涙の絶えた恋などない




「なあ」

いつもは元気すぎるくらいに元気な声が今日はやけにおとなしい。二人部屋にしては大きなソファの上でちんまりと膝を抱えている姿は、まるで座敷童のようだ。おかしな妖怪など住まわしている記憶のない僕は様子のおかしい同室者に歩み寄り、隣にぽすりと腰を掛ける。
首を傾げて顔を覗き込めば、眉尻を下げた情けない顔と目が合う。

「祐司は、誰かのこと好きになったことあるのか?」

なるほど、どうやら恋の相談らしい。そこかしこから求愛されている彼のことだ、悩むことも多いだろう。モテたことなどない僕に相談するなんて、相当追いつめられているんじゃないだろうか。

「どうしたの急に。一応、あるけど」
「なあ、それってどんな感じ?」

どんな感じと言われても。
長く恋をしている相手のことを思い浮かべる。片思いが実ってそれなりに経つけれど、彼の顔を思い浮かべるだけで胸のあたりが苦しくなる気がする。会いたくて見たくて話したくて、触りたくて恋しくてたまらない。
この気持ちを、どう表現したものだろう。どんな言葉を尽くしたところで正確に表すことなんてできないんじゃないかと思う。

「そうだなあ。泣けちゃうって感じ。悲しくもないのにきゅうってして、夜一人でいると涙が出てきちゃったりしてね」
「ふうん」

不思議そうな表情からは理解できていないことがうかがえる。まあ当然だろう。僕にだって僕が何を言っているのかなんてわかっていないのだから。

「君は恋だの愛だのを軽視している節があるけど、そんなもんじゃないんだよ」
「……でも俺、わからないんだ」
「なにが?」
「泣きたくなるくらいに好きになったことも好かれたことも、ないからさ」
「生徒会の人たちは、君のことを好きだって言うじゃないか」
「あれは多分違うんだ。どれだけ俺のことを好きだって言ったって、祐司みたいに夜中に俺を思って泣いたりなんて絶対しない。あいつらの言う恋愛には、祐司の言う切なさなんて見えないんだ。きっとその程度なんだよ」

それは確かにそうかもしれない。生徒会を含め、同室者のことを好きだと言っている彼らは確かに彼のことを好いているのだろうけれど、それはきっと恋愛じゃない。子どもが母親以外に人見知りをするように、初めて信頼できると思った人間を盲目的に慕い、その他に嫌悪を抱いているだけなのだと僕には見えた。
だからあれは恋じゃない。どれだけ嫉妬されようとも、それが分かっているから微笑ましい気持ちで見ていられたのだ。
しかし、彼がそのことに気付いていたとは驚きである。人の感情には鈍感な人間だと思っていたけれど、意外と鋭いのだろうか。
綺麗な顔が、ふと下を向く。きらきらと蛍光灯の光を反射する金髪が目に気持ちがいい。金髪もそうだけれど、人形のような顔立ちだとかニキビ跡も見えない肌だとか、彼はとても美しい容姿をしていて、見た目から心を奪われる人も多くいるのだろう。それが恋なのかそうじゃないのかは、僕にはまだ少しわからない。

「……祐司に思われてるやつが羨ましいな」

突然おかしなことを言い出した。彼とは目が合わない。

「それだけ好いてもらったら、幸せになれる気がするもんな」
「ほら、そういう発言が恋愛を軽視しているというんだよ」
「ど、どこがだよ」
「好かれたいって思ってちゃダメなんだ。簡単に幸せを感じるようじゃダメなんだ。まず自分が泣きたいくらい好きな人に出会って、どこまでも貪欲に幸せを求められるような、そんな波乱に満ちたものが、恋なんだよ。これは、母さんの受け売りだけどね」

僕が小学生のころくらいに、言い聞かせるように言っていたっけ。あのころは全く意味が分からなかったけれど、恋人ができた今になったらなんとなくわかる気がする。

「祐司の母さん、すごいな」

感嘆するような声に苦笑する。
僕もそう思う。僕の母さんはすごい人だ。男を恋人だと連れて行っても何の動揺も見せなかったくらい肝も据わっているし。恋愛に関しては、息子の僕も驚くほどの懐の広さを見せつけてくれる。

「悲しい恋をしたことがあるんだって言ってたよ。でも、そう、恋に悲しみはつきものなんだ。それを恐れてちゃできやしないよ、恋愛なんて」

後悔しないようにねと、初めて聞くような切なさを孕んだ母さんの言葉が思い出される。一人で深夜に泣いていた背中が瞼の裏に浮かぶ。あの人が泣くところなんてそう何回も見たことはなかったのに。ああ、いけない。実家に帰りたくなってしまう。
長期休暇が待ち遠しいなあと思っていると、視線を感じた。下げていたはずの顔を上げた同室者の彼は、こちらも見たことのないような色を含んだ目で僕を見る。初めて見たけれど見覚えのある視線だ。似たような視線を僕は知っている、見たことがある。
そうだ、僕の恋人が、時折こんな目をして僕を見る。お前のことが好きすぎてたまに泣きたくなるよと言って、こんな目でじいっと見つめてくるんだ。だから僕はいつも、呼吸が止まってしまうような気持ちにさせられるんだ。

「……やっぱり、お前に好かれるやつが羨ましい」
「またそういうことを言う。今度はまたどうして?」

ねえ、どうしてそんな目でこちらを見るんだい。

「予感してるから」
「予感?」

同室者の彼は、多くの好意の中心にいる彼は、恋が分からないと俯いていたはずの彼は、確かに恋を知った男の顔をしている。どこか泣き出しそうな瞳が、熱を訴えてきている。

「そう、予感と確信」



あなたのことを、泣きたくなるほど好きになる日が、いつかくる気がするのです。
悲しみにも打ち勝つほど、強く。強く。





END.



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