途中で書くの諦めた視覚に色がない折原さんの話(シズイザのつもりだった)

2012/11/05 20:31

※エセ



なんでもない日に、セルティは知った。

「臨也?いいからおいでって」
呆れたような声音を感じて、どうかしたのかな、と思いつつも、彼女は実際そこまで差し迫ったものもなにも考えはしなかった。両手でヘルメットを取り上げ、その声を出した人のもとへ歩いて行く―――臨也が新羅にそこまで言わせるなんて、珍しいな。そう思っただけである。何しろ新羅は、惚気でもなんでもなく、自分のことしか関心をあまり寄せようとしない。セルティはリビングに足を運ぶ。電話を前に腰を当てていた白衣は、玄関の閉まる音で気付いていたのか振り返ってにこりと笑う。ひらひらと手を振られて、セルティも振り返す。途端にやけた男の顔に、仕様の無いやつだ、といつものように呆れる。
「おかえりセルティ!」
って、結局喋ってるじゃないか!思わずがくり、と肩をすべらせると、新羅はくすりと笑う。電話の相手が臨也だったからいいものの、失礼な男だ。セルティは呆れながら、PDAに文字を打ち込む。近付いていく程に緩む相手の顔に、照れくさいものを感じる。それでもそれを表に出さないように、悠然と突き出してみせる。
『臨也の奴、怪我したのか?』
「ああ違うよセルティ、今回は病気の件でね、いつまで経っても来ないから」
全く、と肩を大げさに上下させて嘆息した新羅に、ぴくりと指が動いた。―――病気?思わずPDAを引っ込めて、更なる文字を打ち込もうとしたセルティの目の前、新羅の耳に当てられている電話の受話器の奥から―――チッ、と、大きく舌打ちの音が鳴った。
『びょう待て今の本当に臨也か?舌打ちしたぞ』
「ほら臨也って自分のマイナス面絶対見せたがらないだろ、怒ってるんだよもう」
―――新羅!鋭い声に驚きつつも、セルティは指を止めない。新羅も、依然として飄々としている。今まで知らなかった何かがある。それを知るにしては、緊張感の無い雰囲気だった。
『病気って何のだ、いつからだ?』
「臨也、俺は君を案じているんだよ。いいから診せにおいで。来ないとセルティだけじゃなく、門田くんやヤクザのお得意様や―――静雄にだって言うよ」
新羅の表情は穏やかだった。セルティの差し出したPDAに目を通して細めながら、口はすらすらと勧告の言葉を告げる。新羅に躊躇いはない。だからこそ本気のものだと分かったし、恐らく電話の向こうの奴も同じように分かっただろう。セルティはそうとなれば、と新羅の目の前から離れ、キッチンへと歩き出した。臨也が来るって言うんだし。あいつ、安っぽいやら薄いやら文句を言う癖に、コーヒーを出してやらないとうるさいんだ。


「はいこれ何色に見える?」
「………水色」
「ブッブー残念!今日の僕のネクタイはセルティへの溢れる程の想いを表現したくて恋の表現色☆ピンクだよ!まあ僕のセルティへの想いはこんな色より遥かに色鮮やかでピンクという一言では名付けられない多くの色を持ってぼろあッ」
『すまない。いつもこんな調子か?』
じっとりとした目付きになんとなくセルティは体を背けたくなった。
いつもならば不敵な笑みや機嫌のよさそうだったり、―――例え悪くてもその口元は引き上げられていた。臨也には笑顔というものが標準装備化されているような気がしていただけに。彼女には今のへの字に曲がった口元が、やけに子供らしく映る。微かに寄った眉はぐぐぐと上がっていて、目は不満を物語るように眇められている。
その目がPDAの上をそろりと撫でていくのを、セルティは恐々として待っていた。
「…君の彼氏がピンクのネクタイをしているらしいけど。気持ち悪いね」
とりあえずセルティは硬直してから、文字を打った。
『気持ち悪いな』
「セッ、セルティ!」
悲鳴を上げる白衣の男に、2人は顔も向けずに言葉を交わす。
「運び屋が謝る事はないよ。新羅の惚気は随分前からの病気だ」


不機嫌なままに数時間をかけての診察を終えて、コートの男は帰っていった。臨也の少しばかり口をつけて残されてしまったコーヒーを、セルティは片付ける。最後まで飲む気がないのなら、いっそのこと飲むべきでないだろう。小さな憤慨を抱えた愛しい恋人に、ネクタイをつまんだまま、新羅は何でもなさげに呟いた。
「実際あいつにはピンクって分かっていただろうけどね」
振り向いたセルティに、新羅はにこりと微笑んで続ける。
「白黒の濃さだけで分かるように、あいつ、毎朝色々してるからね」
『色々?』
「蛍光ペンとかクレヨンとか…他も何かあったかな。デスクの中に沢山詰め込んでるみたいだよ」
クレヨンと聞いて浮かぶのが小さな子供の姿で、それを臨也に変換する事ができない。想像の中で困惑するセルティは、ひとまずそれは気にしないで置こうと考える。とにかく臨也の奴が努力しているらしい事は分かった。
―――それにしても、ぜんぜん気付かなかった。彼女が臨也と対面するのは夜である事が多いから、暗さに乗じて色なんて誤魔化せるかもしれないが、それでも素振りすら見せなかったあの飄々とした男に少し関心を寄せる。静雄も知らないんだろうな。新羅が言っていたし。
そう考えて、セルティはPDAに文字を打ち込みだした。気付いた新羅が覗き込む。
『臨也のそれを知ってるのって、どれだけいるんだ』
「ええ?どうだっけ、私とセルティだけじゃない?」
軽く新羅が答えた。
『は、?』
「うん、確か―――ああでも病院のあの時の主治医さんは知ってるかな」
『ちょっと待て新羅!まて、本当に?知らないのか誰も!?』
「ちょっセルティそんなに押し付けると逆に見えないよいや別にセルティが臨也を心配する言葉なんか何一つ聞き入れたくなんかないけどね?」
心配なんか!そう叫びたくなって、いやでも、とセルティは思い直す。心配って言ったら、まあ、そうなのかもしれないけど。弱者に心寄せたくなるのは彼女の人の良さである。ぶつぶつと心の中で言い訳じみたものは呟くセルティを他所に、新羅は眼鏡を何度かずらしながらううん、と唸る。
「臨也が雇ってる秘書さんなら教えてもらってるかもしれないけどねぇ」





臨也の眼界から色が消え失せたのは、彼が高校生のときだ。

その時は珍しい事に、不良たちに囲まれていたのは臨也の方だった。
普段は彼自身の簡単な情報操作によって、囲まれるのは平和島静雄ただ一人であった。
そもそも臨也は高校生活だって表では優等生を演じるつもりであったのが、狂わされたその相手にちょっとくらい報復しても構わないだろう―――そうやって腕っ節に自信のある男たちをけしかけていたのが、バタバタとなぎ倒され、またはポイポイと投げ捨てられ。次第に臨也自身も苛立ちを込めて平和島に不良たちを向かわせていた。
臨也は囲まれていた訳を一応納得していた。扱いが荒かった気はしていたのだ。あの怪力男に挑ませる人間のサイクルだって回しが早かった気がする。―――そこらへんは今度から配慮しなきゃなんないな。ポケットに入っているナイフの柄を撫でながら考えていると―――
「臨也ああああああああ」
―――ああ、シズちゃん。こんな時に。空気読めないねえ彼って。
真上、窓から―――爆音。
割れる音。

叫ぶ声、に、目の前の男に蹴りを入れられたと気付いて―――きらきらと、いっそ綺麗なほどに、降ってくるもの。


「―――――――ッ」
やけ   る。









「ほら、これ僕の手ね。しっかり握ってなよ」
ぶんぶんと腕を動かされて眉を歪めたが、返事をする前にゆるく引っ張られてしまい、臨也は溜め息を吐いて歩き出した。あたたかな手と比べると自分のそれは随分冷えていると気付いて、臨也は考える。―――思ったよりも、緊張していたのかもしれない。
「治るのかい?」
「治るよ。後遺症は分かんないって言われたけど」
「俺も診ていいかな」
好奇心かい、俺を実験体にしようなんて、君、いい度胸だね―――瞬時にそんな切り返しがが頭に浮かんだものの、握る手の主の声は、静かだった。静かだったから、臨也は黙った。黙ってから。
黙ってから、口元を少し持ち上げ、言った。
「じゃあ頼むよ、新羅」
ぐん、と腕を引っ張られ、思わず一歩大きく出してたたらを踏んだ。こうやって振り回されるのは、嫌いだ。臨也が文句を言おうと口を開けた時。ぽん、と、頭の上に乗ったものが、臨也の髪をさらりと撫でた。
新羅が言う。
「赤信号なんだ、臨也」
それが本当なのか分からない。
今の臨也の両目は、包帯に覆われていたから―――更に言えば、今の臨也の両目は、機能を成さないからだ。








「すみません」
曖昧な笑みと共に声をかけると、店員は元気よく返事をする。
「はい、なんでしょう!」
「俺、センスがなくって。店員さんにコーディネイトって、頼んでもいいんですかね?」
そう告げると、店員の視線が頭から下へとゆっくりと動いていく。女性店員だから、断れる事はないだろうと踏んでいただけに、少しの沈黙にやっぱり駄目だったかなあと臨也は考える。男にコーディネイトされるのは気持ち悪い。さてどうなるかなあ、と小さく首を傾げた。はっとしたように店員は照れた笑いを浮かべて、頷く。
「シックな感じ、でいいんですか?」
「ああ、そうですね。全然違う方向で、そうですねえカラフルで。いつも黒ばっかりだから、たまには違うファッションも考えなさいって言われて」
「ふふ、彼女さんですか」
「違いますよ、母親みたいに厳しい部下です」
肩をすくめるとやっぱり楽しげに店員が笑って、それからきょろりと辺りを見回す。適当でいいですよ、と声をかけると恐縮された言葉が返ってきて、臨也はにこりと笑った。いつも通りの全身が黒に包まれたファッションだ。それに無意識に引っ張られて、落ち着いた色を持ってくるかもしれない。それか先程の言葉を意識して、原色を持ち出すとか。とりあえず店員なんだから、酷いセンスではないだろう。服にだって人間性は出る。
そう考えると何もかもが人に満ちているなあ、と臨也は楽しげに笑った。服にも料理にも書物にも町並みにも歴史にも。つくったのが人間であるから、まあ、当然か。そうすると直接関わってなくても面白いとは思えるのだ。ただ、接触した方が臨也にとって面白みが増すだけだ。実際に人と遮断されてしまっても、書物を与えてくれて観察をさせてくれるというのなら、それでも別に構わない。愉悦は見つけ出されるものだ。
それから何分か待っている内に、店員がにこにこと駆け寄ってくる。
「お待たせしましたー。これとか、どうでしょう。このスキニーと合わせて」
さて何の色だったかと目を眇めて思い出そうとすると、店員は答える前に手を動かして別の服を出してきた。
「これもお客様に似合うと思いますよーこの、皮ジャンとか試した事ありますか?」
「そうですねえ」
「そうそう帽子とかもどうでしょう、あっちに置いてあるんですけど」
俺はカモか。にこぉと笑い続けながら考えて、店員を見ると、興奮しているのか頬が少し赤くなっている。臨也はちょっと考えを止めて、それから改める事にした。どうやら創意とかいうものを掻き立てたらしい。見目がいい顔に生まれて、使い方を間違わない限り非常に頼りになった顔面だ。あと必要に応じてそれなりに努力をした上での体つきだ。何となく仇になったなあと後悔をしながら、臨也は口を開く。
「とりあえず一番いいなっていうの、一式買います」



(120310)



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