今様歌物語
〜君に会いたい〜
03
あり得ないことのはずだった。だけど、僕と彼女の出会いだって、よく考えればあり得ない出会いだったじゃないか。
初めて出会った日のことなら、今でも鮮明に思い出せる。僕はあの日、正しい鍵を使ってこの手でこの扉を開け、そうして彼女に出会ったのだ。
今の僕が感じていたのは、ほとんど感激に近かった。たくさん話したいことはあった。初めて出会った時のように、何もお互いのことを知らないままに話せたなら……そうとさえ思っていた。目の前の彼女に――少なくとも、生きている人じゃないと分かっている彼女に――今僕が言えることなんてあるのか?すっかり飛んでしまった僕の「言いたい事」。一体どこに行ってしまったのだろう。
「み……見てくれ、これ、全部あの日から書きためた作品なんだ」
半ば苦し紛れのように、僕は慌てて鞄から分厚くなったファイルを取り出した。
「うわあ、すごい量」
いつの間にかこんなに分厚くなっていた。そのファイルの表面をスッと一撫ですると、自然と心が穏やかになるような気がした。一体何作品書いたのだろう。最後まで書き終わらずに断念した作品だってある。最後まで書ききっても駄目だと思う作品だって勿論あった。それを含めての、この重さだ。僕はこれがどんなに分厚くなろうとも、いつもこのファイルを鞄に入れて持ち運んでいた。
「毎日毎日、ここに来てはこれを書いて……君が来てくれるのを待った。君に読んで欲しくて、君の感想が一番に聞きたくて」
その結果のこの重さなんだ。ファイルを持つ手に力が入る。
「でも君は現れてはくれなかった。どんな登場の仕方をしてくれたって構わなかったさ。僕は君が壁をすり抜けようが扉をすり抜けようが驚きはしなかったはずだ」
自分でそう言って、苦笑するしかなかった。だって君は、鍵を持たなくともこの部屋に入れるのだから。
彼女も少し笑った。
「そう、ね。やろうと思えば出来なくもないわね」
「じゃあどうして!」
僕の語気は荒くなる。
「どうして来てくれなかった! 僕が……僕が君を待っていたことくらい、分かってただろう! 僕は……」
ぐっと言葉をこらえようとした。しかし今の僕には言葉のコントロールが効かない。
「僕は君に会いたかった……」
再び降りた沈黙が、さらに僕を苦しめた。どうして何も言ってくれないんだ、と。
「わからない? 私が君にとって、何なのか」
彼女の口調は、諭すようにゆっくりだった。その目は厳しく、僕は背筋を凍らせた。
「わからない? 私が今日まで現れなかった理由が」
わからない? 僕の頭の中で彼女の言葉が反芻される。わからない?
考えればわかるのか? ……それなら、考える価値はある。
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