支部から佐久不B

2012/11/05 20:35

「あ、不動、おはよう!」

佐久間が教室に入ってくるのは予鈴ギリギリの時間。
朝早くに登校してんのに、サッカーの朝練がある。だからこいつは汗をたらしながら、ちょっとだらしない制服姿で教室のドアをくぐってくるのだ。それでも予鈴に遅れないのは、まあ、真面目な鬼道クンの事だから。
そんでもって佐久間は、すたすたーと脇目もふらずに俺に一番に挨拶をする。にこーっ。爽やかな笑顔を向けられて、おお眩しい、なんて目をしょぼしょぼさせながら、一応俺も右手を軽くあげて挨拶。
今はこいつは俺の席の前だけど、どんだけ離れてても俺に挨拶しにくんだから、俺も何となく起きてなきゃ駄目だなと感じたのだ。眠いけど。

「おはよーさん、佐久間」
「おう」

にこにこー。ご機嫌だよな。やっぱサッカーやりてぇ。けど眠い。あくびをすると、佐久間が俺の頭に手を置いてわしゃわしゃっと撫でてきやがった。こいつ本当に気に入りすぎだ。なんだお前は髪フェチか。
と、毎度思っていたので、今日ちょっと口に出してみる。

「頭撫でんのすきなのかよ」
「あー珍しいからなぁ」
「何が」

っていうかお前手を離せよ。手首を掴んでぽいって投げ出す。ぶらんと揺れた佐久間の右腕を見て、振り子みてー。なんてぼんやりした。話題を振っておいて何だけど、まだ眠いから。聞く気ない。
何か女子の視線を感じるけど、あーもう。言いたい事は分かってる。けどちょっと、こっち集中しないで。なんて顔を覆いたくなる。なんていうか、「はぁ…」って感じ。俺もう疲れたよ…みたいな。そんで俺はもう眠いよ佐久間。

「鬼道の頭は撫でれないだろ」

目が覚めた。

「そらどういう意味で」
「ドレッドだから、あと髪を縛ってるだろ。崩れるの怖いし」
「鬼道がドレッドで縛ってなかったら撫でたのかよお前は」

待て、なんか想像できないぞ。鬼道の頭をよしよし撫でる佐久間だと?なんかそれは。ちょっとそれは。逆なら頭に浮かぶんだけど。眉をしかめていたら佐久間の慌てた声。それに気付いて目をやれば、佐久間は肩にかかったカバンを机の上に置きながら「いやいや」なんて呟き続けていた。

「俺も鬼道の頭を撫でる機会はないと思うけど」
「あ、そう、なんか焦ったわ…」
「まあ、うん。んでさ、源田も、何か撫でにくそうじゃん」
「源田も撫でるのかよ、あーでもそっちはまだ有りか」
「んで、辺見はまあ、撫でる気一切しないけど、オールバックだし。あとは大体背高いし、後輩たちはまた撫でにくそうだっただろ」

成神と洞面だな。うん、確かに、ヘッドホンとかもしてたし。そうだよな。オールバックも崩れたら、って思うと駄目か。でもオールバックって崩れた方がカッコいい気がすんだけど。色気みたいな。でも辺見が色気って言っても嬉しくない。
っていうかそういう感じで話進めていくと、頭撫でてもよさそうなのは佐久間と俺だけなのか。そうか。そういやFFIの時も撫でにくい髪した奴ばっかだったよな。そう思って頷いていると、佐久間がぐっと拳を握った。

「だからさー、何か不動の髪の毛わしゃーってすんの楽しいんだ」
「遊ぶなよ」

とか言いつつも、撫でられると気持ちよくて簡単に寝られるので。止めろなんて言えねぇ。へらーと笑う佐久間がようやく自分の席に腰掛けて、それを見てから「あのさ」と声をかける。

「今日夜のバイトなくなった。ゲームしようぜ」
「夜通しゲーム大会G5ですか」

にやー、なんて笑うので、一応俺も悪役笑い。何でか知らんけど、俺と鬼道は悪役笑いでよくつつかれる。俺は今でも性悪だから別にいんだけど、そう言われる度に鬼道は眉を寄せて落ち込んでしまうから面倒。鬼道くんって本当繊細だよな。いっそ神経質で面倒だとも思うけど。

夜のバイトがないってのはそんな頻繁な訳でもねぇけど、初めての休みの日に眠り続けたら生活のリズムが狂って体調を崩しかけた事があった。それ以来はあえて眠らず、こう、テンションで乗り切ろうと。佐久間とか源田とかなら巻き込んでもいいだろーし(横暴だと言ってた辺見は殴った)。源田は寝ちまうけど、佐久間はけっこーゲームで徹夜できるらしい。ちなみに金はないので佐久間のゲーム機で。

「お前さーこの前の寝巻き俺の家に置いてったろ。あれでいいから今回荷物少ないんじゃね」
「あ。ないと思ったら不動の家かよ。そーゆーのはさっさと言えよ」
「おー」

今後の教訓ですね。わかります。
適当に頷いた所で、「きゃあ」なんて小さくて高い声。

「……」

女の子たちよ。
あんたらが盛り上がる所じゃないんだぜ。っていうか俺らそんな仲良く見えるの?マジで?
佐久間を見ると満足そうな顔してる。お前がそうだからじゃないだろうか。ちょっと眉を寄せる。
いやこいつが多分俺を気遣ってんじゃないかーってのは薄々感じてるけどよ。やり方酷くね?強引っていうか何ていうか、なんでそういう方向にいったんだ。って首を傾げたくなる。でも怒鳴るほどの体力とかは全部バイトに使ってるから、まあ。うん。
俺も丸くなったなあ。しみじみ思う。
まあ丸くならざるを得ないっていうか。身体的に疲労が溜まったら、精神的にだって気力がなくなる訳で。だから今までみたいに嫌味くるくる口を回して言ったりとか、わざと敵に回すような発言とかも。なるべく避けて、うまい立ち回りをするようになって。
でも以前なら、そういう事を嫌って、体力なくても気力なくてもやってただろーな。
馴れ合う事が嫌だったし。
だったら俺はやっぱり精神的にも丸くなった。

「あ、不動。この前ごめんな」
「は?何が」
「口論後にぶっちゅう事件in食堂」

そのネーミングセンスがないわ。
俺のちょっと過去を振り返ったいい感じが台無しだわ。

「お前にもし気になる奴が居たなら悪かったよなー、って思ってさ」

遅いし。考えるの遅いし。

「いないからいーぜ」
「すっごい棒読みなんだけど…」

俺にそうツッコミ入れながらも、なあ佐久間、お前自分で気付いてるか?
すっげぇ安心したみたいな顔してるぜ。
顔に出るねぇ。ポーカーフェイスって重要だな。

「うし。な、不動」
「あ?」
「サッカーしたいから空き地探しとけよ!」

にかーっと笑って。


佐久間が俺に構うようになったのって、こいつの場合、きっと同情だ。
俺がサッカー好きなのに出来ない、ってそれだけで、こいつは俺を不憫だと思う。お優しい。そんであれこれ話しかけて世話して。お人好しだ。俺の周りはお人好しばっか。損得勘定で見てみろよ。こんなの損以外の何でもないぜ。
―――そう言ってやんねーのは、突っぱねる気力とかがないって理由ではなくて。
いやあ、やっぱ俺ってずっりー奴。ふふんと小さく笑う。

「お前さぁ俺の事けっこー好きになったよな」
「ん?ああふさってなったからなぁ」
「髪か」

あれだな。
好きになる、一番手っ取り早い方法。まず好かれるって事だ。好かれたら悪い気しないだろ。お前のお気に入りって奴。けっこー居心地いいポジションだぜ。

その同情、いつまでもしててくれよ。
お前が一番、離れていかない方法だ。



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