"強くなれる"なら、なんでも良かった。
何において強くなるか、どんな手段で強くなるか。
何の為とか、そういうのは全部頭の隅に追いやって。ただ"強くなる"事だけが、オレの確かな意志としてあった。
影山さんに声をかけられて、出された話を呑んだのはその為だ。女だから、って理由で得意なサッカーで力を示せないのは分かっていた。それでもマネージャーなんて、誰かを支える仕事を了解したのは、決して馴れ合いの為じゃない。
帝国学園、というのがオレの目的だった。
ついでにそこの調子乗ってるサッカー部をオレが負かして、力を見せ付けてやるのもいいかもしれない。
そう思って頷いた時、影山さんのあの笑み。いやぁな笑みだった。その瞬間、利用されるって事は頭の中を簡単に入ってきた。すぐに気付いた。でもどうでも良かった。
利用されてもいいさ。
上に行く。"強くなる"為だ。
「…くそ」
小さく呟く。低い声が出た。
それがどうして、オレはあんなぬるま湯に浸かっていたんだろう。
「くそやろう」
生ぬりい。
どうしてオレはふやけてた。
気持ち悪い。
膝を着いて壁に凭れる。ゴウンゴウン、潜水艦の内臓されてる機械か何かか、動いてる音。でも熱は伝わっていなくて、ひんやり冷たい。
頬をすり寄せる。
目を閉じた。
どろどろに溶けてしまいたい。
頭がうまく働かない。とにかくもう寝た方がいいんだろう。分かっているけれど、動こうと思えない。
こんな場所で寝るのは御免だったから、眉を寄せて、閉じていた目を開ける。
薄暗い。
ハッ。息を吐いて笑う。オレにお似合いじゃねぇか。
強くなれれば、いいだろ。
なのにどうしてアイツの顔が、ちらつくんだ。
「………くそ」
オレにお前は必死ない!
頭を振っても、離れやしない。最悪だ。何でこんなになるまで馴れ合い続けたんだろう。
いつアイツを心の隅に置くようになったんだ。
手がそろりと動いて、けれど空を切るだけだった。思わず唸る。サッカーボール。そういえば全部片付けた。苛々する。
「……きど」
う。
「…」
口に出して、後悔して、小さく口元が歪む。馬鹿だ。分かってただろオレは。
鬼道有人が気に入らなかった。
家が恵まれていて、男だからサッカーができて、影山さんが目を付けていて。まあ養子うんぬんは聞いても、結局オレにとって親ってのはどうにも考えたくない事だったから、そこは同情すらしてやんなくて。オレは鬼道有人が気に入らなかった。妬みでもあった。
オレがどうして帝国のマネージャーになれたか、アイツは知んないだろ。
なあ、お前の為の踏み台なんだよ。オレはさあ。
何度言ってやろうと思ったか。
鬼道の存在はことごとくオレのコンプレックスであったって訳だ。
それでもオレの目的は帝国卒業って訳だから、気に入らなくてもマネージャーはやり続けてた。それが影山さんの出した条件だったから。
ドリンク適度に冷やして、タオル洗ったら干して、サッカーボールたまに蹴り出して、タオル畳んで、フォーメーション見て、オレが相手に練習やった事もある。何か色々。絡んでくる男子は放り出して、女子も面倒だからあしらって。
だからか構ってきた鬼道に、オレは。
いつから笑いかけるようになった?
「……ふ」
今もオレはどーせアイツの踏み台なんだよ。佐久間も源田も巻き込んでさ。
でも強くなりたいから。
その考えって誰にでもあるだろ。
鬼道もそうだ。
強いから雷門に行って、オレたちは強くないからくすぶって、今こんな潜水艦に居るんだ。
「不動」
ぱち、と目が開いて、ああオレ寝てた、と気付く。体冷えてる。やばいな、体調崩すのは避けたい。どーせそろそろ鬼道くん……鬼道と戦うんだろうし。
「…小鳥遊ちゃん」
じと目だし。顔はかわいーのにオレより性格キツいよな。
ぼんやりと思ってたら胸倉を掴まれる。おいてめぇ首詰まるだろうが。手を払う寸前に小鳥遊ちゃんは引っ込めて、ちっと舌打ちをかましてやる。鼻で笑われる。ムカつく。
「佐久間が練習止めないのよ。あんたはまだそんな頭おかしくなってないし、止めてきてやったら」
「は」
眉を寄せて、けどもう立ち上がって歩き出す。
佐久間をおかしくしたのオレだし。罪悪感とかは感じないあたり、やっぱオレも頭おかしい。分かってても、まあ、"強く"なりたい。それで充分だ。
ただオレはまだ冷静さが残ってるから、体休める事の必要性も視野に入ってる。佐久間はそれを見えてないからな。試合出させたいから止めてやんねーと。
あーあ。
溜め息混じりに、腕を頭の上で組む。
暗い潜水艦はゴウンゴウンと鳴り続ける。頭に響く音。おかしくなりそうな、これのせいだ。
頭が回らなくなるんだ。
苛々して、沸々と暗い感情が湧き上がって。
でもオレはこれが性に合ってるんだ。
ずっとこうやって生きてくのが、オレの中の最善の選択。
ね、だからだよ。
「ばいばい」
帝国キャプテンさん。
呟いても、ゴウンゴウン、鳴り響く音に重ねられて。
瞬間、自分で何を言ったかも、思い出せなくなった。
(20111102)