さよならはいえない






あの子はさよならを言わない。絶対に言わない。



ホームルームが終わり、気だるげな溜め息と解放感に満ちた叫び声がそこかしこから聞こえてくる。今日でこの学年も終わりである。春休みが嫌いな学生なんて存在しないだろう。
課題はない。部活がある生徒は毎日のように駆り出されると机に伏せていたが、それでもどこかうきうきとした雰囲気であった。帰宅部にはそれも関係ない。毎日心地の良い陽気に誘われるままうたた寝をして、詰んでいたゲームを進めることに専念できる。春休み。なんて素晴らしいのか。

「なんかよくないこと考えてる?」

どのゲームから手を付けようか考えていると、友人が呆れたような声をかけてきた。もう鞄を背負っている。相変わらず行動の速いやつだ、俺はまだ教科書も出し終えていないというのに。

「うわ、やっぱりほぼ全教科分あるじゃん。なんで最終日まで残しとくわけ?」
「うるせえな。置き勉派なめんな」
「開き直るなよ。あーあ、重たそう。がんばれ」
「お前、筋トレしたいっつってたよな。重石貸してやるから鞄出せよ」
「げ、辞書も全部あるとか! 最低! いれんな」

手に余るほどの教科書。夏休みだって最終日にどうにか課題を終わらせたような俺が持ち帰っているはずもなく、結局友人が半分持ってくれることになった。文句を言いつつも、なんだかんだ人がいい。
クラスメイトがまだ半分ほど残っている教室を後にして、ぐだりぐだりと家路につく。俺も彼も、家から近いことを理由にこの学校に進学したようなものなので、あまり長く歩くわけではない。他の生徒だって似たようなもので、見覚えのある顔ばかりが前に後ろにあふれている。変わり映えのない下校時間。ただ、上級生の姿が見えないことに、来年のことを少しだけ思う。

「なあ、春休みどうすんの」
「べつに。昼に起きてゲームして飯食って寝る」
「清々しいほど怠惰な生活だなおい」

気付いてはいた。あちこちから聞こえるカラオケだのショッピングだのという言葉に隣の友人がそわそわしている。べつにそんなに気にせずとも、遊びにくらい簡単に誘ってくれればいいのに。と思いつつ、自分から誘うつもりはないことに馬鹿馬鹿しくなる。
彼はどうだか知らないが、気まずいなんて思いはなかった。いつもと同じだ。去年もおととしもその前も、彼と出会った小学生のころから、長い休みには嫌になるくらい会って遊びつくした。今年だってそうだ、何も、何も変わらない。
変えたくは、ない。

「な、あれ、見に行こう。前話してた映画」
「あー。そうすっか」
「それとなんだっけ? なんか欲しいものあるとか言ってたじゃん。どうせみんなにゃ忘れられてるんだろうし、誕生日祝いに買ってやるよ」
「うわ、優しい。サンキュ。春休み中に誕生日とか心底ついてねえわ」
「クリスマスのすぐ前に誕生日がくる俺といい勝負だよなあ」

予定がさくさくと埋まっていき、ゲームをやる日がちゃくちゃくと減っていく。まあいい。世界はいつだって救えるけれど、安穏と過ごせる高校二年の春休みは今回限りなのである。
隣で友人が嬉しそうに笑っている。少し頬を赤らめて笑っている。デートだなんて考えているのかもしれない。いやいや、そこまでお気楽ではないか。去年だって、おととしだって、同じように過ごしたけれどそれらがデートだったことはなかった。今年も、もちろんこれからもそうなのだ。

「明後日、おくれんなよ」
「あいよ。あ、荷物助かった。感謝」
「来年こそちゃんと計画的に持ち帰るようにしろよ」
「へいへい」
「またな」

彼は、さよならを言わない。絶対に言わない。小学生のころから友人をしている俺が言うのだから間違いない。先生さようなら、みなさんさようなら、なんて挨拶さえぶすくれて言わなかったような奴だ。
なにがどうして嫌なのかと聞いてみたら、またねのが夢があるなんて言っていた。さよならは、もう会わないようで嫌なのだと。次も会う約束をしないと不安なのだと。はあそんなもんかと、同じく小学生の俺はどうでもいいなあと思いながら聞いていた。
それに対抗するわけではないけれど、俺はさよならと絶対に言うようにしていた。一日の区切りにしっかり別れを告げた方が気持ちよくて好きだった。それだけだった。
ただ、いつからだったかはもう定かでないが、彼がまたなと手を振るから、あまりに嬉しそうにするからさよならを使うようになった。明日も会おう絶対会おう。そんな縋るような目を、彼がするようになってから。
冗談のふりをして手を握るくせに、その掌がとても熱いことを知っている。俺が彼を見ていないとき、彼がこちらを見ていることを知っている。なんだかんだ言い訳して俺が休日に予定を入れられないようにしていることも、友人のような顔をしているくせして俺のことを友人なんて思っていないことも、知っている。いつだって俺のさよならにびくびくしていることも、すべてすべて。
だから俺はさよならをするのだ。彼が一歩を踏み出さないように。いつ彼とお別れする日が来ても何の後悔もないように、毎日毎日区切りをつける。なんておかしな話だろう、教科書でさえきちんと持ち帰りやしないくせに。

「んじゃ、さいなら」
「おう」

彼は来年の約束をどうするだろう。「さよなら」と手を振る俺にどうするだろう。
ああなんてこと、春は始まったばかりだ。





2013/04/08

END.


[*prev] [next#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -