スイートな放課後




昔から甘いものが好きだった。蜂蜜をたっぷり塗りたくったホットケーキに、砂糖のまぶされたドーナツ。カラメルソースを絡めて果物を摘むことも、チョコレートの思い切りかかったパフェを食べることも、アップルパイと一緒にココアを飲むことも、大好きだった。
男の子なのに甘いものが好きだなんてとは何度も言われた。女の子はみんな甘いものが愛おしいみたいだったけれど、友達の男の子は僕の甘味好きを知ると渋い顔をした。僕がラズベリーソースの匂いをさせていると、勘弁してくれと顔の前で手を振った。三つ下の弟は甘いものが特別嫌い。二つ上の姉はダイエット中で僕のおやつに付き合ってくれやしない。好きなものについて、僕はいつだって孤独だった。
高校に進学しても、僕の舌は変わらなかった。相変わらず僕は甘いものが好きで、コーヒーはブラックで飲めないし、朝食の食パンにはピーナッツバターが必需品だ。もうこれは一生このままなのだろう。
二年生に進学したときだった。クラスの委員長を選出した日、僕は一番前の席に座っていた。出席番号でちょうど真ん中辺りだったのだから仕方がない。僕はそのときとても眠たかった。ホームルームの間中、ずっと甘い香りがしている気がして、変に心地がよかったのだ。ホワイトチョコレートの香りだと思った。
甘いものが好きなのという僕の寝言のような問い掛けに、教卓の横に立つ新しいクラスの委員長は、苦笑気味に頷いたのだ。



「委員長、帰ろう」

後期も委員長は委員長だった。誰より大人びていて冷静で優しい人だから、当然といえば当然なのだろう。クラスメートはみんな彼のことを尊敬している。僕もその一人だけれど、僕は他のどんな尊敬よりずっと彼のことを大切に思っている。
僕と委員長は、一番の親友なのだ。

「ね、家に遊びに行ってい?」
「構わないよ。お菓子作るの、手伝ってくれる?」
「もちろん!」

委員長のおじいちゃんはパティシエをしていたらしい。現在は定年を迎え仕事はしていないけれど、それでもお菓子作りは趣味として続けているのだそうだ。そしてそれを幼い頃より見、手伝ってきた委員長も、いつの間にかお菓子作りが趣味として定着してしまった。今では三日に一度は何かしら手作りしているというのだから驚きである。
委員長作のお菓子は、非常においしい。彼のおじいちゃんの作ったものに並ぶんじゃないかと僕は思う。所詮は素人なので見た目は手作り然とした素朴なものなのだが、何故だろう、彼のお菓子は僕の舌を虜にする。

「何を作るの?」
「うーん、今日はエクレアかな。高橋君、好きだよね」
「うん! なんでも好きだよ!」
「だと思った。好きなだけ食べていってよ。母さんからおいしい紅茶を用意して待ってるってメールもあったし」
「委員長のお母さんの入れる紅茶、おいしいよね」

学校でも帰り道でも、僕らのする話はたいていお菓子のことだ。僕はどんなお菓子のどんなところが好きかを存分に語って、そのお菓子の作り方を委員長が説明してくれる。その説明の中にさりげなく化学反応の話を入れてくるあたり、彼が委員長たるゆえんだと僕は思う。委員長のおかげで前回の化学の試験はいつもよりいい点数だった。彼は真面目な見た目を裏切らず、頭がとても良かったりする。
運がいいことに、委員長の家と僕の家は結構近くにある。僕が何度もお菓子や夕飯をご馳走になっているからか僕たちの両親も仲良くなっていて、委員長が僕の家へ泊まりに来たこともあった。
とくに僕のお母さんは委員長をとても気に入っているらしい。あんな息子がほしいと言われたときは、少しだけさみしい思いをしたものだ。
今日も、委員長のお母さんは夕飯までご馳走してくれるつもりで準備しているらしい。帰る途中に僕の家へ寄って帰りが遅くなることを伝えてから、意気揚々とかわいらしい見た目の委員長の家へ向かった。

「ただいま」
「お邪魔しまーす」
「あらあら、いらっしゃい! 待ってたのよー」

いつみても若々しい委員長のお母さんは、僕のことをとても可愛がってくれる。まだ成長期のきていない僕の身長が特にお気に入りなのだそうだ。男としてはなんとも言い難い。
リビングへ通されると、委員長のおじいちゃんが軽く頭を下げてくれた。僕もぺこりと頭を下げ返し、小さく笑いあう。あまり話さない人らしいけど、おじいちゃんはおちゃめな人だと思う。このあいだは、特製のシフォンケーキをお土産にとこっそり渡してくれた。おじいちゃんのお菓子は委員長の作るものよりも少しだけ大人の味がする。
あの、皺の入った大きな手がおいしいお菓子をいくつもいくつも作り出してきたのだと思うと、僕はいつもたまらない気持ちになる。委員長の筋張った綺麗な手も同様だ。何かを作る人の手は、優しい。その優しさが、あの絶妙な甘さを生み出しているのだ、きっと。

「いい、高橋君。君にはクリームとチョコレートソースを任せるからね」
「はい先生!」
「いい返事。それじゃあレシピを紹介します」

ゆるゆると楽しそうに笑う委員長を見ていると、僕まで楽しくなってくる。委員長はお菓子を作るのが好きで、僕はお菓子を作る委員長を見るのが好き。僕は委員長のお菓子が好きで、委員長はお菓子を食べる僕を見るのが好きらしい。いつか、僕たちってとてもいいコンビなんじゃないかと言ったら、委員長は少しだけ微妙な顔をしていたっけ。
にこにこしていると、困ったような表情で頭を撫でられた。

「そんなに楽しみ?」
「もちろん。委員長の作るものは本当においしいからね」
「まったく、いつだって甘いもののことばっかりだね? 君は」
「えー、そんなことないよ」
「へえ?」

渡されたエプロンに手を通していると、からかうような目を向けられる。珍しく失礼だ。別に僕は、お菓子ばかりが好きで委員長の家へ来るのを楽しみにしているわけではないのに。

「知らなかったの? 僕がお菓子を食べているときの委員長の笑顔が、僕は一番好きなんだよ」

ゆるくなってしまった生クリームよりもとろとろの表情は、なんというか筆舌に尽くしがたいほどに甘ったるい。子猫をかわいいなあと思っているような、そんなかんじ。お腹のあたりがむずむずするような、あの笑顔を見たくていつだって正面の席に座っているのに。
委員長のお菓子がおいしいのは本当だけど、それだけじゃないんだ。委員長自身のことも、僕は大好きなんだから。
そう嬉々として伝えると、委員長は顔を真っ赤にしてうずくまってしまった。体調が悪いのかと思ったけれど、そんなことはないのだと慌てて訂正された。おかしな委員長だ。たまにこんなことはあるけど、いつもはぐらかされてしまう。親友なのに。

「高橋君は、ずるいなあ……」

ぽつりと呟いて、深い溜め息が吐かれる。それがチョコレート以上の甘さを含んでいたことに、生クリームを掻き混ぜ始めた僕は気付けないのだった。
そしてそんな様子をこっそり委員長のおじいちゃんが覗いていることも、お母さんと顔を見合わせて笑い合っていることも、僕らは何も知らない。エクレアのおいしさと委員長の笑顔の甘さは、存分に味わったけれど。





END.



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