夢の中ならあなたの隣に立てますか



僕たちはいつも、不条理の中で生きている。世の中とはかくもうまくいかないことで満ち溢れているのだ。どれほど足掻こうと決してハッピーエンドのみが待ち受けているわけではない人生を、僕たちは今日も、生きている。
例えば、勉強。僕は数学がどうしようもなく苦手で、毎回のテストは赤点の前後をさ迷っている。高一の最後の試験のときだったろうか、唐突に思い立ちものすごく真面目に勉強をした。一日五時間くらい机に向かって数学だけをやり続けた。結果、七十三点。僕の後ろの席に座る女子生徒は、授業など寝ているところしか見ないのに九十二点を取っていた。僕は数学以外には手を出さなかったから、他の教科、特に理系はボロボロ。彼女は全教科で九十点以上をマークしていた。ちなみに僕の愛しい彼は、平均九十八点だったそうだ。
例えば、スポーツ。僕は中学の三年間バスケをやっていた。それなりに上手かったと自負しているし、今でもそこそこできる。高一の夏。高校に入ってからバスケを始めたという同級生と一対一で試合をした。勝つ自信はあった。結果、惨敗。息切れで死にそうな僕の前で、彼は爽やかに笑っていた。その同級生は今年、国体に出るのだとか。ちなみに僕の愛しい彼は、五十メートルを六秒台で走り切る。
例えば、恋愛。ずっとずっと好きな子がいた。幼なじみで、いつでも一緒にいた。さらさらとした色素の薄い髪をして、子供らしさの抜けないけれどどこかクールな目をしていて、白くて、決して小さいわけではないのに華奢なその子。僕は彼が大好きだった。初恋で、唯一の恋愛だった。ちなみに僕の愛しい彼も、僕を好いてくれた。けれど彼の父親は、僕のことを疎ましく思っていた。

「お前みたいな賎しい一般人があの子に近付くんじゃない」

何度言われたことだろう。真っ黒な髪を後ろに撫で付け、神経質そうな瞳で道端に落ちたガムを見るように見下ろして、渇いた唇を憮然と曲げて。
彼はきっとこの先、彼の父親の会社を引き継いで社長となるだろう。持ち前の頭の良さと体力であっという間に会社を大きくさせ、多くの人間の憧れとなるだろう。そのとき僕はきっと、しがないサラリーマンの一人で、取るに足りない一般人として生きているのだろう。
彼の父親の言うことは間違っていやしないのだ。僕と彼はスタートラインから同じところに立ってはいなかった。立場が違う。僕がいては彼の人生をどこかしら狂わせる。それでも彼が僕を大切に側に置いている様子は、彼の父親にとって邪魔でしかなかったことだろう。彼の家の栄光の障害物。それが僕だ。
僕は彼を幸せにはできまい。けれど僕は彼をあいしていた。彼は僕をあいしていた。



僕たちはいつも、不条理の中で生きている。世の中とはかくもうまくいかないことで満ち溢れているのだ。どれほど足掻こうと決してハッピーエンドのみが待ち受けているわけではない人生を、僕たちは今日も、生きている。
蔑まれ、厭われ、貶められ。どれほど蹴落とされようと彼を手放すつもりはない。
しかし、あいしているからなんだ? あいしていれば幸福になれるのか。そうだ、世の中は不条理に満ち満ちている。努力した分だけ、捧げた分だけ見返りがあるだなんて、そんなことはない。
罵声、嘲笑、少しの暴力に耳に優しい睦言。
僕たちはいつも、不条理の中で生きている。愛は免罪符にならない。恋愛がうまくいっても他がどうにもならなくなることだってよくあることだ。この感情が、いつか、僕たちの身を滅ぼすのだろう。その日を僕たちは、濁流の中で待っている。





END.


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