支部から佐久不A

2012/11/05 20:29


「金が、欲しい!!」

カッと目を見開き、うつ伏せていた顔を上げて叫んだ不動に、その場は一度沈黙に陥った。思考が上手くまとまらないままにその場の人間が不動を覗き見ると、その瞳孔は見開かれており、何というか、いっそ執念を感じた。

「え、えーと」

何とか声を発したのは源田だった。
それぞれクラスが違っても、中学からの親交が途絶える訳でない。昼休みになると、顔を合わせる為にも食堂に集まるのが何となくの決まりだった。大体は鬼道、不動、佐久間、源田が固まっており、その4人に時に辺見や寺門などが加わったりする。今日はその4人だけで、まったりとしながらも食事をしていたのだ。
いつもながら不動は食事を取らなかったりするので、向かいの席に座る鬼道は微かに眉をしかめていたりする。しかしうつ伏せる不動に声をかける事なく、鬼道、佐久間、源田で細々と会話を続けていたのだ。

その矢先に、冒頭の、不動の叫びである。

「…お、奢るぞ…?」
「金…」
「不動、おい、聞こえてるのか」

目をかっ開いたまま呟く不動に、向かいに座る2人は少しうっとしながらも声をかける。
隣に腰掛ける佐久間は、先程のぎょっとした表情から一変、無表情でじっと不動を見つめている。

「俺は改めて痛感したぜ」
「ふ、不動」
「世界は金でできている…!」
「お前ちょっと、テンションおかしいぞ」

中学から一変して嫌味な態度が抜けて、大人しくなった、と思ったら今度は守銭奴だと。内心の動揺を隠せない鬼道は、対応がわからないままに佐久間に顔を向けた。
視線に気付いた佐久間は一度不動の表情を見て、それから鬼道にこくりと頷く。意思の融通云々はともかく、何となく鬼道はほっとした。

「何か欲しいもんあったのか」
「金が欲しい」
「いやその前に。もうバイト疲れたか?」
「いやもう何かよく分からんが金が欲しい。でもテメェらからは絶対やだ哀れまれたら首絞める」
「うんまあじゃあその内治りそうだわ、大丈夫だぞ鬼道、源田」

テンポがいいのだか悪いのだか分からない内に佐久間が話をまとめてしまい、1人唸る不動をよそに、3人は曖昧に顔を見合わせる。佐久間だけが平然とした表情であった。
それでも納得というか、これで終わっていいものか、と考えた鬼道が口を開きかけた時、不動が俯いたまま、ぼそりと呟いた。かろうじて聞き取れる範囲である。

「金やるからチューしろって言われて本気で迷った」

場が凍る。

「…は」
「え、ま、……え」
「……………」

「聞いて驚いてくれオッサンだ」

「お……驚いた」
「源田、ちょ」
「ありがとよ源田…」
「不動!?」

食事が進まない。鬼道は思考の隅で、何故かそんな事を考えていた。現実逃避とも言う。
そうしている内に話の中に佐久間が入ってきていない事に気付いて、ふと顔を上げる。上げるが鬼道は、らしくもなく、自分の行動を止めてしまいたいと思った。
漫画で言うならあれである。表情が暗くなってよく見えないのだが、何だか、その、よろしくない雰囲気を感じるような。実際佐久間の長い髪が邪魔をして、はっきりと表情は読めなかった。
ぽつりと呟く。

「で…したのか」
「は?」

上手く聞き取れなかったたしい不動が顔を上げ佐久間を覗き込む。不動お前なんて危険な事を!!鬼道にその言葉は言えなかった。高校に入ってから佐久間がやけに不動に過保護で、それによく苦笑していたがそんな範囲じゃなかったのかもしれない。隣の源田も剣呑な雰囲気を察したのか、少しもごもごしていた。

「お前!したのか!!?」
「ハァ!?あんなきっもいオッサンとなんてする訳ねーだろ!!」
「本気で迷ったんだろ!!」
「だって金積まれたんだ迷って悪いかよ!!」
「じゃあお前俺が出すって言ったらするか!?よしやれ払うぞこのバカ!!」
「ばっかやろー100円でもやってやらあ!!」
「言ったなよしいきます!!」



鬼道は目を覆ったのでその後はよく知らない。
源田もキツく目を瞑っていたらしい。
ただ、その食堂に居たのは4人だけでないので、きゃああああと響く甲高い女子の、何だか黄色い声と男子の爆笑の声で、何が起こったかは、想像が着いて。鬼道と源田は、その日は揃って説教をしようと決意したのである。

しかし説教の後、源田に「女子だけでなく男も敵だった。今後ともいちゃつく戦法でなぎ払う」と言った佐久間に、もう何がなんだか分からなくなってしまうのは、先の話である。



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