十月四日、土曜日。
森に、小さな嵐が吹いた。
朝から、携帯電話のメールの着信音が鳴りやまない。
ベッドの片隅で、僕はひとり、膝を抱えて、怯えていた。
もう着信音が鳴り始めてから、二時間近くたつだろうか。絶え間なく、鳴り続ける着信音。
僕は、恐怖心のせいで手が震えていたが、なんとかメールを確認する。
〈未読件数――250件〉
とんでもない数字だ。さらに、なんとなく予想はついていたが、差出人はすべて同じだった。
〈佐藤晴彦〉
恐怖におびえながらも、メールを開いては、削除していく。内容も、すべて同じ。
〈死ね〉
削除していく間にも、メールの着信音は鳴りやまない。
「うるせえ!」
持っていた携帯電話を、床に向かって叩きつける。着信音が、ぴたりと止んだ。
興奮していた。肩で息をする。動いたわけではないのに、息が切れている。
「くそ!」
壁に向かって、拳を突き当てた。壁と拳――勝つのは、壁。手のひらが、手の甲が、真っ赤に腫れてきた。
床に横たわる携帯電話を拾うと、画面がひび割れ、真っ暗になっている。電源ボタンを押しても、その画面が明るくなることはない。
「間違ってない……間違ってない……」
自分に言い聞かせるように、呟いていた。
「いったいなにがあったの?」
母に、問い詰められていた。
十月五日、日曜日。
ベッドの上に置いていた携帯電話を、母が偶然見つけたようだった。
「別に、落としちゃっただけだよ」
「本当なの? お願いだから嘘はつかないで」
涙目の母が、僕に懇願する。
「本当に、落としただけだってば」
切り抜けられると思っていた。これ以上、両親を悲しませたくはない。そのうえ、携帯電話を床に叩きつけたという事実を、僕は記憶の中から消し去りたかった。
「嘘をつく人が、母さんは一番嫌いなの」
何も答えられなかった。沈黙の時が、しばらく続いた。
「つらかったのよね、今まで」
母がそっと、僕を抱きしめた。
涙は、流せなかった。母の前では、絶対に。
「叩きつけたんだ、携帯電話……」
嘘はもう、つけなかった。
「大丈夫、大丈夫よ」
僕のことを抱きしめ続けながら、母は繰り返し、涙声になりながら言った。
胸が苦しい。怒られているわけではないのに、心が痛い。悲しませてしまったからだろうか。母が、涙を流したからだろうか。
「泣かないで……母さん」
その声は、泣き出していた母の泣き声に、かき消されてしまった。
「今まで、本当に気づかなくて悪かったね……ごめんね……」
母は、僕に謝り続けた。
母に優しく包み込まれて、僕は少しだけ、正直になれた気がした。
小さな嵐が過ぎ去り、鬱蒼と葉が生い茂る森が、少しだけ、明るくなった。