(久遠一家)



俺は好きなポテチを、この親子は嫌いだ。
視線の先にコソコソ話してるマイペースなそいつらを見ながら、口に放り込む。

俺ははじめ監督の方はともかく娘の方は苦手だった気がする。あんま覚えてない。だけどそうだった気がする。
笑ったり悩んだりとか表情に出る割に、時々何一つ読めないような行動に出られるのが苦手だ。俺はけっこう人の感情の動きって感じのものに敏感な方だったから、それなのに時々分からなくなるこの久遠(娘)が、たしか苦手だった。監督の方は大人と子供って関係で、あんま気にしなかったけど。とりあえず大人には従っておきゃ酷い事にはならない。

っていう苦手な感情は、生活を共にする事で木っ端微塵だった。
段々分かってくのだ。「ああこいつ何も考えてねえわ」何か虚しい。しかしあいつは確かに、何も考えてないのが多い。あとは真剣に悩んでる事がやたらどうでもいい事だったりする。例えば「今日の鬼道くんね、何だかやたらとゴーグルを気にしていたの…日焼けの跡気にしてるのかな」おかげで佐久間や源田が鬼道って言う度に俺の肩は揺れた。
久遠(父)はずっと無表情だ。いや時々笑ってる、ような、…かんじの、ちょっと口の端が上がってるかなー、多分なー、みたいな笑顔は浮かべる。でもとにかく無表情だ。そんなあいつも実はしょうもないオッサンだと知ったのも、一緒に暮らすようになってから。真剣な事を考えてるのは実は一日の四分の一くらいな気がする。例えばこっちはこうだ、「FFIで練習を禁止した事あっただろう。あの時脱走を試みた円堂たちが私を見ておろおろしていたの、実はすごく、間抜けで面白かった」ああそうですか俺慌てなくてヨカッタナー。
…そんな内面はアホの塊である久遠親子に、俺がほだされるのも時間の問題だった訳である。

ポテトチップスの袋の中がなくなったのを見てから、動くのが面倒で指をなめる。味濃い。でも今度は唾液でべたべたになって気持ち悪いから、やっぱり水で流す事にする。意味ない。立ち上がった俺に気付いた久遠(娘)が、「あっあきおくん着替えてきて!」にこにこと笑ってる。
「出かけんの?」
「ううん」
「……じゃあなんで」
「いいから!」娘に便乗して父が言う。「いいから着替えてきなさい」かっこつけて言ってるように見えて、しかし奴の今の様子は残念である。真っ白なTシャツのど真ん中に大きくプリントされている、「父」の黒い文字。ださい。限りなください親父は利便性重視なのかよく着ている。そして今の俺も残念である。「長男」ちげえよ何か。そりゃこの久遠家に住んでるやつらを一般家庭に当てはめるなら俺は長男かもしれないが。何かちげえよ。しかしこれは「たまには着なさい」と大黒柱の権力を発揮してきやがった父(笑)のせいであって俺の感性は残念ではない事を知っていて欲しい。そして購入した奴も残念だ。本人は「長女」のTシャツを寝巻きに使うのだ。

とにかく自分の部屋に追い込まれた俺は思いっきり溜め息を吐いた。

荷物なんてちっさいエナメルバッグに全部入るくらいのもんだった。
すぐ出て行くつもりだったこの家に、勝手に部屋を作られ。何かむかついたりいらいらしたりしていたのも、俺が暖かい家庭に忌避するような気持ちを持っていたせいもある。部屋を作られて、出て行こうとすると引き止められて、夜中に出て行くと探される。帰ったら泣きそうになってる。そうして今度は段々と服を買われ。コップ、歯ブラシ、タオル靴ノート、色々。意味わかんねえよふざけんなって怒鳴ったら抱きしめられる。
気にしてるつもりはこれっぽっちもなかったんだ。ただいらいらとして重苦しい倦怠感は俺の中にいつもある気はしていたけど、ふとした時に思い出すくらいで、共にあったからこそ、何も気付けなかった。何も気負っているつもりはなかった。何を考えてもそんなに面白くもなかったし、苛立ちは積もっていく。そんな中で一人で生きていく術も身につけて、きっとこの先ずっと一人でも生きていけるだろうなと思っていた。雁字搦めにされる事のない人生だと思っていた。でも多分、雁字搦めにされていたのは俺の意識だったろうなとは、今では思うけれど。その時はただ、少し鬱々として、それでいて俺はその重苦しさを好んでいた。
そんな意識を少しずつ剥がされていくのに、痛みを感じたから、俺は久遠の家が好きじゃなかった。嫌いだった。いくらFFIを経て、あの苦しさを自分から手放そうとしていたとしても、纏っていた皮をむしりとられていくような気がしていたんだと、思う。

積み重なった服の一番上のを手にとって着替えると、ぱたぱたと軽い音が廊下を歩き回る音がして、こりゃやっぱ色々企んでんなあとゲンナリした。多分しょうもない事だろうなと思ったからだ。
久遠(娘)は狙ってやつ時と狙ってないのにやってしまう時がある。前者では満足げなちょっとかわいー顔をする癖に、後者は慌てふためいたり心底申し訳なさげにしたり、何だかめんどいなという感じの対応をしてくる。面倒だから放っておくと更に沈むから、構ってやらないといけないのもめんどい。が、仕方ない。俺は丸くなったと思うのは主にここである。「あきおくんまだーっ?」声が響いたが返事をせずに歩き出す。
「あっこっち来て!ね!」
「…何やってんの?」
ベランダの窓に張り付く美少女(笑)が俺を手招きしている。何だこいつと思っていると、窓の先、洗濯物をよけながら無表情な親父が突っ立っている。何故だ。怖い。いや俺が怯える訳ねえけどな。思いながら目を眇めて見つめると、何を勘違いしたのか、久遠父娘はこくんっと頷いた。意味分からん。
「ここ、この赤い線に指を乗せて」
白い指先が示すのは窓に引かれた赤い線。の先。
「お前これ自分で拭けよ。手伝わねえからな」
「水性だから大丈夫」
「…おらこれでいいのかよ」
「あっ小指!小指をちょんって」注文が多い。あともっと早く言え。はあと溜め息を吐いてやると、それでもにこにことしてるから少し驚いた。眉を寄せて見ていたら「あきおくん。笑って笑って。お父さんの方見てね」なんて嬉しそうに言われて、一体何だよと思ってベランダの先を見る。カメラを構えている。
は?
「あきおくん」
張り付いていたそいつが離れる。俺の置いている赤い線が隠れていたのが見えてきて、つつつと視線で追っていけ、ば。

「…ばかじゃねえの」
「ばかだよ」
ふふふと笑うのに対して俺の顔はじわじわ熱くなってきてる。こんなん撮られてサッカーやってる奴らに見られてみろ。死ぬわ。からかわれて死にそうになって暴れて死ぬわ。―――そんな事を思う癖に、俺の手は、じんわり汗をかきつつ、離れない。離れない。

窓にえがかれた頼りない赤い線は、赤い線の先には、それぞれ俺とそいつの白い小指。
「ねえ、あきおくん」
「なんですかふゆかさん」
「私たち、赤い糸で、結ばれてるのよ」
「……ばかじゃねえの…」

向こうでみちやの親父が少し笑っていた。






あかいいと

(120130)(120317)
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