墜落記念日




「すきなんだ」

思わず、というやつだった。ぽつりと言葉が飛び出した。あ、まずいと思ったけれど、声を取り返すことは叶わなかった。
横顔が綺麗だったのだ。手元を真剣に見て、日誌に筆を走らせる。真摯な瞳は長い睫に縁どられ、瞬きをするたびに俺の心をえぐり取っていくよう。高い鼻から薄めの唇まですうっと流れ、顎、喉。窓から入り込む夕日も相まって、美しい一枚の絵画のようだと、柄にもなく考えた。
横顔が綺麗だった、それだけ。日直の仕事を押し付けられても嫌だと言えないところや、真面目にやりとおそうとするところ。あれやこれやと話しかけてもあまり返してくれなくて、けれど口元には楽しそうに笑みが浮かんでいるところ。字がきれいで目が透き通っていて声が涼しげで。
彼の好きなところはたくさんあって、横顔も綺麗だなあ好きだなあと思っていたら、止まらなくなってしまったのだ。たまりにたまって溢れ出しそうになっていた感情が許容量を超えてしまって、ぽつりと、欠片が唇から逃げ出した。
すき。空気に溶けて言った言葉は、もう帰ってこない。でも、本当のこと。

「あ、の」

喉が急速に渇きだして、絞り出した声はかすれている。明かすことなく、友人としていつも共にいた。そんな俺に告白されて、彼は一体どう思ったことだろう。気味悪がったか、それとも友情として取ったか。彼が僕を恋愛感情で好いていないことなどとうの昔から知っている。だからこそずっと、伝えることはしてこなかったのだ。
彼は日誌に目を向けたまま微動だにしない。室内には俺たち二人だけだし、先ほどの言葉が聞こえなかったということはないだろう。やはり衝撃的だったのか。彼がこちらを向くのが、こわい。その真っ直ぐな視線に嫌悪感が乗せられていたらと思うと、心臓を握られているような心地がする。

「なあ、」
「そういえばこの間、前から読みたいって言ってた本を買ったんだ」

再び口を開いた俺の言葉をさえぎるように、いつもより少し大きな声で彼が離し始める。内容は普段話しているような、他愛のない世間話。止まっていた手は日誌の続きをさらさらと書き連ね、視線がこちらへ向けられることはない。
口を挟む間もなく切り出される話題に、俺の告白についての言葉はひとかけらもない。まるで何事もなかったかのように、淡々と時間が進んでいく。
けれど、気付かないはずがなかった。彼の指先が躊躇うように机をなぞっていること。書きこまれる文字が常よりも歪んでいること。声こそ平静を装っているが俺が口を開こうとするたびに大きめに張り上げて口をつぐませ、その目は決して、決して俺を映しはしない。
ああ、知っていたのだなと、漠然と理解する。いつ、どうしてかは分からない。俺が恋愛の対象として彼のことを好いていることを、彼はとっくに知っていたのだ。それでも友人でいた理由は聞かせてくれないのだろうが、声にして伝えてなお、彼は俺の気持ちを受け取るつもりがないらしい。
なかったことにしたいのだと、彼の横顔は、そう言っているようで。

「書き終わったぞ。窓の鍵閉めるから、お前も荷物片付けろよ」

最後まで目を合わせることなく、彼は椅子から立った。俺の返事は待たず、がちゃり、がちゃりと鍵をかけていく。俺はただ俯いて、手持無沙汰に自分のカバンの持ち手を、ぎゅうと握りしめる。
別に、彼にも好きになってほしいだとか、そんな高望みをしていたわけではなかった。もちろん恋人同士になることができたならばこれ以上幸せなことはない。ただこれは叶わない片思いだと分かっていて、それでも伝えてしまったのは、彼ならきっと受け止めてくれると無意識に思っていたからなのだろう。友情的な意味だと思われてもいい。気持ち悪いと思われてもいい。それでも、俺のこの感情が恋であることを、否定することはないのではないかと。
嫌われてもいい。避けられてもよかった。ただ、聞かなかったことにされるのは耐えられない。

「何してる、帰ろう」
「……うん」

夕日はいつの間にか黒に塗りつぶされ、夜が近付いてきている。そうっと顔を上げて隣の彼を窺っても、真っ暗な廊下ではどんな顔をしているのか分からない。
なんとなくわかっていた。もう先ほどのように綺麗な横顔を俺の前で見せることはなくなるのだろう。けれど友人関係であることは変わりなくて、もどかしいまま改めて気持ちを伝えることも許されず。
すき、すきだ。もう隣の友人には届かない言葉。





END.


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