今様歌物語
〜願いを込めて〜

02


 僕たちはおみくじから離れて一旦正門の方に引き返し、本殿へと続く長い行列の最後尾についていた。並ぼうとみんなで決めたとき、岡田さんが嫌そうな顔を露骨に表情に出した。岡田さんは、行動力はあるけどその分せっかちな人なのだ。

 この近くに住んでいる真鍋兄妹の話によれば、今日の行事の巫女はほとんど地元の高校生が任されているらしい。言われてみればなるほど、白い化粧に紅を差した紅白の袴姿という特別な格好をしているとはいえ、まだ大人というには早いように見える子が多い。

 しかし今目の前で名乗ってくれた祐紀ちゃんは、周囲の同い年であろう他の巫女さんたちとは別格に大人びていた。まあ、僕だってまだ二十歳にもなってないわけだし、他人のことを評価できるほど大人っぽく見える自信もない。むしろ、年相応に見えているかどうかさえ怪しいものだ。そういう意味で少し、目の前の少女に圧倒されてしまう。


「ユキちゃん綺麗になったなぁ。俺、近づいても分かんなかったよ」


 岡田さんが声を高くして、いやぁ参ったね、と繰り返す。この人はたまにおっさんくさ……いや、実年齢よりも大人びた物言いをすることがある。今連呼している「参った参った」も、大学三年生の吐くような響きではないと思うのだが。


「照れるので止めてくださいってば、もう」


 祐紀ちゃんは、自称女性が苦手な岡田さんの誉め言葉を華麗に聞き流してしまえてる。そんな二人の会話と様子から判断するに、岡田さんと榛紀さんは旧友であるばかりでなく、祐紀ちゃんを含めた兄妹ぐるみの付き合いをしていたらしい。


「寒い……まだなのかな」


 手袋の下の指先がかじかんできた。陽瑞さんも、両手をコートのポケットに突っ込んでそのまま直立不動になってしまっている。もともと口数も少ないから、野仏のよう、とはこういう人の形容なんだなぁとくだらないことを考えた。


「この行列の先には何が待ってるんだ?」


 岡田さんが言うが早いか、ああそれは、と祐紀ちゃんが得意気に説明を始めてみせる。


「この先にあるのが本殿です。あそこで皆さんの願い事が宮司によって読み上げられ、奉納されるんですよ。受付で紙とペンが渡されますから、どんなお願い事をするか考えておいてくださいね」


 流れるような説明が終わるか終わらないかと言うタイミングで、小動物が鳴く声がした気がした。振り向いたら、さっきまでいたはずの陽瑞さんの姿がなかった。

 いや、いた。……足下に。


「痛い……」


 本殿までの長い階段は薄く積もった雪融け水で滑りやすくなっている。茶色くて小さなブーツを履いていた陽瑞さんが足を滑らせたようだ。


「あ、だい」

「大丈夫か?」


 それは僕が今まさにかけようとしたセリフ。しかし僕が出遅れたために僕の口からは発せられなかった。 さらにその直後、僕の背後から長い手が伸びてきた。


「なんか危ないな、この階段。小学校の体育館にある古くさい登り段みたいだ……ケガはないか?」


 皮肉たっぷりな岡田節に苦笑で応えながら、差し出された手を遠慮がちに握って陽瑞さんはゆっくりと立ち上がる。ケガはないみたいで、ひとまず安心だ。


「すみません……」


 岡田さんの手を離して、コートの腰の辺りを払う陽瑞さん。すると、僕たちを含む行列のどこかから、ヒューと口笛が響いた。その音に敏感に反応した陽瑞さんは両手でマフラーを引き上げ顔の半分くらいを埋める。


「気にすんなよ。おおかた、酔ってるんだろ」


 優しい微笑みを残し、岡田さんは手のひらをたなびかせて行列の先頭に向き直る。見渡せば確かに、他の参拝客も自分の足元に集中しているようだ。岡田さんの言い含めた通り、二人を囃すような余裕のありそうな人は周りに見当たらない。

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