第五話 名の無い娘



 ふっと、意識が浮上して目が覚める。

 まだ少し痛む体に眉を寄せながら起き上がる。


 ふわり、ローズの香りが漂っているこの部屋を見渡すと近くの椅子に腰かけた娘が一人。

 膝の上に分厚い本を広げ、優雅な動作で湯気のたつ紅茶を含んでいた。

 ちらりと窓の方を見るとまだ外は暗闇に包まれていて、朝はまだ来ていないことを教えてくれる。



「調子はどう?」

 真の通った声が俺に問いかける、視線を窓から娘に戻すとサファイヤのような碧い瞳が俺を探るように見つめていた。


「命拾いをした、礼を言う」

「回復したら出ていくことね…、この館は」

「呪われている、か?」


 娘の言葉を遮って言えば驚いたように一瞬だけ目を見張る。


「……えぇ、私はここから出られない。外部の人間さえここには来られない…

 あなたを、除いて。」


この娘は人間…か、と心で呟く。

「天使や悪魔は?」

「残念ながら私、召喚術はたしなんでいないの」

「なるほどねぇ…」

 興味をそそる洋館に、呪いにかかった娘。


 そして引き寄せられるようにやってきた俺。

 ガキのような好奇心は膨らむばかりでとどまることを知らない。

「俺の名前はバーン・ラルクスお嬢さんの名前は?」


「……残念ながら名乗る名前は持ち合わせていないわ」

「それは不便だな……俺がピッタリの名前をつけてやんよ」

 ニッと笑いかけると、娘は困惑したように曖昧な表情をして言った。

「どうせ回復したら出ていくのよ?そこまで不便じゃないわ」

「俺自身、回復したら出ていくとは言ってない

 良かったら俺をここに置いてはくれないか?」

 事実、俺は追われている。

 ここならしばらく追手から命懸けで逃げることもしなくていい。

「……事情があるようね、おおかたその傷と関係あるのでしょう?

 私は残酷な悪魔じゃないつもりよ、いたいだけいればいい」


「本当か!!?」

 そこまで思い詰めた表情をしていたのだろうか、少しの間をあけて娘は言った。


「ただし」

 そして少し口調を強めて娘は再度口を開く。

 その碧い双眸が俺を貫いた。

「余計なことはしないこと、これはここで過ごす以上絶対的な条件。

 ……そうね、契約といってもいいわ。

 なぜならこの館には危険なものも多くあるから。

 気になるなら使ってもいいけれどそれらは私の許可なしに使ってはだめ」




「約束しよう」

「そして、答えられる範囲でいいわ私の質問に答えること。」

 いいわね?と確認を入れられ頷く。


「質問をどうぞ?お嬢さん」

 それから何十分か言葉のやり取りをした。

 終わったあとも紅茶の湯気はたったままだ、魔法だろうか?


「俺もいくつか質問してもいいか?答えられる範囲でいい」

「どうぞ」

 俺はさっきから気にかかっていることを聞くことにした。



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