何でこんな時間に人が居るんや、と悪態を吐きながら開ける。

「け…謙也さん?」

こんな時間に居るのは、白石部長くらいかと思ったらあろうことか、財前が気になっていた一つ上の先輩、忍足謙也だった。
それでも、財前は妙な違和感がした。普段の彼ならば、何、しとんすか邪魔やで、アホ。と一蹴するのだが悲しそうな表情をしている人を貶す趣味はあいにく持ち合わせていなかったので財前は、

「何かあったんですか」

素っ気ない声とも捉えられるかも知れないが、自分なりに精一杯の心配している感情を出した。

「光!来るの早いんやなー、まだ朝練にまでは二時間も余裕あるで、怖い夢でも見て寝れへんかったんか?」

財前は、謙也にいつもいつも構われていたというか甘やかされていた。生意気な態度で先輩に相手をしても、一人になることは少ないのは、謙也のお陰であり、甘いものが食べたいと思えば、部活中のおやつを与えてくれる、放課後に善哉が食べたいと言えば、買うたるわと自慢な足で買うてくれるくらい甘やかされていた。
そんなにして貰う意味はよくわからないのだが、自分には満足感しか残らないことを感じているので、これで良いとさえ思い十分に甘えていたこと。
そんな謙也が財前に気付かないで何かを考えているなんてきっとあの人の人生において大切なことなんだなと頭の中で財前は憶測をたてていた。

「怖い夢なんて、見てへん。目が覚めただけっすわ…謙也さんかて早いじゃないすか、怖い夢でも見たんじゃないんですか」

こんなに人を気にするのは財前の人生の中でも最初で最後なのではないかと思うほど財前は謙也を気遣っていたし心配もしていた。
謙也も財前の優しさに驚き口をポカーンと開けていたが、間抜けな顔をしている自分に気付いたのか口をぴしっと閉めた。

「んー、怖い夢やな。光が俺の前から消えてしまうんや、さようなら謙也さんって。実際、ただの先輩と後輩なんやしありえへんことではないかもしれん…けど光は傍に居ってくれる気がするねん、」

この人は今、何を言ったのか聞きたかった。俺の傍に居るって言っても、恋人同士でもなく友人でもないはずの自分なんかがあんたの中で、ダブルスのパートナーやったという曖昧さしか残らへんやろ普通なら。そんなんなんで、わかっとることを今さら言うんや。俺があんたのことを好きなの知っとるんか。あんたでヌいていることも謙也さんに抱かれることを望んでいることも。

「…なに言ってるんすか?俺が知っとるあんたは、後先考えずに自滅して涙を流しながらひかるーとか、慰めたってやあ、とヘタレで頼り無げにそんなことを言うとる謙也さんですよ。今のあんたは、後先言うても生きているかもわからへん将来のことを言ってるやないですか、だって、もしかしたら明日死ぬかもしれへんし、卒業と同時に車に引かれ人生をおじゃんにするかもしれへん…そないなことを考えていても楽しないやろ、だから前を見てて下さい。あんたの言っとるように明日も明後日も嫌でも傍に居るんですから、俺は!」

人生にこんな財前が喋ることは無いと思う。今だって久しぶりに口を動かし過ぎた反動で精神面でも疲れている。はあはあと息を荒くしている辺り、財前を怒らしたり興奮させたりするのは危険だなと思っている謙也は、ただただ純粋に笑った。これくらいで疲れを感じている財前に笑ったのではなく、自分のアホさ加減と財前の気持ちに。
自分が言えないことを軽々しくとは言えないが言って退ける相手に謙也は自分のヘタレを恨む。

「光、おおきにな!」

普段のへらへらしている笑みを見せて財前の頭を撫でるとすこし嫌そうな顔をしてから、下を俯き謙也のジャージの裾を掴む財前に謙也は抱きつきたい衝動を抑える。

「あんたのためやないっすわ、」

なんて照れくさげに言うのは、素直じゃない財前の性格から判断すると現に照れているから。口下手な彼にとってお礼を言うような人はあまり居らへんから。

「俺も、光が傍に居ってくれる気がするんや、ずっとな。だから、ほら着替え。ダブルスの練習せえへんとな」

「まあ、しゃーないっすわ」

お決まりの口文句で言う財前に、可愛ないお前が俺にとっては可愛ねんで、と言った謙也をよそにして財前は、普段よりペースを上げて着替える。そして、すぐさま赤面しているであろう顔を見られまいと部室を出て走った筈なのに謙也は財前の目の前にいた。

「浪速のスピードスターを舐めるんやないっちゅー話や!」

本気で財前が謙也に舌打ちをし、一蹴するまでに時間はかからなかった。


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