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 その後も、彼は執拗に私を誘った。馬鹿はどうしてもこうも諦めが悪いのだろう。結局、彼の推しの強さに負けて、隕石捜索のレクリエーションに参加することなってしまった。多くの時間があるとは言っても、不毛な話し合いを延々と続けるのは勘弁だったのだ。
 私は翌朝、集まった馬鹿な連中と共に仮初めの集落を出発した。先頭を行くのは、昨日呼びかけをしていた女で、道生というらしい。目印らしき旗を振って歩く姿はまるで、観光ガイドそのものだ。
 変わり果てた町をなぜ今更ぞろぞろ列を作って観光しなければいけないのだろう。隣でうきうきとスキップをしている彼がいなければ、速攻で帰っていたところだ。案外、彼は目敏いやつで、俺が少しでも列を外れようとすると、逃がさぬよう話し掛けてくる。否応なく対応している間に、集落からは随分と離れてしまった。
 途中、工事の音が響いてきて辺りを見回したら、どうやら仮設住宅を建てているらしかった。政府のほうも色々と対策をこうじ始めているみたいだ。いつまでもテント生活というのも辛いから、ありがたい。五月蠅いのがたまに傷だが。
 さてそれよりも目的の隕石の欠片についてだが、芳しい成果は今のところ得られていない。実際、道中には大きな隕石が時折落ちてはいる。だがそれらの周りには必ず立ち入り禁止のロープがはられている。調査をしている役人や研究者もうろうろとしていた。やっぱり、大体の欠片は見つけられてしまっている。もう三ヶ月も経ってしまったのだから当然だ。初期の段階で見つけられなかった欠片など、瓦礫撤去の作業で粉々に砕け散ってしまったに違いない。そもそも隕石の欠片であるということを素人が判断できるのだろうか。瓦礫の山が元々何でできていたのかわからぬのと同じで、眼前の石が宇宙からの飛来物なのかどうかなんて知る由もない。やはり、この一行は馬鹿の集まりなのだ。そこに数えられてしまう自分が何とも虚しい。
「こうして、旗も見えなくなるほど遠くに来ると、本当にあの日のことを思い出してしまいますね」
 ぽつりと、隣で彼が言った。
 感慨深そうに周囲を見回しているが、視界に入るのは瓦礫の山と空と落下した隕石ばかり。そして無意味に歩み続ける私たち。
 この部分だけならば確かにその通りのように思えなくもないが、足元に死体は散らばっていないし、聞こえるのは絶叫でなく重機の騒音だ。
 あの日そのものではない。あの日の延長線上にある一点だ。時間は遅々としてだが進んでいる。
 行列の先頭にある旗は、呑気に風で揺れていた。
 しばらくして、私たちは巨大な瓦礫の山の前に辿り着いた。嫌な予感がして無意識の内に後退ると、人にぶつかった。
「大丈夫ですか?」
 自称探偵志望の彼である。適当に頷いて、改めて大きすぎる瓦礫の山を見上げる。
「これから、この山を捜索します。全員で探せばきっと、隕石の欠片が見つかるはずです! 頑張りましょう!」
 にこにこ顔の道生は率先して瓦礫の山から自転車のハンドルを取りだし始めている。他の参加者も、ゆっくりだが山に手を突っ込み始める。無謀だと、思わないのだろうか。
 少なくとも、泥まみれの絵本を掲げている自称探偵志望はそんなこと頭にないのは確かだろう。
 隕石の欠片の捜索はそれから三時間あまりにも及んだ。三時間というのは体感による推測だ。朝九時頃に出発をした時には登りきっていなかった太陽が今は頭上に燦々と輝いているので、大体はあっているはずだ。じっとりとかいた汗が気持ち悪い。さすがの自称探偵志望も襟元を緩めていた。皆が必死になったおかげで、そびえ立っていた瓦礫の山は、綺麗に分類が始まっていた。もしや、単にこの山の仕分けをすることが私たちの仕事だったのではないだろうか? 隕石の欠片を見つけるという行為よりよっぽど現実的である。夢も何もあったものではないが。疲労感が蓄積されていくだけである。なるほど、確かにそのためには、たとえ仮初めであったとしても夢という名の目的が必要なのかもしれない。
 それを持っているのが真隣にいる彼や、今尚熱心にストーブと格闘している道生であるというということであろう。私は袖口で手汗を拭いてから、近寄ってストーブに手を掛けた。道生がこちらを見たのがわかったが、そのまま無言でストーブを山から引き抜く。上に乗っていた物干し竿が倒れてしまったけれど、そのくらいは許容範囲だろう。
「これで、いいですか?」
 ストーブを脇に退けて告げると、私をじっと見つめたまま、道生はうんともすんとも言わなかった。予想では満面の笑みでお辞儀する姿が浮かんでいたから、少々驚いて目を瞬く。
「あなたは馬鹿なの? そうじゃないの?」
 心底不思議そうに尋ねられて、返答に困った。曖昧に微笑むと、彼女は失望したように目を伏せてストーブのあった場所を漁り始めた。釈然としない反応である。
「私のことを馬鹿だと思っているのですか?」
 挑発的に切り返してみたところ、目線さえくれなかったが一応の回答はあった。
「馬鹿というよりは、阿呆かしら。あなたは盲目的に前を見ているわけでも、後ろを向いて狂っているわけでもない。結局、何がしたいのかわからない。だから、阿呆」
 随分な言われようだった。かといって、息巻いて反論するほど間違っているとも思えなかった。
「どうして、隕石の欠片を探そうなんて言ったのですか。どうせ見つかりはしないのに。金目当て? それとも清掃という慈善活動?」
「……どちらでもないわ」
 彼女はふと、手を止めた。
「だって、あんなところで燻っているよりは無意味なことをしているほうが何倍もマシよ」
 つまり道生にとって、私とこの馬鹿たちは自らの優越感を保つために存在する無駄な人間なのだ。まさかこんな徒労にまみれた憂さ晴らしの方法があるとは、考えもしなかった。
「さあ皆さん! あともう少しだけ探したらお昼ご飯にしましょうね!」
 元気よく指示を飛ばす道生の顔から、さきほどまでの面影は綺麗さっぱり消えていた。
 正午すぎには切り上げられた捜索の結果は、いわずもがなである。私以外の人々はなんだかんだ充実感に満ちた表情をしていた。私はどうだっただろう。鏡が傍になかったので確認することはできなかったが、おそらく血の気がなくなっていたはずだ。元々肉体労働は得意ではない。
 集落に戻った私は、夕方の配給までゆったりと休憩することにした。もう一歩も動けないのではないかと思いながら、いつもの場所に向かった。わざわざ出掛けなくてもテントで休めばいいのかもしれなかったが、自然と足が向いてしまった。夕方の配給までの暇つぶしに、瓦礫の上の椅子に腰掛けるのは自称探偵志望の日課であり、その傍で話を聞くのが私の日課なのだ。なのに、今日はなぜかいない。無人の椅子を横取りする気にはならなかったから、いつも通り傍に腰を下ろす。
 秋風が、気持ちよく吹き抜けていた。
 快適な場所だが、一人だと物寂しさが募る。私は何となしにポケットを探った。出てきたのは小石一つきりである。それを手の中で適当に弄ぶ。黒々としていて、夕陽が当たるとかすかに紫がかっているようにも感じられる。今の今まで、この小石の存在を忘れていた。いや、知っていて直視をしていなかっただけかもしれない。改めて眺めてみると何の変哲もなかった。
 本当に、この小石が妹を殺したのかどうか、私には確証が持てなかった。

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