支部から佐久不@

2012/11/05 20:28

高校生活が始まって何が変わるかって言えば、やっぱり意識とかそういうものだ。だがしかし、俺の周りで劇的な変化を起こした奴が居るので、俺自身の変化はあまり感じる事がなかった。まあそういうものだろう。
ちなみに誰が変化したかって言うと、不動だ。

まずモヒカンがふさっとなった。
見た瞬間、え、何ソレ、と思った。だって帝国中等部卒業の時はモヒカンだった。そして高等部入学の時にふさってなった。一ヶ月もない内に何が起こったのかと、俺を含めて源田とか辺見とか、そして高校からはまた帝国生になった鬼道もまた、一瞬脳内停止した。
何でいきなり。やっぱ高校デビューか。モヒカンいやになったか。
そう問い詰める俺たちを鬱陶しそうに見てから、不動はこう言った。「モヒカンでバイトをしにくいだろ」と。
エクステとかいう奴なのか、いやまた違う髪の毛生える何かがあったのか、そこの所俺には未知の領域だったので口には出せなかったが、まあとにかく、そう言った不動に、思わず「そうか」なんて、皆して頷いてしまったのだ。

それだけが不動の変化じゃなかったのに。


「佐久間…」

ぼんやりとした声が聞こえて、ああ辛そうだな、と思って「大丈夫か」と声をかける。見上げると不動はぱちぱちと目を瞬かせていた。眠いんだろうな。机の上に置いたままだったルーズリーフを差し出せば、不動はそれをそっと片手で掴んだ。ふわふわとした茶髪の中から、段々と覚醒したようにはっきりと目が冴えていく。それを見るのは何となく好きだった。

「サンキュ」
「分からない所とかないか?」
「んー…、まあ、大丈夫だろ」

「ほんと、助かった」そう言って不動は中身のなさそうな鞄をぶらん、とさせて自分の席に歩き出した。途端そろりと近付いて行く女子が居て、心の中で悪態をつく。そっとしといてやれよ。不動の為に何かしたいならお前らは黙ってろ。

不動のバイト発言を甘く考えていたのは俺たち全員だった。

不動はサッカー部に入らなかった。
同じクラスだったのはサッカー部の中じゃ俺だけで、そこで入部届けを出しに行こうと言った時に、不動は一瞬ぱちり、と目を閉じて、「入らねえ」と静かに言ったのだ。思わず詰め寄った俺に、それでも不動は頑として譲らなかった。「中学じゃバイト出来なかったけど、高校じゃ出来る。サッカーは、…とりあえず、あとまわし」目線を机に固定して不動がそう言った時。俺は何だか辛くなって、ああそうかこいつだってサッカーしたいんだ、と思いながら、不動の頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。ふわふわの髪の毛は柔らかくて猫っ毛で、不動も、何も言わなかった。
不動のバイトは高校が終わった直ぐに始まって、終わった夕食、そしてまた夜にバイトが始まった。12時には終わって、今度は朝早くから違うバイト。鬼道なんかは苛立ち気味に「倒れるぞ。今すぐ減らせ」だなんて言っていたけれど、不動はやっぱり折れなかった。俺は何も言えなかった。

週に2回、不動はバイトが長引いて、遅刻して学校にやって来る。
最初にルーズリーフに授業内容を写し出したのは俺だった。無言で差し出したそれを、不動もまた無言で見つめて、それからはあー、と長い息を吐き出してから、「…わりい」と、ぽつりと言ったのだ。「別に悪いと思われるような事じゃないぞ」と、そう返した時、不動は静かに笑った。


「不動くん、眠るのー?」
「…ああ」

聞こえてきた声に、そっと視線をずらす。だから黙れって。

あと、不動は。バイトで疲れが溜まってしまうようになってから、酷く物静かになった。FFIの頃の、口が回って回って皮肉や嫌味の連発だったそれとは、比べようもないくらいにだ。多分、帝国中等部の、一年間で丸くなったのもあるだろうけど、不動は何ていうか、喋らなくなった。
口を開けば皮肉だったけど、そういえば、不動は無口だったかもしれない。そう思い始めたのは静かになった不動をぼんやりと眺めていた時だ。まあ話しかけられれば喋るのだが、不動は学校では眠るから。眠っていなくても、意図して作られた、何だか声のかけにくい雰囲気に憚られてしまうのだ。逆にそれが「クールでかっこいい不動くん」になってしまうけれど、不動はとにかく学校での労力を最低限に努めていた。女子は適当にあしらう事にしたらしい。

「佐久間、何か、目ェ覚めるの」

不動は俺の後ろの席だ。振り返ると、机に突っ伏したままだった。顔に跡つくぞーと思いながらも、不動の頭をそっと撫でてやる。

「クエン酸の飴ならあるぞ」
「ちょうだい」
「いくつ欲しい?」
「…3つ」
「ん、分かった、ほら顔上げろ、口開いてー」

のろのろしながらも言う通りにする不動に、ひょいっと飴を1つ、口の中に投げ入れてやる。どうだろう、今のは結構ないちゃつきっぷりじゃなかろうか。視線を女子に巡らせると、まあ何人かこっちを見てる訳で。きゃあ、と遠くで盛り上がっている。
もうこの際ホモとか思われてもいい。とにかく今コイツ疲れてるから関わんじゃねえ、と目を眇める。気分はさながら守護神である。あ、ボディーガードでもいいかもしれない。まあ、「クールでかっこいい不動くん」は俺からしたら懐いた猫みたいで、「かわいい不動」なのだ。睫毛長いし、目大きいし。結構こいつも女顔な気がする。

「頑張るか?」
「うん」
「よし」

ちょっとふざけて偉そうに頷くと、不動はふふと息をもらした。やっぱかわいいだろ。
そう、不動が懐いてまともに喋るのは、相手は俺だけでいい。少なくともこのクラス内では。とりあえず、不動がお前たちに心開く訳ねーんだよ、と見せ付けてやって、周囲に誰も居なくなって、こいつがゆっくり休められたらな、と思う。借金うんぬん、俺はあまり深く聞いてないけど、不動が働きづめな理由はそこにしかないだろう。たまに俺とサッカーやって嬉しそうに笑ってればいいよ。倒れたらまあ、つきっきりで看病してやる。鬼道はやっぱり怒って、源田はたぶん俺より看病するよな。とにかく不動、お前はもっと俺に甘えろよ。好意を表されるのって気持ちいいし、優越感だってあるし。俺もまあ、甘やかしてやる。

「寝てもいいんじゃないか?ばれなかったら」
「学校通っていい職就いて借金減らす為に働いてんのに、態度で成績悪かったら、意味ねえよ」
「あーそうか…」

頑張り屋さんになったなあ。
元からそうだったのを、俺が見てなかったから、かも。

とりあえずこいつ、昼飯持ってきてねーだろうか、食わせてやろう。

そう思って髪の毛をわしゃーってやると、不動は「お前ほんと俺の髪の毛気に入ったなー」なんてかわいく笑った。




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