九月一日
 三年図書室組――こんな名前のクラスがある中学校の存在を、聞いたことはないだろうか。
 聞いたことがないなら、ぜひ知ってほしい。そのクラスの存在を、信じてほしい。
 なぜなら僕は、三年図書室組に在籍する、唯一の生徒だからだ。
 そもそも、僕の通っている中学校は、普通の中学校ではない。中学に入学さえすれば、高校に内部進学ができる、公立の中高一貫校。言うなれば、高校卒業まで一本道である。少なくとも、あの日までは一本道だった。
 定期テストの点は、どの教科もたいてい平均点前後で、運動も人並みにできる。趣味は読書で、友達は少し少ないけれど、いたって普通の、本当に普通の中学三年生だった――九月一日、月曜日までは。



 その日は、九月一日というよりも、八月三十二日と表記したほうが正しいと感じるくらい、暑さの厳しい日だった。
 中学三年生、二学期の始業式。普通の公立中学校ならば、受験勉強が加速しだすころだが、中高一貫校だからか、クラスメイト達は、というより僕自身も、いつもと変わらない始業式を迎えていた。
 始業式の日だというのに、六時間授業であることに多少の不満を抱きながら、教室で読書をしていた昼休み。
「おい、ユキヤちょっと来いよ」
 友人のクラスメイト、ハルヒコが教室の入り口から手招きする。隣には、同じく友人のアキラとトオルもいた。
 いつもこうだ。たいてい、ハルヒコがみんなを集める。彼は、定期テストでは常に上位だし、運動もできる。友達も多くて、いわゆるクラスの中心人物。
 僕はなんの疑いも持たず、本を閉じて机の上に置き、ハルヒコのもとへと向かった。
 このあと、僕が普通やいつもといった言葉に当てはまる人間ではなくなるということなど、当時の僕には知るよしもない。
「どうしたんだよ、ハルヒコ」
「まあいいから、ついて来いよ。面白いもん見せてやるから」
 ハルヒコは、男子トイレに向かって歩き出した。後ろから、アキラとトオルもついてくる。
 ハルヒコを先頭に、誰もいない男子トイレへ入り、扉が閉まった、その瞬間。
 アキラとトオルに両腕をつかまれ、理由を考える間もないうちに、腹部に強い衝撃が走った。
 思わずしりもちをつく。何があったのかと見上げると、ハルヒコが傘を持って、笑いながら、僕を見下ろしていた。ただでさえ背の高いハルヒコが、さらに高く、威圧的に見える。
 わけがわからなかった。なにも言葉が出なかった。ただハルヒコを見上げることしかできないでいると、ハルヒコは傘を振り上げ、僕の腹部を殴打した。笑いながら、何度も、何度も。傘が体に当たる度、カーボンでできた中棒が、カバーとハジキに反響し、トイレの中に鳴り響く。
「死ねよ、クズ」
 そう言って、ハルヒコは足で僕の体を蹴り始めた。痛みが何度も走る。気づけば、アキラとトオルも僕のことを蹴っている。やめてくれと言いたいのに、恐怖心からだろうか、口から言葉が出てこない。トイレの中に、傘で殴打された時とは違う、低い重低音が鳴り響く。人は本当に恐怖を感じたとき、何もしゃべることができないのだとわかった。
 痛みがおさまった。ハルヒコたちは、蹴るのをやめたようだった。
「死んじまえ、ゴミが」
 トイレの床に倒れたままの僕を置き去りにして、ハルヒコたちはトイレを出て行った。ドアの閉まる音が、ひどく、悲しく聞こえた。
 その悲しみは、僕がひとりぼっちになった悲しみだ。
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