足元には、一匹の犬がいた。 謙也が見れば可愛いと何度も言いそうな小犬である。なんだかんだで小動物を見ると目を離せなくなってしまった財前にとってはそれは自分の時間を奪う敵になってしまった。それでも道端に置いてきぼりにされたということは、この犬とってみれば残酷な言い方になるが捨てられてしまったということ。財前は、独りの悲しみを誰よりも良く知っていたので、自分の家に置けないだろうかと考える。確か、母は動物は好きらしいが面倒なんぞ見る暇はないと言っていたことを思い出す。父も母に同意だなんて言っていた。そうなると自分の家に置くことは不可能だった。あーあ禁止やなと辛くも頭の中で確認してこの犬を見なかったことにしようかと考えた。
「おい、そんなとこに居ったら車に引かれるで」
そう呟いてもワンッとしか鳴かない犬に、これまたどうしてくれようかと悩み続けていた。
「何や、光どうしたん?」
見てわかるでしょうがと言いたくもなったが、口に出すのも面倒なので、犬を指差した。どうも見捨てられへんのですよと言いたげな表情で謙也に言う財前は、明らかに退屈そうだった。
「子犬やなー、捨てられて可哀想や。光は、飼えへんの?」
「飼えへんのです…謙也さん飼えませんか?」
財前にしては、控えめに聞いている。ほら、飼えと強要したいところでもあるが無理矢理渡されて曖昧に受け取ったご主人さまなんて犬だって嫌な気はするだろうなと謙也にではなく犬を配慮したであろう返答をする。
「無理やなー、スピーディーちゃんの世話しなかあかんし、犬好きじゃあらへんし。」
ああ、だからあんたは可愛い等と普段言いそうな台詞を言わなかったんやなと財前は、納得した。
まあ、もし可愛い可愛いと犬を褒め称えたのなら俺の機嫌は急降下してたんやろなと他人事のように考えていた。
「だってあれやないか…光は黒猫のような気がするねん、やから俺は猫派になったんやで?」
「あんま嬉しゅうないです、謙也さんが俺のことを大好きだと言う事と俺を人間やのうて黒猫に例えられたことしかわからへんすわ」
真っ赤な顔を隠すように子犬を見た。謙也さんは、犬に似とるなと思いながら何年ぶりかの笑顔を人に向けた。
「謙也さんは、犬に似てるっすわ…アホで人なつっこくてヘタレでたまにかっこええすわ」
さあ、謙也さんが、赤面して急に叫びだすまで、時間はかからなかった。
やっぱヘタレや、ここは抱き締めてキスくらいして欲しいんですけど…
例えば似ている/0816