不動さん、と言って一番に思うのは『お兄ちゃんの好きな人』という事だ。
人となりとかそういうのじゃないから失礼だなぁとは我ながら思う、けれど。それでもやっぱりこの考えは覆る事はないと思う。
だってお兄ちゃん、本当に不動さんの事好きなんだもん…。
でも。
実を言うと、私は、不動さんが苦手だった。
真帝国の一件とか、その後お兄ちゃんに(涙ながらだけど)すごい剣幕で怒鳴ったり、あとキツそうな見た目(すっごく美人なんだけど)とか、そういう事で、ちょっと敬遠していた。
同じマネージャーなのになあ。はあ、と溜め息を吐いたら、力が抜けてずっしりときた。
今は1人で洗濯物を干しに行こうと歩いてるのだ。
でも、正直、失敗したなあ。なんて。木野先輩にも手伝ってもらえば良かった。
水を吸った洗濯物って重い。
それを、階段を登って、干さなきゃいけない。
洗濯機は一階にあるから、そこから外に出て干せたら良かったんだけど、あいにくサッカーをしている少年たちはお構いなし。汚れたボールをぶち当ててくるのだ。
水を吸った洗濯物って、重い。
調子に乗って1人でやろうとした私がバカでした。とほほー、なんて頭の中で言ってみながら、視界を遮るシャツたちを抱え、歩き出した。その時。
「ちょっと音無」
え、と思って足が止まった。
だって声の主は多分。
「な、何ですか…?」
「何って」
不動さん。が、私に歩み寄りながら溜め息を吐いた。
うっ、と詰まって、私は思う。
今まで何となく避けてた分、気まずい。いや、何となくっていうのは違う。私は自分が避けてた理由くらいは分かってる。
簡単な事。
不動さんに嫉妬していた。
だって不動さんはお兄ちゃんの好きな人だから。
お兄ちゃんは不動さんを見る時、いつだって優しい顔をするのだ。
それはなかなかのお兄ちゃんっ子である私からすれば、「ずるいーっ」なんて思っちゃうもので。
「そんな重いの1人で持つなよ。ちょっと貸せ」
言った瞬間不動さんは私の腕から多めに洗濯物を奪っていた。
「わ、え、あの不動さん!」
「行くぞ」
洗濯カゴは私が持っている。
つまり不動さんは多くの湿った洗濯物を、素手で持ってるはず。
「オレが勝手にやってる事じゃん。遠慮しないでいいっての」
いつの間にかうろうろしてた視線が、その声に誘われるように不動さんの方へと向かう。
ばちり、と目が合って。
うひゃあ、なんて思ってると、不動さんの目が細まる。口元が、ちょこっと上がる。
「わ…」
「?」
か。
かわいい。
ドキッとしちゃった。
だって、不動さん、今の笑い方、すっごい可愛かったな、なんて。
キツい印象なんてどこか行っちゃうくらい。お兄ちゃんもこれ見てドキッときたのかも。
て、いうか返事しないと!
「あ、ありがとうございます…」
「別に。前見えなくて転んでみろよ。鬼道くん、絶叫するだろーし。予防だよ予防」
あ、お兄ちゃんの話題。
どきりとした私なんて構うはずもなく、不動さんは、何て事ない口調で続ける。
「オレに話しかけた時の第一声、いつも音無は今日どうだった、だぜ。あんだけ過保護だとこっちにもうつるっての」
からかうような不動さんの声音と話の内容に、思わず顔が赤くなる。
お兄ちゃんってば。せっかくの不動さんとの話なのに、毎回私の事なの?
「鬼道くんは音無の話の時はデレッデレだよ。顔面崩壊」
お兄ちゃんってば!
「もうっ」
思わず口に出すと、不動さんは思いっ切り笑った。ジト目で見上げる。っていうかそれは、不動さんの前だからっていうのもあるんじゃないだろうか(あいにくだけど私はお兄ちゃんに大事にされてるのは分かってるので、否定はしない)。
「人をからかっちゃダメなんですからね、……明王さん!」
そう言うと、不動さん、いや明王さんはキョトンとして目を見開いた。
わ、まつげ長い。
そう思ってると、明王さんはちょっと眉を寄せて、頬を染めた。
照れてる。
「かわいい」
「……どっちがからかってんだよ」
何だか嫉妬しちゃって申し訳なく思う。
そうだよね。
お兄ちゃん、不動さんの事大好きだけど、私の事も大好きでいてくれてる。
それに、明王さん、優しい。
きっと私が明王さんにあんまりよくない気持ちでいたの知っていて、関わろうとしてくれたんだ。
嫌な人だったらお兄ちゃん何でそんな人、って思うけど、そうだよ、明王さん、優しい。
今まで私が見てこなかっただけだ。
そう思うと、胸がふわふわしてくる。
うーん、明王さんがお姉ちゃんかあ。
チラッと見上げると、まだちょっと赤い頬。私の視線に気付いて、「どうした?」なんて。
…うん。
「明王お姉ちゃん」
「……は」
目をカッて開いた明王さんに思わず笑って、走り出す。
「っおい音無あんた、はっ、走んな転けるぞバカ!」
あっ、こっちも心配性かも。
(20111210)