歌謳いの詩〜ウタウタイのウタ〜

 ある日の放課後俺はギターを持って屋上への扉を開けた。誰もいないはずのそこにはすでに先客がいた。

「誰だこいつ……。」

 眠っているそいつはショートの茶髪の女だった。校則違反ではない程度に着崩された制服。短いスカートは今どきの女子高生って感じだ。手にはペンと、ノート?こんなところで勉強でもしていたのだろうか。ま、いいか。俺には関係ないことだ。俺が屋上に来た目的は一つ。空を見ながら歌いたかっただけなのだから。


  ああ、割れそうだ 記憶も全部投げ出して
  ああ、知りたいな 深くまで
  あのね、もっといっぱい舞って頂戴
  カリンカ?マリンカ?弦を弾いて
  こんな感情どうしようか?
  ちょっと教えてくれないか?


 空に響く俺が作り出した旋律。声色はもっと俺の心の中深くまであらわすように、音はもっと遥か遠くまで響き渡るように。どうしようもなくぐるぐると考えたくらい俺の考えや気持ちが今すぐ消えてしまうように。


  ああ 今も違う未来
  抱きしめているあなたへ今更
  届かない
  待ち合わせの時間を
  過ぎてもあなたはまだ来ない
  時計の下で眺める空 あなたは空彼方


 虚空に消えた旋律は俺に一種の達成感を与えた。消え去った心の暗雲を思い、ふう、と一息ついて、俺はその場へ座りこんだ。

「ねぇ、今の曲なに?」

 いきなり声がした。さっきの先客だった。いつの間に起きたんだ。

「これ、か。最初のは……いや、秘密だ。」
「意地悪だなぁ。教えてくれたっていいじゃないか。」

 ちょっと拗ねたように彼女は言った。ペンは筆箱に片づけられていて、閉じられたノートと一緒におかれていた。俺は、首にヘッドフォンをかけ、着崩した制服を風に遊ばせ、屋上のフェンスに寄りかかっている。

「ところで、君はだれ?」
「俺か?んー秘密だ。」
「歌うの好き?」
「ああ。」
「2年生?」
「ああ。」

 空を見上げたまま彼女との一方的な会話が進んでいく。

「歴くん、歴くん!」
「……誰だ?それ。」

「君のことだよ!歴史とってるんでしょ?理系なのに。」
「じゃあお前の名前は?」
「奏音ってことにしてよ。」

 その日はそれでお開きになった。それから俺らは、放課後の屋上に集まるようになった。
そんなある日のこと、奏音は俺に歌うことを要求した。歌うことは好きだから構わないが何を歌えばいいんだろうか。

「私も知ってる曲がいいな」
「じゃぁ、こんなのはどうだ?」


  大人になれない僕らのわがままをひとつ聞いてくれ
  逃げも隠れもしないから笑いたい奴だけ笑え
  せめて頼りない僕らの自由の芽を摘み取らないで
  水をあげるその役目を果たせばいいんだろう


「カサブタ?」
「そう。これなら知ってるだろ?」
「うん!」
「なぁ、」

 俺は彼女に話しかけようとして戸惑った。自分から話しかけるのは初めてだった。戸惑って言葉を発しない俺に彼女が声をかけてくれて俺はようやく話し始めることができた

「お前のそのノート何が書いてあるんだ?」
「え、これ?ああ、詩とか小説とかかいてるんだ。」
「じゃぁ、さ。俺曲を書くから、お前詩を書けよ。」

 この俺の一言から、俺らの曲作りは始まった。


  ラララ 僕のご主人は歌唄い
  誇らしげな顔して言葉を吐く
  くだらないと人は言う ありふれた歌
  まだ僕らが幸せだったころの話

  一日中机と睨めっこして
  頭の中の音を書き殴る
  楽しい事も悲しい事も嫌な事も
  ごちゃ混ぜに五線紙を塗り潰す

  歌の中なら何処へでも行けた
  何にでもなれた
  例えば月の裏側とか
  夢の終わりとか

  メロディーを奏でていく
  まだ見ぬ誰かの為に
  届かないと知っていても

  さぁ 声を枯らして唄うのさ
  寂しさも温もりも皆忘れて
  でも 朝になったら元通り
  ホラ 今日もまた夜が明けていく

  ラララ 僕のご主人は歌唄い
  少しずつ歌うのが減ってきて
  たまに思い出したように僕を抱え
  満足げな顔して言葉を吐く

  もう唄う事がなんにも無いと
  泣いていた夜も
  あの子が褒めてくれたんだと
  喜んだ夜も

  叶うならもう一度
  あの頃に戻って
  くだらない歌を唄いたい

  ねぇ 声を枯らして唄う事
  それさえも少しだけ 疲れてしまった
  ぎゅっと閉じた瞼 その奥で
  堪えきれず 涙落ちる

  あなたが望んだ事ならば
  諸手を挙げて祝いましょう
  新たな門出に乾杯を
  そこに僕が居なくとも

  ところがご主人 何を思ったか
  いきなり立ち上がり
  「まだまだ大事な事を唄っていない」と
  僕を手に取って

  ラララ 僕のご主人は歌唄い
  誇らしげな顔してケースを開けた

  さぁ 声を枯らして唄うのさ
  寂しさも温もりも 皆忘れて
  そして朝になったら新しい
  毎日がホラ 続いてゆく

  続いてゆく


*****


「できた!」
「おぅ。」

 はじめての合作だった。じゃぁ、とばかりに一回演奏して、それから俺はお祝いに、ともう一曲演奏した。


*****


  空を見上げて歩いたんだ
  ここがどこかもわかってないけど

  君が隣にいるただそれだけで
  俺は幸せになれたんだ

  さぁ 幸せの歌を唄おうか
  君に届くことを祈って

  さぁ 泣いてる人にも届けよう
  みんなで笑えることを祈って

  命の叫び声をあげるんだ
  僕はここにいますと

  命の笑い声をあげるんだ
  僕は幸せですって

  空を見上げて歩いたんだ
  ここがどこかももうわかったし

  君は隣にいればいいから
  俺の隣にただ……


End


<引用>
・マトリョシカ 作詞:ハチ
・ヒカリザクラ 作詞:ライブP
・カサブタ   千綿ヒデノリ
・うたうたいのうた 作詞:ほえほえP

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あとがき。

黒曜石翡翠です。今回は笑顔動画のボカロ曲をお借りして作りました。題名は「うたうたいのうた」を引用。漢字をいろいろ駆使してみました。「うた」という漢字ってたくさんあるんですね!びっくりです。
と、当時のあとがきに書いてました。懐かしいですね。
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