第十五話 呪いと魔法と真実の愛
「バーン!!無事なの?!返事をして!」
家具は破壊され館のなかはメチャクチャ、立ち込めるのは血の香り。舞うのはモノクロの羽。
天使軍と悪魔軍は消えてしまった。突然、大きな揺れがおきたと思えばこつぜんと居なくなってしまった。
「シレー…、ナ……」
今までの壮絶な争いが嘘のように、消えてしまったのだ。
ゾワリと背筋に悪寒が走った私は、彼を探した。
嫌だ、嫌だ。また独りになってしまう。そんな悪い予感が私の魔力と体力を消費して鉛のような体を突き動かしたのだ。
そして、たどり着いた。出会ったころのように彼は、エントランスホールで血だまりのなかで倒れていた。
「バーン…!!」
硬直する体に鞭をうって、すぐさま駆けより血にまみれた彼の手をとった。ぎこちなく口を動かす彼の唇に耳を寄せて声を聞き取る。
「よく、聞…け……
俺、……シレー…ナ、の、こと…」
「だめ…だめ、しゃべってはだめよ…!」
ゴフッと、赤黒い血泡をはきながら、私の声も聞かずに。
「ず、っと…ーー」
バーンは震える声で。
愛して、いた、と。
「バーン!!」
陶器のように白いシレーナの頬に手を伸ばして静かに告げる。
「独りに…しないで…っ!」
そして息が止まり。虚ろな瞳が閉じられて。
名を呼んでも、彼は身じろぎひとつせず…ーー
「バー、ン…!」
どうしてそこまで、私を苦しませるの。ねぇ…神様。
愛されたかった、それだけなのに。なんで。
私が、何をしたと言うの。
ねぇ、教えてよ。私がいったい…なにをしたと…!
「あ…っああああ!!」
なんで、どうして。折角、触れたと思ったのに、暖かい愛に。それなのに。
すり抜けて、弾けて消えた。儚い恋と、枯渇していた愛。
「なんで…っバーン…!私、まだ、なにも…!」
恩返し、出来ていない。
するりと握りしめた手が冷たく無機質な床に力なく滑り落ちて。
私の心も、落ちて砕け散ってしまった。
「……バー、ンっ…」
私、貴方が好きだった。愛していたわ。そうはっきりと断言できる。
あの胸に満ち溢れていた暖かな思いは、恋だったのだと。私は彼を愛していたのだと。
まだ温もりが残る唇に口付けて目を閉じた。
さようなら、最初で最後に愛した人よ。
娘の悲痛な泣き声だけが、時の止まる館に空回っていた。
真珠のような雫が、頬を伝ってペンダントに落ちた。
すると、ふわり、春風のようなものが通りすぎて
ゴーン ゴーン ゴーン。
鳴り響いた鐘の音。
「っつ…」
止まっていたはずの秒針が
鳴りやんだはずの鼓動が
錆び付いた運命の歯車が
動き出した。
「バーン!!!」
午後六時を示し、振り子が揺れる柱時計。
生を刻む鼓動。
「いっ…てぇ…」
「い、今、手当て、するから…!」
患部にかざす手が震えて、頭のなかも真っ白で
「いいか、ら。……とりあえず、落ち着け」
必死に息をして、目の焦点をあわせて。死んだはずの彼は。
「俺は、大丈夫だ」
だから、泣くな、と。
幼子のように涙をこぼし、嗚咽をもらす娘の頭を撫でた。
そんな彼の言葉を無視して、懸命に冷静さを取り繕って、苦手なはずの治癒魔法を患部にほどこした。
「このじゃじゃ馬娘が…」
はぁ、とため息をはいてバーンはニヒルに笑う。
「もう独りになんか、しないから」
絶対だ。と、いつかと同じようにニヒルに笑った。
Bad end
それは、不幸の終わり。
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