今様歌物語
〜うまく言えない〜
07
「おー出来たか。さすがだな、よく書けてる」
三月某日、岡田さんと榛紀さんに完成した二人の原稿のチェックをしてもらいながら、部室で少し話をした。
「軽いスランプに陥ってたんです。二週間経っても何の言葉も浮かばないだなんて、歌を詠み始めてから初めての経験でした」
切なそうに訴える陽瑞さんの表情に、そのときの苦しみが刻まれる。
「僕も、殺風景な世界に二週間も立ち尽くしているのは苦行でした。今じゃ、二週間で済んでよかったって思ってますけど」
その話し方、敬語じゃなければちょっとサトルに似てきてるよ、という榛紀さんの言葉に四人で笑った。
「春らしい、前向きな作品に仕上がってる。これだったら誰に見せても文句はないな」
岡田さんにそんなことを言われる常で、僕は胸がくすぐったかった。褒められるのはまだ慣れない。
「僕が一番伝えたかったのは、皆さんに会えたことの『奇跡』です」
作品に込めた思いを、僕は一番伝えたい人たちに口で伝える。心の中では、君の顔も思い浮かべていた。
「世の中にはこんなに素敵な人が、こんなに楽しくて味わい深い人生を教えてくれる人がいるんだっていう経験を、僕は一番に新入生に伝えたかった。僕たちが先輩達に憧れているように、後輩達が作品を書くたびに頭に思い描いては、時に作品のコピーを読み返しては、目標にするような存在でありたいんです」
僕は、あなた達のような作品が書きたい。あなた達くらい、文学に思いを寄せられる人になりたいんだ。手にした冊子はずしりと重く、春の光のように眩しかった。
「これがその第一歩になってくれるのなら、これ以上の大きな一歩はありません」
だから、と岡田さんの胸に完成した冊子をぐっと突きつける。
「皆さんががいなかったら、この小説は出来ませんでした。……本当にありがとうございました」
深々と頭を下げた僕の肩がぱしっと叩かれた。多分この手は。
「何言ってるんだよ、そんなのお互い様に決まってるだろう。他人行儀はやめろって」
予想通り、岡田さんの声だ。その言葉からはどこか照れたような響きが聞こえる。
水鳥の発つこの場所に刻まれた君の足跡道の始まり
僕が一番書きたかったのは、ただありのままの日常に他ならなかったのだ。
【了】
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