卒業式って言っても、中学校は思ったより時間かけないんだなあ。そんな事を思いながら廊下を歩いてる。
ぞろぞろと同じクラスの人たちの中で、天馬くんと信介くんの会話のやり取りをぼんやり聞き流しながら、2人の後ろをついていく。俺に話してる訳ではないんだけど、やっぱり普段から絡んでるからかなあ、他の人たちより耳に入るんもんだ。
小学校、っていっても色々荒れてた時期だからあんまり覚えていない。けど、「卒業式だけは出なきゃいけないわ」って瞳子さんが言うもんだから、その時だけは何度も何度も予行練習を繰り返して。何だか知らないけどブチギレたせんせーに周りの奴らがすっごい泣いて、なんだこれ6年生って面倒だな、なんて思ってた。確か。
だから中学校は楽だな、なんて拍子抜けした。もしかしたら3年生はやっぱり大変なのかもしんないし、俺が小6のあの体験で慣れたからかもしんないけど。猫背になっちゃうのも注意されなかったし、…ああ、でも、どうなんだろ。3年生だけ大変なのかもな、やっぱり。
そんな事をつらつら考えていたらいつの間にか教室に着いていて、時計を見上げると12時を少し過ぎたくらい。予行練習の後は2年生が会場の準備をして、3年生は帰ってよし、1年生も帰ってよし。だからつまりは、……つまりはあの人は残らなきゃなんなくて、残念でしたーって話。あー俺は1年でよかった、っと。
号令の後に鞄に教科書を詰めていると、先に詰めたらしい天馬くんが俺の席の前にやってきた。天馬くんっていっつも早いけど適当に入れてんのかな。そう思いながら詰め終わって肩にかけると、信介くんと空野さんもやってきて、「それじゃ、部活行こう!」なーんて。キラキラした目で大きく言うから、分かってるってえ、なんて情けない声が出てしまった。



「あ、三国先輩!」
たたって、軽い音で天馬くんが手を振りながら走る速度を上げる。もうっさあ!小走りだってしなくていいのに、全く、本当にサッカー馬鹿だよなあ。天馬くんの向こうにはにこにこして降り返してくれている三国先輩に、声に気付いて同じようにこっちを見てる天城先輩や、車田先輩。笑顔だ。これがきっと、明日には泣き顔になるんだろうなあ。俺は泣くかな。どうだろうと考えていると、後ろから足音が聞こえて振り返ると剣城くんが歩いてきていた。俺と目があったけどすぐに逸らして、先輩たちに軽く会釈をした。
「先輩たち早いですね!」
「明日の準備とかはないんですか?」
「特にはなかったな。クラスでの話とかも、明日になるだろうしさ」
「今日はその分サッカーやるんだど」
盛り上がってるなあ。ははあ、と思いながら頭をかくと、空野さんに引っ張られる。
「えっなになに!」
「2年生だからマネージャーいないの!手伝って狩屋!」
この1年で更に容赦のなくなった空野さんには辟易する。分かったよ、なんて肩をすくめてからついていく。何で俺がこんな事しなくちゃいけないのか。っていうか天馬くんとか信介くんとかも手伝えよ。心の中で愚痴っていたら、向こうの方から慌てたように走ってくる輝くんの姿。思わずぶんぶんと手を振ったら俺の方に走ってきた。よっしゃー仲間ゲット!近くに来たから逃げられないように肩に腕を回す。
「輝くんも先輩方の為に準備しような!」
「えっ?あ、はいっ」
「はいじゃあこれ持ってってー!」
「「って多っ」」
マネージャーってすげえ。いやいつも思う事ではあるけど、これはすごいよな。とりあえず俺が山のようなタオルを運ぶ。あれ、でも女子は…往復して運んでるのか。空野さんにいきなりタオルを抱えられされたんだけど、ほんっとうに、容赦なくなっちゃって。溜め息を吐きながら歩き出す。視界が塞がってちょっと不安定だけど、転ぶような事はない。視界の隅でベンチが見えてきた所で、天馬くんたちがやっと気付いたのか、「手伝うよ!」なんて言って。先輩方もわらわら来たからそれは1年みんなで慌てて止めて。だって最後くらいだもんな。




「遅れました先輩方!」
大きな声でそう言って走ってきたのは、神童キャプテンだった。後ろには他にも。「気にしてないぞ!」笑顔を浮かべた三国先輩が、持っていたサッカーボールを脇に抱えて俺たちに向かって声を上げる。
「ちょっと休憩するか!」
「話したい事だってあるしな」
車田先輩が同じように言って、そっか本当にもう今日と明日だけかぁ、なんて信介くんが気の抜けた声を出す。分かってた事だろーなんて言ってみせると、実感なかったんだもん!なんて言われて、ちょっと眉を寄せる。そんなん言われたってなあ。俺だって多分、そうだと思うんだけど。
空野さんから受け取ったタオルで汗を拭く。太陽は出ていて日向はあったかいけど、風はまだまだ冷たい。冷える前に汗を拭い取っておかなきゃ、風邪をひくかもしれないし。おざなりにしてる天馬くんをキャプテンが注意してる。それを見ていたら、俺の前には、いつものように先輩がやってくる。桃色の髪。
「…3年の先輩の所行くでしょ、普通」
「そんな焦んなくたって今日はまだ時間あるだろ」
でもあんた、明日過ぎても俺とは話せるんですよ。言おうとして、なんか変な感じがしたからやめた。代わりにじっと見てたら、苦笑いをする。霧野先輩が頬をかく。
「いいさ。多分さあ、河川敷とかでばったり会って、サッカーし出す。そんな、なんていうかな。未来予知できるぞ」
「未来予知じゃないですよそんなの。でもそんなに暇じゃないと思いますよ、先輩と違って」
「ほんっと減らず口だな。暇じゃなくてもさ、俺たちはサッカーする時間を見つけてやっちゃうもんだろ」
楽しそうな声音。いつの間にか違う方を見ていた視線をちらりと動かしてみせると、やっぱりキラキラしたように輝いてる、楽しそうな顔。見てらんなくて大きく外す。その先には桜の薄いピンク色が見えて、この隣の人とは違う色だと思った。ピンクなんて女っぽい色、好きじゃないのに。なんて考えて、……またこいつの事考えちゃってるよ俺、バカ!頭をぶんぶんと振ると、「どうした狩屋?」お前のせいだよ!じゃ、なくて。運動したせいで熱を持っているだけだ。手を頬に当てて冷やす。
「ほら!さっさと話してきたらどーですか、俺天馬くんたちんとこ行くんで!」
突っぱねるようにして言って、背中をずんずん押しながら。
どうして俺が霧野先輩を気にしなきゃいけないんだろう。ずっと考えてて、諦めかけてるけど、やっぱ悔しい。







「さようならー!」
「明日がんばってください」
「…また明日」
「さよなら!失礼します!」
言葉をかけてからふっと気付いて輝くんを覗くと、なんと潤んでいた。
「はやっ」
「だっ、だって!」
夕方に照らされた顔に、思わず笑う。眉を下げてうるうるしてるなんて、輝くんってば本当、あれだなー。なんていうか。っていうかそういうのは明日でいいじゃん。もらい泣きで先輩が今泣いちゃったらどうするよ。とりあえずぽんぽん背を叩いて、それから振り返る。霧野先輩と目が合って、うわっと思ってると手招きされる。あれ。
天馬くんたちに先に帰って、今日は俺用事あって。伝えるとにこーっとして歩いて行く。明日、天馬くんたちも泣くんだろうな。俺はどうだろう。そう考えながら夕日に照らされた赤い背中を見つめていると、隣には霧野先輩が並んできていた。見上げるとそっちも俺を見ていたから、何となく気まずかったけど。「あのな」そう言い出して足を進めた先輩に並ぶように。…並ぶように、歩を進める。
「来年には俺が卒業するだろ」
「気が早いです」
「まあまあ。それでさ、高校に行って、それでも俺は河川敷に行こうと思うんだ」
「なんで。高校でサッカー部、入んないんですか?」
「入るよ。入るけどさ、お前が居ないだろ。お前としたいから河川敷」
「………」
ずるいよなあ。口をもごつかせた俺には気付かずに、天馬とか、信介も、なんて続ける。ハイハイ分かってましたよ俺だけじゃないって。ていうか別に俺だけってして欲しい訳でもねえし。
「来てくれよ」
「…どーしてもって言うなら」
ふって鼻で笑われた。ぎろりと睨んでやると霧野先輩がにやあとしながら満足げに俺を見ているから、このやろう、小さく口に出したら頭を撫でられた。ふざけんな。やっぱり二つに結わえられた先輩の桃色の髪の毛が風に吹かれて踊ってる。もういらないかと思ったけど、やっぱり明日はマフラーをしてこよう。一人考えて、霧野先輩の口が小さく動くのを見ていた。
「お前が先輩になって、卒業してさ。後輩の為に河川敷に行きたくなる時がくるよ」
後輩の為。この人にとってはただの後輩の俺だから、その言葉にどうしても、喜ぶ事ができない。本当は気付いてる自分の心の奥底を、認めている癖に信じられない俺だから。ずくずくと苛立ちが芽生えるんだ。
「どうでしょうね。俺は高校からは働きますから」
「は?」
前しか見れない。
隣を見れない。
「定時制になると、思います。俺」
「……狩屋」
「夜まで働いて、そっから勉強してくつもりだし。だから時間あわねえと思うし」
お日さま園にだって補助するくらいの金はあるだろうし、奨学金だって色々あると思うけど。少しでも自立できるっていうのを、わざわざ甘えるなんていやだ。定時制を受ける人だって結構居る。多分瞳子さんとかは全日制を勧めるんだろうけど、そこまで進学してなりたい何かがあるかっていうと俺にはない、生活を工面する金があればいいんじゃないだろうか。なんて。
「狩屋」
「はい」
「いやだ」
「はい?」
ぶすくれた声に顔をずらす。怖かった筈なのに、何でこんなに素直に向けられているんだろう。
きっとそれだけこの人の事を。…いやだって、拗ねた声をするし。って言って、ああまた俺は言い訳した。
「何だよ。高校だぞ。青春だぞ、甘酸っぱいぞ」
「あまず…っ、先輩そんなの夢見てるんですか……」
顔に似合っていい趣味してますねおい。思ったけどこれは叩かれそうだったから黙っておく事にして、あとやっぱり落ち込む。甘酸っぱいって、つまり、あれだろ。恋愛だろ。この女顔がおまえに彼女がそう簡単にできると思うなよ(と言いつつ女子に人気なのも知ってる)。
「そうだよ、制服デートとか、放課後デートとか、授業サボって屋上で落ち合うんだ。神童に内緒で」
「どんだけデートしたいんだ」
「学ランデートはもういいから、俺かお前のどっちかは必ずブレザーで」
「こだわり過ぎじゃないで………」
あれ。
ひとつ瞬きをしてみる。相変わらず殺風景な道路に、夕日の色がうつりこむみたいに伸びている。電信柱のねっこのほうには雑草とタンポポ。
…あれ。
「あ、その前にお前、俺と同じ高校志望しろよ。できたらでいいけど」
「………せんぱい」
「だってサボって屋上って俺のちょっとした夢なんだよ。高校生なら出来そうな気がする」
「せんぱい」
あんた耳赤く見えるんですけど、これって夕日のせいですか。それとも俺の見間違いですか。
俺の足の進むのが遅くなったのか、先輩が早足になったのか。ちょっと離れてく距離をどうしても埋めたくて、小走りになる。ああこういう気持ちだ。気になって気が逸って仕方ないから、天馬くんも部活に行くまでの距離を、小走りになる。
「ねえ」
掴んだ学ランの端を引っ張ると、霧野先輩は赤くなって、眉を吊り上げて怒鳴ってきた。「俺は!お前と!」


「サッカーしたいだけじゃねえんだよ!」






それから俺が応えられるまで、あと数分の、はなし。





届くものは此処にありますよ

(120314)(120317)
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