十月九日
 十月九日、木曜日。
 図書室登校すると、サガさんから「高校はどうするつもりなの」と聞かれた。
「まだ……決められないです」
「まあ、そうだよな。でも、できることなら、三学期が始まるころには決めたほうがいい」
「どうしてですか」
「その……実はむかし、不登校だったんだよ」
 サガさんは、淡々と、過去の出来事を語ってくれた。
「原因は、友人関係のトラブルだったんだ。本当に些細なことだった。けれどだんだんゴタゴタしてきちゃって、それで学校に通えなくなった。学校に行っても、周りの目線が怖くて、たいていは図書室にいてね。本をたくさん読んだ。だから、ユキヤくんと中学生時代の僕が、妙に重なるんだ」
「どうやって、克服したんです?」
 まっすぐに、聞いた。自分がこの状態から、脱する手掛かりが見つかればという思いで。
「正直に言えば、克服はしてない。中学校は卒業するまで、ずっと教室に入らなかった。すごくつらかった。でも高校から、通信制高校に入って、一歩ずつ歩き始めた。一歩ずつでいいんだ。一歩ずつ歩いていけば、それで大丈夫なんだ……ってなんのアドバイスにもならないね」
「いや、そんなことないですよ」
 本音だった。言葉で言い表すのは難しくても、確かになにかを感じることができた。たぶん、森の出口を見つけるためのヒントになる。
 昼休み前に帰宅して、リビング、ひとりで考えようとしたが、ひとりで考えてもどうしようもなかった。僕の思考能力では、答えを出すことができなかった。正確に言えば、あと1パーセントの決断をすることが、できなかったのだ。
 両親が帰宅して、「内部進学のことで話があるんだ」と僕のほうから話を始めた。
「今、どうしようか迷ってて……」
「ユキヤを信じる。私は、ユキヤの母さんだから」
「父さんは、内部進学してほしいけどなあ」
「無理してでも?」
「そうだな」
 僕はそれに、抵抗感を覚える。自分の頭の中で九十九パーセント、内部進学しないと決めていることは、わかっていた。あと一パーセント、たった一パーセントが決まらない。言葉にすればいいのに、できない。
「無理はしたくない。もう、つらいんだよ」
「じゃあユキヤは、内部進学したくないの?」
「……ほぼ、したくない」
 やっと、言葉にすることができた。
「だったらなんで受験したんだ!」
 父が、ものすごい形相で、僕に迫る。
「ちょっと、父さん!」
「母さんは黙ってろ。受験のための塾に、いくらかかったと思ってるんだ!」
「わかってるよ! そんなこと……」
「だったらなんで進学しないんだ! 世界はユキヤひとりで動いてるんじゃ――」
「いい加減にしてくれよ! 父さんには、ぼくの気持ちがわかるの? 内部進学しないことで、大きな迷惑がかかることくらい、わかってるよ! でも、これは僕の問題なんだよ!」
 自分でも不思議なくらい、言葉が次々と出てきた。父の顔が、驚きの表情を見せる。少し遅れて、母も。
 父は、しばらく呆然としていた。やがて、ゆっくりと、話し出した。
「そうか……ユキヤももう、十五歳、だもんな。父さんが間違ってた。ずっとユキヤを、小さいまま見てたのかもしれないな。ユキヤの問題なんだな、これは」
 僕の言葉が伝わった。僕の意思が伝わった。僕を理解してくれた。
「ありがとう……近いうちに決めるよ」
 僕はテーブルを立って、寝室へ向かおうとした。
「そうだ、ユキヤ」
「なに、父さん?」
「最後は、ユキヤが決めろ。自分の子どもが決めたことに、ついていかない親はいない」
 力強い、言葉だった。
 森がまた少し、明るくなる。出口を見つけるためのヒントも少しずつ、増えていく。
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