雷門中学の制服を着ていない。目つきが鋭い。口数が少ない。

入学初め、雷門中サッカー部を壊滅に追いやった。


最後の一つは詳しく知らない生徒が大半だろうが、とにかく剣城は上にあげた事柄が理由で、普段の学校生活は一匹狼状態だ。
本人はそれが寧ろ心地よくあったが、周囲はそううまく踏ん切りをつけられないのだろう。ちらりちらりと遠巻きに剣城の様子を伺うその動きは、入学の頃から今まで、ずっと変わりないものだった。
また弊害もある。
各教科の提出物を、剣城は遠巻きにされるあまり提出できないのだ。手渡しで集められる事の多い提出物は、決められた教科の係りが集める。けれどその係りだって剣城を遠巻きにする一人だ。
彼らは剣城が課題をやってきていないと思っている節もある。けれど剣城は根は真面目で、また勤勉である。もしかすると他の生徒より懸命に勉学に励んでいるかもしれない。それは松風と比べただけの結果であるから、本当の所は教師以外、誰も分からないだろうが。

そういった事で、剣城はよく提出物を一人で持ち歩き職員室へ向かう事が多々ある。
面倒だと感じる事はあるが、周囲が自分を避けているのは知っている。指摘したとしても直るかは分からない。
早くも諦めて、剣城は職員室までの道を歩く事に慣れつつあった。


「…………いか。分かって………い、聞いているのか」
「…はい、聞いてます」

ふと聞こえてきた声に顔を上げる。どちらも聞き覚えのある声だった。詰め寄るような低い声は、今まさに剣城が提出物を渡さなければならない社会―――歴史の教師だ。生徒にしつこく絡む、不人気な嫌味な教師。
剣城に対してだけは接触をなるべく減らそうとしている節があるのを、剣城本人はフィフスセクターの影響が強く残っているのだと考えている。今となってはただの反逆者だと言うのに、この学校の理事長や教師たちはそれでも恐れているのだろう。

それにしても、と、剣城は小さく眉を歪めた。―――今のは、狩屋の声じゃないか?
猫を被っているような声音では、ない。けれど何か押し殺したような、聞いていて、違和感を覚えるような声音。狩屋を知っている者からすれば。

知らず知らずに、足音を立てない配慮をしている事に気付きながら、剣城は聞こえる会話の方へ向かう。
彼らの居る場所は階段の踊り場だ。ここを降りてすぐに職員室がある。
死角のない踊り場では姿が見つかる。どんな様子で会話をしているのかは気になったが、剣城は非常扉に背を預けて耳をそばだてた。ここに居て覗き見をしようとしない限り、教師または狩屋に気付かれる事はない。

何でこんな事をしているんだ俺は。押し殺した溜め息を吐きながら、剣城はそこから動こうとは思わなかった。


狩屋の声音が、気になっていた。
意識を集中させると、明瞭に声は耳に入る。

「これだからお前みたいな生徒は嫌なんだよ。なあ狩屋」
「…すみません」
「すいませんすいませんって、それ言うだけでいいと思ってるんだろ」
「……」
「おい」

強くなる教師の声に、狩屋はやはり小さな声で「すみません」と謝る。舌打ちが剣城にまで聞こえてきて、そこで口の中の肉を噛んだ。何だこれは。

「……まあお前は親に捨てられたって聞いてるしなあ。仕方ないよな、こんな人間になっても」
「………はい」

―――はい、だと?
思わず顔を動かしそうになって、けれど剣城は体を止めた。自分が、ここに出てきても、いいのか。
迷う内にも嫌味は続いている。

「しかも孤児院だってなぁ、そりゃなあ狩屋、お前がこんな奴になるのも知ってるよ」

狩屋。
剣城は小さく呟く。

「―――すみません」

小さな声が、それでもやけに色濃く剣城の耳に残った。







「どういう事だ」

苛立った声が出てしまった事に気付いたが、相手はきょとんと抜けた表情をしている。眉を思わず歪めると、狩屋は「えぇっと」と慌てたように首を傾げた。

「俺、何かしたっけ」
「………」

黙って辺りに視線をやると、こちらを心配げな表情で窺う部活のメンバーが居た。松風と目が合うと、彼は弾けたように「どうしたの剣城」と声をかけてくる。
少し沈黙してから、剣城は口を開く。「…いや」狩屋は不思議そうに見つめてきている。

「俺には、何もしていない。だが後で話がある」
「…うん」

腑に落ちない顔で頷いた狩屋を見てから、剣城はそのままロッカーに背中を預けた。既にユニフォームから着替え終わっている。普段はすぐに帰るけれど、今日は狩屋と話があるのだ。
ちらちらと周りから向けられる視線には何も語るつもりはない。剣城が今日見たそれは恐らく、誰も未だ見ていない、のだろう。
見たのだったら必ず狩屋を庇って、あんなの、止めさせたはずだ。

「あ、狩屋、剣城と帰るんだよね?また明日!」
「えっ?あーうん、ん、またね」

声に目を開いて見やると、狩屋がちょうど肩に鞄を提げていた。背中を浮かせて一瞥する。そのまま部室を去ろうとすると、後ろから小走りの足音が聞こえてきて、どう話をつけようか、と剣城は考えた。



「見た」
「何を?」

帰る方向は同じだった。校内の人気のない場所を探して話すつもりだったが、松風たちと狩屋が別々に帰るならば歩きながらでもいいだろう。そう考えた剣城の事など知らない狩屋は、何となく不安げな顔をしている。

「休み時間に、歴史の教師と話してただろう」
「………ああ」

腑に落ちた。そんな声の調子に狩屋を盗み見た。
狩屋は、笑っていた。

「―――何で言い返さなかったんだ」

睨むように問えば、狩屋は更に笑う。うっそりと、毒を持ったように。眉を寄せて。しかし剣城が目を見開いて固まれば、その瞬間には彼の笑顔は苦笑に変わっていた。ぐっと拳を握りしめ返事を待つ。

「あの先生って嫌味言うの好きだよね」
「お前ならうまく取り繕う事も出来るだろう」
「俺って暗記苦手みたいで、歴史の成績早くも悪いんだ」
「悔しくないのか」

言った瞬間、狩屋が舌を打った。

「そう言われる方が悔しいね」

ふん、と鼻を鳴らして剣城を見つめるその目はぎらついている。悔しくないのか?剣城は目を細める。狩屋の家の事はよく知らない。けれど家族に捨てられたと言い、孤児院に居ると言い、そういったデリケートであるだろう部分を思い切り蔑まれたのだ。
狩屋がわからない。静かに視線をやれば、それを受けた狩屋は戸惑ったように目を泳がせた。

「……ごめん」
「…いや」
「悔しい気持ちはまあ、あるよ。でも逆らっていい事あるかなって考えたら、何もしない方が楽でしょ」
「……」
「俺は子どもで相手は大人。決定権は大人が持ってるもの。どうしたって仕方ないものはあるし、波風立てなかったらそれだけで済む」

何て言えばいいかなあ。首を傾げる狩屋に、剣城は一度目を閉じてから、すぐに開けて早歩きになった。

「えっ剣城くんちょっと、はやっ待って!」









提出物を、そういえば出していない。
剣城はまた廊下を一人、歩いていた。耳をそばだてている。顔はいつもより更に仏頂面だったのか、すれ違う度に生徒たちがあちらこちらに目をやっていた。

「…………だって言ってるだろう……これだから…………」

低いねっとりした声が聞こえたら、今度ははっきり剣城は眉にシワを刻んだ。苛立ちは収まらない。怒っている。

ダン、と足を踊り場の広い床に叩きつけたら、振り返った狩屋の猫のように光る瞳が丸くなった。本当に猫のようだと頭の隅で思いつつ、ねめつけているのは、教師の方だ。

「剣城く、」
「先生」

狩屋の呼びかけを遮って低い声を出すと、教師が何度も瞬きを繰り返し始めた。
教師と剣城に挟まれた狩屋は、剣城を警戒するように見ながらじっとしている。昨日の今日でここまで動く事になる事は、剣城本人も思ってもなかった事だ。教師だけを、ねめつける。

「あんた」

どうしたって昨日の狩屋の顔が言葉が気になる。
何故かは分からない。そこまで自分に正義感があるかも分からない。
―――ただ、これだけは本当だ。
剣城は吐き捨てる。


「気に入らねえ」






ヒーロー、こんにちは

(1203224)
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