今様歌物語
〜灯れ言ノ葉〜

01


 永遠を語るに、僕らという有限な存在はあまりに不十分だと思う。永遠という言葉が存在するからといって永遠が存在するわけではなく、どうにかしてそれを具現化せんという夢を抱いた人間が作り出した苦し紛れの解決策にすぎない。
「言葉で誤魔化そうとするから真実は本当のことを叫べなくなるんだって、最近思ったりする。言葉ですら表せない真実があったって、僕はいいと思うんだ」
 誤魔化す、ですか……と、陽瑞さんが小さく呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
「では、言葉の限界に立ち向かうことも、誤魔化しになってしまうのでしょうか?」
 "言葉には限界がある"。この世で生きて言葉を扱う限り逃れられない事実であると気づいてしまってからは、そのフレーズが片時も頭から離れない。僕はからりと氷が踊る冷たいココアを口に含んで陽瑞さんの言葉を待った。
「例えば私が私であること――灯火野くんが灯火野くんであること、小玉くんが小玉くんであることでも構いませんが――それらはどう言えば完全に伝えることができるでしょう。
 言葉が敵わない”真実"、その存在は否定しません。でも"完全"そのものはどこか夢物語のようで、”真実"ももしかしたら夢のように不安定なものなのかもしれないって思うことがあります」
 ほう、とつかれたため息に、深みのあるブラックモカの香ばしさを嗅いだ。
 行きつけの喫茶店『三百六十五面体』で、僕と陽瑞さんと小玉くんの三人がテーブル席を一緒にしている。僕と小玉くんが隣同士で、僕の向かいに陽瑞さん、という具合だ。僕たちが話している時、小玉くんは熱心なまなざしで口を挟まない。ミルクをひとつとシュガーをスプーン二杯分いれたカップをぐいと呷り、カップの底に残った砂糖の溶け残りをじっと見つめていた。
 真実、でふと思い当たったことが一つ。
「もう二年にもなったわけだし、身分証明書くらいそろそろ持ちたいな」
 小難しい話はやめよう、というメッセージも含めて僕はココアのカップを大きく傾けた。カフェの店主が近づいて、一言も何も言わずに僕のカップをおかわりと交換してくれた。この店は、一杯まではおかわりが無料なのだ。僕は小さく会釈をする。
 周りの半分くらいは一年生の間に自動車学校に通って免許を取得してしまっている。ブンブンと車を乗り回して、部活の遠征や旅行を楽しんだような話も聞くようになってきた。
 そして何より、本人確認をとるような手続きで、学生証と住所を確認できるものを両方携帯しているのはなかなか億劫なのだ。運転免許ならそれ一枚でかなり十分な証明書として機能する。
「夏休みを利用して合宿で免許取るっていう手もありますけど」
 小玉くんがひらめいたような表情で教えてくれた。
「ああ、なんか聞いたことある。県外でやると安くなったりするんだっけ?」
「うちの実家の近くにある自動車学校、結構評判いいんすよ。良かったらどうです? 二週間そこそこで学校通い終わっちゃいますよ」
 一人で帰省するより皆さんと行ったほうが楽しそうだし、と小玉くんは付け足した。
「わ、私もご一緒していいんでしょうか……」
「あれ、陽穂さんも免許まだだったの?」
「ええ、なんかのんびりしていたら取りそびれてしまって……」
 恥ずかしそうに語尾をモゴつかせる。僕も同じ状況なのに何故そこまで恥ずかしがるんだ……。
「泊りがけになるわけだけど、どうする?」
 打開策を提案してくれたのは、小玉くんだった。
「お二人ともうちに来ればいいっす。今の時期に親に話を通しておけば、一人でも二人でも一緒っす」
「広い家なんだね」
「自慢するほどじゃないっすけどね」
 と言いながら否定はしなかった。
「うち、その自動車学校と提携してペンションみたいなのしてるんすよ。だから今の時期ちょうど受け入れやってるはずっす」
 へえ、僕は思わず口元が緩んだ。
「楽しい旅になりそうだ」
 僕らの大学の夏休みは八月初めから二ヶ月間ある。そのうち九月初めの二週間が僕と陽瑞さんの合宿で埋まることになった。

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