「休憩入れよー!」
男子には出せない高い声が耳に入って、動かし続けていた足が止まる。
辺りを見渡せば、早くも声の主の元へと歩き出している部員が居て、何だか力が抜けて思わず息をもらした。
「不動ーボトルー」
「カゴに入ってっから自分で取れよデコ見」
「辺見だよ馬鹿!」
わいわいと騒ぎ出すベンチ周辺に脱力しながらも、俺自身、喉の潤いを求めている。わらわらと集まるそこに近付いていくと、ぱちり、と目が合う。
つり目がちな、それでも海のような綺麗な大きい目。睫毛に縁取られたその目は、ともすれば相手を睨み付けているようにも見えるのだろう。
キュッと締まった口元は小ぶりで、短めの眉は基本、強気を表すようにすっと通っている。
ふわふわとした茶髪が風に揺れていて、
「…ナニ鬼道くん」
「はっ」
気付くと目の合った相手――不動が訝しんで俺を見ていた。
「…何でもない」
平静を装い答えると、不動はぴくりと眉を上げた。怪しい、とその目が告げている。怪しいのは百も承知だ。いやしかし、見惚れていただなんて言えないだろう…!
「…まあ、いーけどよ。はい鬼道くんのボトル」
「ありがとう」
受け取ってから、そういえば不動と話していた辺見が居ないな。と見回す。
あまり考えたくない事だが、どうやら皆が俺の想いを知っているのは把握している。認めがたいが。
複雑な心境ながらに後ろを振り返ると、佐久間が辺見に絡んでいた。目が合うと奴は隻眼ながらに輝いた目でこっちを見ていて、思わずうっとなる。
何だ。何を期待してるんだ佐久間。
「あ、そーだ鬼道くん、さっきのフォーメーション練習、明日もやんの?」
「!あ、ああ。何か見ていて気になったか?」
「……。まあ、うん、オレも一回動いてみなきゃ分かんねーけど」
そうか、と頷いた。
不動からの胡散臭いものを見るような表情は未だ残っているようだが、まあ、納得はしてくれたようだ。
…というか、こいつはまだ男言葉を矯正するつもりはないのか。
「…不動」
「鬼道くんには関係ねーじゃん」
眉を寄せて名前を呼べば、不動は威嚇でもするかのような表情ではねつけてきた。まあ怯まない。出会った当初はこんな女子が居るのかとか、もし春奈がこんな風になっていたら、とか考えたが。今となっては強がりなそういう所すら好ましいと思えてしまう。
と言っても、こうやって拒絶するのだから、俺は未だ不動の心の許す中には入れていないのだ。切ない。というかお前はどれだけ警戒心が高いんだと言いたい。
「…女である事を強制したい訳じゃないんだ」
「…うん」
「ただ、俺は、…そういう女らしい言葉遣いをするお前は、……可愛いと「鬼道さーん!」………」
……。
…………………いや。
伝えたい事は伝わっているだろう。
いやだがしかし。
ばっと振り返ると佐久間がぱあっと表情を輝かせて手を振ってきた。辺見が近くに居ない。多分奴の言いたい内容は「辺見追い払いましたよ!」だ。多分そうだ。
有り難いとは思う。
が。
格好付けられるまでは黙っていて欲しかった………!!
羞恥心がぶわっと湧き出して、思わず片手で顔を覆う。
佐久間は俺を応援したいのかしたくないのか、どっちなんだ。
恥ずかしさに耐えられないまま、それでも目の前の不動が気になって指の間からチラリと伺う。
「……」
あ、照れている。
つり目ながらも大きい目がコロコロと視線をさまよわせ、口を少し引き結んでいる。頬は赤い。
「……でも。可愛いって思って欲しい奴なんかいねぇし」
フン、と鼻を鳴らしながらも、照れている姿は全力で可愛かった。
というか不動お前はどれだけ鈍いんだ。
今俺が言ったのはなかなか脈ありじゃないか?鈍い。鈍すぎる。
脱力して顔から手を放す。
「鬼道くん」
「何だ」
不動を見れば、こほん、とわざとらしく咳をしてから、にっと悪戯そうに笑う。
「これからもヨロシクね、ワタシを」
挑発的な上目遣いに、内心かなり動揺しながらも、今度こそはと全力でポーカーフェイスを保つ。
わざとらしい。女らしい言葉遣いなんて、本当はする気がない癖に。我ながらどうしてこんな素直じゃない奴に目が向くんだろう。
そう思いながらも、不動の言葉に笑みが浮かぶ。
「こちらこそ、帝国サッカー部を、宜しく」
握り拳を差し出せば、不動もまた満足げな笑みを浮かべながら、コツンと拳をぶつけてきた。
今はいいさ。
サッカーでの勝利を優先する。春奈を引き取る。その為だけに全身全霊をかける。
だが俺はなかなかの欲張りだからな。どちらかを切って捨てる事はない。お前を諦める事はないぞ。不動。
ボトルを差し出して「練習を始める」と言って、そのまま踵を返す。フィールドに入る寸前に、不動の声が辺りに響いた。
「休憩終わりー!サッカーやってこい馬鹿ども!」
その瞬間喚きだした部員の声に、ふ、と笑ってしまった。
(20111014)