こいつ、殺してやろうか。なんて思う事は、そりゃもう多々ある。それでもまあ、冗談ではないけど本気でもない。ご丁寧に先輩が寝転がって俺が包丁を握っていたとしても、振り下ろす寸前で俺はそのまま固まるだろう。それでも殺してやりたいと思う事がある。それは先輩が微笑んでいる時だったり、考え込んでいる時だったり、とにかく色々。そんな時にふと思う。かっと頭の先が熱くなるけど、体全体は冷えたみたいにピシリと固まって、わなわなと震えるくらいしかできない。
衝動だと思う。
いきなり、不意に。かっとして何も考えられなくなって、何かを壊してしまいたい気持ちになる。それを実際に行動に出す訳にはいかないと分かっているから、俺は何もしないけれど、熱くなった頭がじくじくと痛み続けるそれを我慢するのは、ほんの少し、つらい。

「かりや」

ああ、だから。今その時なんだから、あんた何処か行ってて下さいってば。
頭を撫でようとしてくるその手を払いのけて、首を横に振って俯く。ああ頭振っちゃったから、じくじく、ずきずき、嫌になる。ふーっと小さく低く息を吐き出して、目を閉じる。

こわしてしまいたくなるのは決まって俺の好きなものだ。
瞳子さんも俺より下のがきんちょもヒロトさんもリュウジさんも誰も彼も、雷門のチームメイトも、小さい頃に持ってた仮面ライダーのフィギュアも苺も几帳面に取ってるから見やすい俺の最高傑作の理科のノートも、何もかも、なくしてしまいたくなる。違う。いっそ消えてしまえばいいのだと思ってしまう。消えろ消えろと頭の中で何かが叫んでいて、それが一般じゃないって分かってるから、抗う事しかできない。じっと息を殺してその衝動がなくなるのを待ち続けるしか俺に術はない。大好きなものなのに。大好きなものなのにどうしてそうなるんだろう。普通は一生大事にして守っていきたいと皆が思う筈のものを、どうして俺は。一般と違う事に気付いていて、それがひどく苦しい。俺だけどうしてこうなんだって考えて、また頭が痛くなる。

霧野先輩はその中でも酷い。消えろって思うのと違って、先輩は、殺してしまいたい。
その首に手を這わせて強く押しつぶして事切れて。見開かれた目をさいごには瞼をおろしてやって、暴れて乱れた髪の毛を綺麗にしてやって、その横で笑ってから、ああどうか、俺も死にたい。
きっと好きすぎるから悪いんだ。
冷静に客観的に考えれば分かる事だ、俺は捻くれてるから、好きなものがなくなってしまうのが怖いから。それならいっそ自分の手で終わる瞬間を見届けたい。知らない所で好きなものが消えてしまうのは、怖くて仕方ないから。そうやって自分の目でそれを見てから、それからもう俺をおびやかすものはなくなる。俺にとっての怖いものなんてそれくらいで、他はもう何もない。俺の周りに俺のすきなものがないなら、傷付くものだってない。
殺してしまいたい。いっそ怒りに似ている感情に、俺は必死に、抗っている。

「狩屋ぁ」
「…るさい」

片手で額を押さえて唸る。ぐしゃぐしゃに掻き回すと目の前の女顔はうるさく騒ぎ出すから、我慢。俺がこんなに必死なんだから、あんたも空気読めよ。ばかじゃねぇの。
こんな衝動、誰にも話してないから、先輩だって知らない。
でもこの人と居る程殺して―――ああ違うか、いっそ心中か。心中してやりたくなるから、俺がこうなった時に一番遭遇してるのは、この人だ。それなのになんで毎回声かけてくるんだよ。うぜえ。唸る俺の前で、先輩が溜め息を吐く音がした。そうそう。離れてどっか行ってて下さい、俺の調子が戻ったら、鬱陶しく絡みに行きますから。

「か、り、や。…狩屋、狩屋ぁ」
「…………うるさい」
「痛いか?つらいか?大丈夫じゃない?」
「大丈夫じゃない…離れろ」

頭を撫でるのはやめてっていつも払いのけてるのに、何で手をずっと伸ばしてくるんだ。何で囲うように俺を抱きすくめてくるんだ。抱え込まれたって、治んやしない。やめろやめろ。あんたのそういうの本当にうざい。じくじくと、ずきずきと、脳みそが裂けてそこから得体の知れない液体が骨にへばりつくような、なんかよく分からない、そんな頭の痛み。空気が気持ち悪い。冬は寒くて嫌いだけど、あの冬の朝の空気を吸うのが一番落ち着く。今は冬じゃない。空気は生暖かい。気持ち悪い。
先輩のかわいらしい桃色の髪の毛が俺の頬をくすぐる。あんまりに頭が痛いから涙が浮かんでくる。

「いつお前は俺に言うのかな。何がそんなに苦しいのか」
「…言わないです……」
「一生言わないってか?」
「ん…」

吐息混じりの返事に、霧野先輩は俺の背中に回した片腕で強く引き込む。肩に頭を乗せる事になってしまって、じくじくする脳の片隅で、重くないのかなんて考える。これで終わった後肩痛いのはお前のせいだーって言われたらどうしよう。俺じゃないから、そんな事言わないんだろうか。
いつの間にか俺の髪を梳くように撫でる手は、きれいな見た目の中でようやっと分かるくらいには男っぽい手をしてる。俺より少しでかいのが気に喰わない。時々首裏をくすぐられて、肩を思わず跳ねさせると、ずきんとまた頭が疼く。酷い先輩だ。俺はあんたの為に戦っているのに、邪魔するのは、酷い。俺はあなたを殺したくなくて、一緒に死んでなんか欲しくないのに。

「つらい?」

こどもを甘やかすみたいな猫なで声なのに、それが俺に優しくしたいからなんだって思うと文句も言えない。

「治まってきました…」

本当は、かっと熱くなって5秒もじっと耐えれば、殺してしまいたくなる衝動なんて消え去ってる。後はずっと虫食むような、嫌になる倦怠感と、頭の痛み。それがいつまでも消えなくて、こんな痛みがあるからいっそ本当に殺したら楽になれんじゃね、なんて考えもしてしまう。悪循環。
先輩が俺の髪を引っ張るけどそんなの気にしてられない。ぐりぐりと頭をうずめてやって、息を殺す。

殺したくなっちゃうなら、離れればいいのに、なあ。

「狩屋、明日、クレープ買い食いしようぜ」
「……はい」
「おれチョコバナナで、お前イチゴのな。あーでもモンブランもなぁ」

殺したくなる癖に殺したくなくて、なくしたくなくて、なくなって欲しくない。
先輩。

「離さないで」






そのといきで生きていく
(120414)
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