『もしもし』
聞こえた低い声と小さな息遣いに、顔が見えないのは変な気分だと剣城は内心一人ごちた。
「明日神童先輩が遅れるらしい。練習メニューは今日と変わらない。影山に回してくれ」
『…あ、明日の部活』
「ああ」
『…ふうん』
誰も見えていないと知りつつ頷いた瞬間、はあと大きな溜め息が携帯越しに耳に入った。剣城は少し目を細めて、それからどうしたと返す。
文句を言われるのだと分かってはいる。
『ぶっあいそ、だなーって!』
張り上げたような声音に少し携帯を耳から遠ざける。
何でかそうやって愚痴る相手の姿が思い浮かんで、剣城は無表情で椅子の背もたれに体重をかけながら考えてみた。多分床とかに寝転がって、そのまま足だけでサッカーボールを弄りながら、目を閉じてつんと澄ましてる。ああ多分そんな感じだ。納得いったようにひとりでに頷いて、それから続き愚痴る相手の声に耳を傾けた。
『いやつうか、まあ部活の連絡網だし仕方ないけどさあ、なんつうか、メールじゃなくて電話だったからいつもと違うっていうか』
「ああ」
『なのにさあ、もうあれだよ、ほんと一息で、メールだと三行!みたいな』
「…」
『あれでも剣城くんのメールって三行メール多いな』
ぶつぶつ言い続ける相手を想像する。
「狩屋」
『、ん?』
鼻にかかったような声が、こいつ緊張してるなと少しおかしくなった。
もれた息に笑った事がばれる。
『何でいま笑った』
「…いや」
『剣城くん!』
顔も見えないのに伝わる事に少し、剣城は驚いてもいた。多分寝転んでいた体勢から起き上がって、耳に当てた携帯を睨み付ける事はできないから、その不満そうな瞳は虚空を睨みつけているはずだ。サッカーボールはどこにいったろう。
そう考えながらそっと右手を胸に当てて、こらえるように唇を噛んでみた。
なんとなく電話をかけてみて、狩屋が出る前にいっそ切ってしまおうかと考えながら固まっていた。変な事をしているなと考えながら、それでも剣城はちょっとやってみようかなんて思ったのだ。
顔の見えない相手に、声だけで何か伝わる訳も。ましてや直接会った時ですら悟られてはいないようだから、何も臆病になる事はない。
そうやって電話に出た狩屋の、少し上ずった声に、あ、これ俺も気付かれるんじゃ、と剣城は思ったのだが。
「へんな気分だ」
『はぁ?』
「…お前の声は緊張してるし」
『うぇ』
「いつもは顔を見てるし」
『ちょっと剣城くん』
「俺も恥ずかしいし」
『………』
恥ずかしいの、と聞かれて、なんで素直に答えるんだろう、と考えながらそうだと返した。気持ちが舞い上がってる。いっそ舌打ちでもしたい。次に聞こえるであろうわざとらしい狩屋の得意げな声にさてどう巻き返そうかと考えていると、携帯越しのうなる声に眉を寄せた。
『あああ……もう…』
「狩屋?」
『くっそ』
あーあーあーと意味のない声を上げ続ける携帯に少し呆れる。その向こうの奴に呆れている。その途中で小さく馬鹿と聞こえて、何だとと聞きとがめてそれを口にしようとして。
『声だけで、あの、あー、声だけだと、剣城くん、もうさあ、あのさ』
「…ああ」
切羽詰った感じに、それでも逆にこちらは落ち着いて、剣城は返す。
『なんつうかさあ、あーもう、あのね、言うけどね、俺いまからすっげえ恥ずかしい事言うけどね』
「おう」
『な、なんつうか、こ、これ、電話してると、会いたく、……会いたくなるよね』
瞬間頬を真っ赤にぐずぐずして、やっぱり虚空を睨みつけて言う狩屋の姿が思い起こされて、瞬間訪れた羞恥にいたたまれなくなった剣城はしばらく目を閉じた。
「……聞くな」
声音で告げる恋心
(120802)
ツイッターでの超なかよしさんの誕生日に捧げる感じで彼女に会いたくてたまんねえのは私である